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権力暴走先(とめねばなるまい)

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(午前五時十分:2019年8月20日撮影)

あおり運転に関し、各地で相次ぐ。
中には、あおられる方が悪いとの意見もあるが、苛め同様、加害

との点より、あおる方が悪い。
運転は人の性格を変えるというが、そこに、力を持ったとの錯覚

があるのだろう。社会心理学の実験でも、そうした結果のものがあ

る。
それにしても、高速のあおりでの事件において、同伴し逮捕され

た女について、五十一には、見えぬとの意見も散見される。
確かに、そう思ったと同時に、犯人は、九歳も上のこのような女

のどこが良かったのか、と考える。
そうした中、気付けば、もうすぐ九月だ。
日の出も遅くなり、地元の世捨て人より、朝の金魚の水換えが大

変だと聞く。仕事前に出来ず、また、餌も段々に、やれなくなって

いるようだ。
日暮れも早くなり、帰ってから、様子を見ることも難しいらしい。
様子を見られないということは、変化があった際、見落とすこと

になる。
見落とすといえば、最近の我が国では、権力に対するチェックが

甘く、見て見ぬ振りをする傾向が強い。
特に、三権分立とは名ばかりで、各々、無責任な仕事しかしてい

ない。特に、裁判所で目立つ。
その絡みでいえば、警察の迷捜査にも加担し、冤罪者を増やして

いる。その謝罪も行なわれていない。無責任で、誰のための仕事か

が分かっていないから、同じ間違いばかりを繰り返す。
間違いといえば、先の戦争だが、その鍵を握る昭和天皇の「拝謁

記」が一部明らかとなる。戦争の見通しの甘さはどうか。改憲、再

軍備、反共産主義などにも触れており、敗戦以前の体制から抜け切

れていないみたいだ。

(第五千八百四十段)


by akasakatei | 2019-08-27 20:03 | 政治 | Comments(0)
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