人気ブログランキング | 話題のタグを見る

平成野暮人(げんだいのやぼ)

 仕事場において、耶蘇の婆が、クリスマスだからということで、何故か、ドーナツを配る。
 昨年も同様のことがあった。
 神が見ているということでの偽善な匂いがある。
 そうした折り、明治に書かれた劇評を読んでいた際、箱根山のこちらには、化け物と理屈を言う者はいないという趣旨の文がある。
 江戸の戯作にも登場する文だ。
 尤も、戯作では、理屈ではなく、野暮となっている。
 ここで、考えるのは、野暮だ。
 理屈屋は、野暮か。
 辞書を開くと、意味のひとつに、くどくどと述べる、がある。
 解釈とすると、粘着質か。
 更に、広げて考えると、論理的思考、合理主義にも繋がると思われる。
 そうした点でいえば、野暮ばかりの世ということだ。特に、欧米流を崇める連中は、野暮の反対である粋とは、遠い存在に違いない。確かに、芝居でも、この種の輩は軽蔑される。
(第四千五百段)
by akasakatei | 2015-12-26 07:07 | 社会心理 | Comments(0)
<< 試験版:平成野暮人(げんだいのやぼ) 試験版:落穴話(まずいはなし) >>