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神田辺稲荷(えどのせんりゅう)

平日の朝七時半過ぎの神田で下車する。
どこかで食事を済まそうと思ったものの、ここでも、昔からの喫
茶店は少なくなり、探すこととなる。
駅前を見回すと、マンションさえあり、再開発された感じさえす
る。
一般的に神田は、サラリーマンの町という印象がある。喫茶店に
ついても、改めた方が良いかもしれない。
見付けた喫茶店で、客層を観察していると、店のスポーツ新聞を
読んでいる人が目立つ。
かつて通勤時には、片手にしているサラリーマンが多かった。何
時からか、経済新聞が増え、朝方のチェーンの喫茶店では、仕事の
準備に余念のない人ばかりだ。
その雰囲気は閉塞感が漂う。こうなったのも、疑問もなく、利益
至上主義の新自由主義を目指したからだ。
そういえば、先日、本屋に行った際、それを進めた元大臣の新刊
が並んでいた。ふざけた題名で、生き辛い日本での生き方というよ
うなものだった。そのようになったのは誰の責任かと著者本人に問
いたい。無責任さに呆れる。
 喫茶店を出、神田より小川町方面を歩く。細い路地に入ると、生
活が感じられる一瞬がある。
 この付近には、稲荷があちこちに残り、川柳を思い出す。
(第三千二百二十六段)
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by akasakatei | 2012-06-30 16:08 | 地域 | Comments(0)

消費悪増税(じったいをみないひと)

消費税の増税に関し、政治家らの無能を感じる。
足りない分をどうするか。この時代を本当に分かっているなら、
所得税をまず元に戻すべきだ。
以前にも触れたが、これを改悪したことにより、社会が狂い出し
た。
首相は原発再稼働も含め、視線は庶民より財界や富裕層に向けれ
られており、見ている限り、後世、愚かな首相のひとりになる可能
性は高い。
消費税問題について、底辺層もまた無知過ぎる。外国と比べたら
低いなどと言う人がいる。ある意味、御用学者の言葉を鵜呑みにし
ており、我が国の有権者の意識の低さが分かる。
 だから、このような首相ばかりが登場し、多くが一年も続かない。
 こうした傾向は他にも見られる。
 失業率や貧困率だ。
 何れも、実態を知らない者を騙すために、実態を表さない数字を
使う。
 容易に信じる方もどうかしているけれど、騙し方は悪質だ。書店
に足を運ぶと、特に、御用学者やその周囲が書いた本には、こうし
たものが目立つ。
(第三千二百二十五段)
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by akasakatei | 2012-06-29 11:24 | 政治 | Comments(0)

生肉食禁止(これもじょうしきがないためか)

 レバ刺しが禁止される。
 これに対し、某飲食店では、卸業者にあるレバ刺しを買い占めたという。
 ひと儲けしようと考えたのだろう。
 普通、生肉は危険と考えるものだが、どういう経緯で広まったのか。
 年々、常識が通じなくなっているけれど、命に関わるものにまで、常識が通じなくなっているとは情けない。
 メニューから消えることについて、嘆く人がいること自体が不思議だ。
 不思議で思い出すのが、十代におけるスマートフォンを使いながらの通学時の歩行だ。
 正直、周囲を注意していないから、邪魔だ。
 自らが危険になっているとは考えないのか。
 現在では、儲けるために、どのような商品も出す傾向がある。作り手の倫理観のなさには呆れる。
 また、すぐに飛び付く方も問題だ。
(第三千二百二十四段)
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by akasakatei | 2012-06-28 09:28 | 社会心理 | Comments(0)

澤瀉屋一門四名襲名(おもだかやよんめいしゅうめいひるのぶ)

六月二十五日、新橋演舞場の昼の部へ行く。
澤瀉屋一門の襲名披露である。
今回、四名の襲名だが、中車さんのそれを観ることになるとは思
わなかった。
尤も、足を運ぶ気になったのは、『小栗栖の長兵衛』があったから
だ。以前、十年前にも掛かったのだが、チケットを入手出来なかっ
た。今回も予約開始日には完売状態で、キャンセル扱いが出るのを
待っていた。今回の席は三階Bの下手側である。
この作品は、新歌舞伎で台詞も分かり易く、歌舞伎が初めてな中
車さんが出演するには良いともいえる。
人間の裏表を描く。
続く口上では、福山雅治氏から贈られた幕で開ける。口上の最後
に、新猿翁丈が登場する。
舞台上の姿は久し振りなものの、元気な時を知っているだけに、
寂しくなる。
次に『義経千本桜(川連法眼館)』だ。若い頃の新猿翁丈の演出に
より、江戸歌舞伎が甦った。これを甥の新猿之助丈が演じる。
 宙乗りの役者が消える瞬間に関し、初めて観る。
(第三千二百二十三段)
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by akasakatei | 2012-06-27 16:43 | 文芸 | Comments(0)

渋谷夜復活芝居(おれはだれだ)

六月二十四日の夜、渋谷のシアターコクーンにおけるコクーン歌舞伎『天日坊』を観に行く。
 脚本は宮藤官九郎氏、演出と美術は串田和美氏で、河竹黙阿弥の作品を復活させたものとなっている。
 台詞も現代語で、役者も若手中心故、観客のほとんどを占める若者にとっては親しみ易いだろう。
 上演中、トランペットが多用され、カーテンコールでも若者が音に合わせ、身体を振っていた。
また、「俺は誰だあっ。」がテーマとなっており、若者にも共感し易いに違いない。
 これまで、コクーン歌舞伎を何回か観たけれど、中村屋、成駒屋らがいないのが不思議だ。文字通り、世代交代か。
そうした中、ベテランの松島屋、橘屋らが脇を固めている。
今回、外部の役者も多く出ており、正に、何でもありになっている。
 ところで、観劇前、午後の渋谷、特に、風俗街を歩いた。堂々と連れ込み宿から出て来る若者や入って行く連中が多数いる。そうした中、早めの夕飯を沖縄料理系統の店で済ませ、開場まで喫茶店で休む。
(第三千二百二十二段)
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by akasakatei | 2012-06-26 16:42 | 文芸 | Comments(0)

都内銭湯巡(とないのせんとう)

 最近、都内の銭湯をよく訪れている。思うに、以前とは異なり、ビル化されている銭湯も目立つ。
 そうした中、御徒町のそれは重要文化財となっている。浴場内の絵も富士山で、如何にも銭湯へ来たという気分になる。湯もまた岩山から出ており、子供の時に入った故郷の銭湯を思い出す。
 それに対し、ビルのそれはどうか。やはり、強みは綺麗ということか。
 清澄白河の銭湯は、入った際、カウンターのスタッフがネクタイをしており、一瞬、驚かされた。
 ここの絵は、橋を描いたものだ。
 銭湯を色々と巡ってみて、感じたのは、銭湯と客の間では挨拶が残っているということだ。
 悪くはない。
 自宅だと、すぐに湯から出てしまうのに、銭湯だと、二十分は入っている。
 尤も、河辺の地主によれば、それでも烏の行水らしい。
 一体、どのくらい入っているのだろう。
(第三千二百二十一段)
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by akasakatei | 2012-06-25 18:36 | 余暇 | Comments(0)

梯子湯(ひがしとうきょうでのいちにち)

 都内で朝より開いている銭湯は少ない。そのひとつが御徒町にある。
 そこに十時過ぎに行ってみる。建物は古く、番台が珍しい。浴場内の天井も高い。
 風呂から出た後、よく足を運ぶ鮨屋で純米酒を楽しむ。
 午後より、葛西の地下鉄博物館での特別展「千代田線車両の技術変遷展―ローレル賞の受賞を記念して―」へ足を向ける。
 故郷を走っていた線で、よく利用をしており、興味深かった。
 東西線、大江戸線を乗り継ぎ、清澄白河へと向かい、久し振りに深川江戸資料館を訪れる。
 こうした長屋で暮らしたかったと思う。
 夕飯は、よく忘年会で利用した深川鍋の店にする。そこへ行く途中、銭湯がある。
 つい入ってしまう。本日、二度目の銭湯である。
 天井が高く、かなり明るい浴場だった。
 十九時ちょっと前に、夕飯を終え、近くの八名川公園を通り掛かる。ここは六間堀の跡という。犬を散歩させている近くの年配女性がおり、江東区におけるかつての水路について訊く。
(第三千二百二十段)
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by akasakatei | 2012-06-24 20:59 | 余暇 | Comments(0)

東急沿線歩(とうきゅうせんにかこまれたまち)

東急目黒線に乗っていたところ、如何にも専業主婦しか経験したことのなさそうなブランド品を手にした六十代のふたり組が前に立つ。話題は金持ちの子供が通うという某大学のことだ。
 知人の孫がその付属高校に通っているらしく、内部進学の基準について話している。寄付が学力より優先され、何でも男子生徒は、レベルの関係で外部に進学するのがほとんどらしい。
 それにしても、ちょっと離れたところに空席を見つけるや否や、込んでいる中、押し退けて行くのはどうか。意外に着飾った女性にこの類いが目立つ。
 武蔵小山で下車し、東横線の学芸大学に向けて歩く。
 十分ほど大通りを進み、脇道を見ると、商店街がある。その先に銭湯を見付ける。周囲は住宅街だ。
 中に入ると、それほど込んでいない。ここでも、女湯からの声が聞こえる。浴場内の絵は現代的な風景だ。
 銭湯を出ると、近くに手作りを掲げたパン屋がある。昔ながらのガラスケースに商品が並ぶ。
 目黒通りを越え、学芸大学を目指すと、商店街の外れに魚料理と書かれた看板が立つ洋風な店がある。
 この日は夏至故、日が長く、気付けば夕飯時だ。
 メニューにはステーキやトルコライスもあり、むしろ、魚が食べられる方が不思議だ。
 先客がおり、来る時、車内で見たような主婦だ。日帰りバス旅行に行ってきたようで、近くに座った女性が、他人の悪口ばかりで煩かったという。話す本人も似た感じで、気付かないのかと思う。
 そういえば、この日、会った人で昼食は毎日面倒なので、立ち食い蕎麦という人がいた。
 また、反対に夜勤をしている国領の世捨て人は外食も出来ず、休憩時間は寝る以外なく、閉塞感しかないとのことだ。今からすれば、昼食時間は重要だったとのことだ。
(第三千二百十九段)
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by akasakatei | 2012-06-23 20:58 | 余暇 | Comments(0)

人間観察例(えにかいたにんげん)

 先日、名古屋港を訪れ、そこで犬との触れ合いについて書いた。
 その時、スタッフ同士の裏を見る。
 上司と思える男性が、入って一年ほどの若い女性に対し、餌の取り扱いに関し、利用者の目があるところで注意していた。
 注意は、人のいない場所で行なうべきだろう。
 意外に、こうした場面は多い。
 利用者にとっては、気分が害される。
 そうした意味においては、注意した男性の視野はやや狭いともいえる。
 この種の上司は結構多く、中小企業では、注意と怒るを混同し、怒鳴ってばかりいる創業者がほとんどだ。
 これで始末に負えないのが、創業者一族である。
 自らの手で大きくしたわけでもなく、ただ、跡を継いだだけで、錯覚をしている。
 人間らしいともいえ、職場における人間観察だと、予測通りの行動をする。
 予測出来ないとすれば、怒る理由もなく怒ることだ。
(第三千二百十八段)
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by akasakatei | 2012-06-22 14:24 | 社会心理 | Comments(0)

欠陥器(たちばとうつわ)

 サービスを考える。
 最近では、どこも人件費は悪とばかりに、正社員ではなく、アルバイトや契約社員を使う例が目立つ。
 これに対し、不安を覚えるのは何故か。
 というのも、スタッフにより対応が異なり、利用者が戸惑うことも多い。
 安全や正確性が重要な鉄道施設においても、同様のことが見受けられ、定期券一枚買うにも、ある程度、知識を得てから行かないと、損をする。
 これが、正社員だけなら、社員教育にも時間が割かれ、こうしたことが起きるとは考え難い。
 非正規社員を認めたのは間違いだ。
 何事についても規制緩和をすれば、全てにおいて、サービスが良くなり、利用者にとってプラスになると、言っていた政治家や財界人らがいる。実際、連中は、その種の大衆的な店や施設を利用することもないから、机上だけで物事を考え、本質が分かっていない。
 利益至上主義になれば、多少のことをしてでも、得ようとするのが普通だ。予測出来なかったというのは、単に、人間を知らないからに他ならない。勉強不足で、指導的立場に相応しい器でなかったということだ。自分の力量を勘違いしており、呆れるばかりだ。
(第三千二百十七段)
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by akasakatei | 2012-06-21 16:41 | 産業 | Comments(0)