人気ブログランキング | 話題のタグを見る

自画鏡(ふようじょうたい)

 前に自己存在に関する疑問に触れた。調べようにも、この種の分野の書は少ない。本来、学問は自己流が大切であり、自分で何とかしなければならない。ただ、専門外のため、後回しにしていたところ、書評で次の書の紹介を目にする。

 渡辺恒夫・高石恭子編著『〈私〉という謎 自我体験の心理学』(新曜社)

 早速、地元の図書館に入れさせる。読んでみると、これまでその
疑問について、自己流に哲学的なアプローチをしてきたけれど、こ
こでは心理学的なそれが新鮮である。
 自分とは何者で、どうしてここにいるのか。また、どうして他者
でないのか。
 これを「自我体験」という。少数ながらその例が紹介されており、
幼稚園以来考えてきた者にとっては参考になった。
 これについて、当時、家人に訊いたことがあるけれど、的外れな
答えしか返ってこなかった。小学生の頃には、佐貫の酒仙にも訊い
たことがあるものの、質問の意味自体が理解されなかった。
 つまり、それだけ馴染みのない体験ということだろう。尤も、言
葉を知らない子供にとって、それを説明することは簡単ではないし、
それを考えること自体が変だと思っている子供もいるに違いない。
このため、表面に出て来ないだけなのかもしれない。「自我体験」は
もっと日常的なこととも考えられるだろう。
(第三百七段)
by akasakatei | 2004-07-03 20:11 | 余暇 | Comments(0)
<< 故郷情景夕電飾(あかさかふどき... 逢物澱(たからのちず) >>