入った店は割烹であるものの、壁に張られた札を見れば親子丼から始まって鰻、寿司まである。こう色々あると、大衆食堂の感さえしてくる。何にするかと考える。海から遠いので魚介類は敬遠するつもりだったが、かつ丼や鰻もどうかと思い、結局づけ丼にする。本来なら民俗学的探究心より、第七十六段で触れた通り、握り寿司をつまむべきなのだろうが、そうした気分にならないのは不思議である。先日広島に行った時(第八十六段)も、他に適当な店がなく仕方なく寿司屋に入ったが、印象に残っているネタは有名な蝦蛄と穴子、それに白身か。怪我の功名というのか、広島でのその一旦が分かったものの、率先して入る気はしない。
店には地元の顔見知りばかりが集まっており、栃木訛で交し合っている。店の者も家族なのか、「のど自慢」を見て客と冗談を言い合っている。こういう場合、旅人は何気なく観察する。入口にはバイト募集の張り紙がある。察するところ、高校生か大学生の娘に手伝わせている雰囲気である。何しろ、エプロンをしていない。
店を出、十二時三十五分の快速で新栃木に向かう。新栃木に用があるわけではない。ただ、都内に急いで戻る必要もないので、もうちょっと旅気分でいたいからである。
ボックス席の車内は日光に向かう人で込んでいる。どこからか、駅蕎麦の話しが聞こえてくる。しかも箱根そばである。どうやら小田急沿線から来た人のようである。ついさっきまで、都内にいたのに妙に懐かしさを覚える。
(第九十九段)