偽札が出回っている。韓国でも見付かったという。最近では紙幣を手にする度、旧札に限らず、確認をしてしまう。この状態が続くならば、円に対する信用問題になってくる。
信用は大事である。それについては、思わぬところで失うものである。
例えば、昨年は鳥インフルエンザ、今年はノロウイルスが紙面を賑わせている。何れも感染する。
この感染だけれど、いつ自分が被害に遭うか分かったものでない。先日、仕事場近くの昼飯時、雑居ビルの地下にある飲食店が外にメニューの蝋細工でない本物のサンプルを置いておいたところ、烏が飛んで来て、ラップを嘴で剥がし、中のものを突っついていた。
たぶん、食器はサンプル用ではないだろう。店が知らずに、この食器を今後も客に使っているとしたらどうか。
下手な店では食べられないと思う。
信用といえば、企業や学校での情報漏洩が目に付く。特に、個人情報である。このため、学校では名簿を作成していないところが増えているという。確かに、名簿屋が存在し、電話勧誘はそれを買ってきて行なう。発行しないことによる効果はあるだろう。
尤も、近頃の事件を聞くと、その多くは名簿ではなく、システム関係からの漏洩である。このため、春からは法が出来るらしい。
かつて、こうした事件は聞かなかった。世の中が合理化されるに従い、悪い人間が増えてきた様子である。合理化とは必ずしも便利さをもたらすものではない。この辺を知っていないと、どういった不幸に見舞われるか分からないのが現代社会である。
(第五百八段)