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国棄民(みすてられたひとびと)

今年の重大ニュースのひとつは、東日本大震災と福島の原発事故だろう。これについて敗戦以来の国家危機とはいうものの、人々の考えが変わったとは思えない。西日本では、それほど影響を受けなかったこともあり、そうした傾向が、より強いようだ。
従来の前提としたものが崩れたわけだから、本来なら、政策を見直すべきなのだが、どういう理由か、国や財界は、今までと同様の復興を目指し、そのために税金を上げようとしている。
現状でさえ生活に困っている人が多いのに、更に、路頭に迷わせる人を増やすだけだ。正に、棄民である。
想像力が働かないのだろう。
特に、財界人の視点は曇っており、未だ、新自由主義によるグローバル経済と騒いでいる。
企業が利益を上げても、労働者の生活が良くなるわけではない。大資本の参入により地域の個人店は壊滅状態に近く、荒廃している現状を見れば明らかはずだ。
グローバルでなく、行なわなければならないのは、かつてのようなひとつの町で、全てが完結することではないのか。昭和の初めくらいまでは、町の外に出たことがない人も結構いた。それでも、幸福な人は沢山いた。
(第三千四十四段)
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by akasakatei | 2011-12-31 22:07 | 政治 | Comments(0)

文化誇(しょがいこくへのたいど)

バーガーというと、アメリカ人のイメージしかない。外人は口が大きいから食べられるのかもしれないけれど、食べ物は凝るよりも、シンプルな方が良い。
洋食は、元々の素材が悪いため、臭いを消す目的で、香辛料を使った。ソースが美味いとは、極端にいえば、素材が悪いということになる。欧米が一番良いとは考えないことだ。
これは何事も同様で、欧米社会が暮らし易いわけではない。現在、アメリカ流の経済社会になっているものの、外人は己のことしか考えていない故、上手く機能しているとはいえない。
どういう理由か、アメリカが自国の利益で動く国ということを忘れ、政治家、財界、学者らにアメリカ偏重が目立つけれど、極めて危険だ。売国ともいえる。
 もっと、自国の文化に誇りを持ち、我が国こそが一番だと考える必要がある。
 更にいえば、理不尽な諸外国に対し、それを通すべきだ。
 ここで注意すべきは、柔道界のように、世界に広めた結果、歪められないことだろう。
(第三千四十三段)
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by akasakatei | 2011-12-30 22:07 | 政治 | Comments(2)

石岡鹿島鉄道跡(かしまてつどうあとひがしたなか)

仕事で石岡へ行く。目的地まで、地図で眺めると三キロほどある。駅前の観光案内所で、バスがないかと訊ねる。
路線図を示し、途中までなら出ているという。この図には様々な線が描かれ、やや見難い。どれかと確認すると、乗るのは青い線とのことだ。他の色の路線は、今は走っていないらしい。時間帯の問題か。
バス乗り場へ行くと、バス停にかしてつバスとある。かしてつとは、鹿島鉄道のことだろう。バスは駅前ロータリーを出ると、バス専用道路に入る。これで案内所の人の言葉が分かった。これは、かつて走っていた鹿島鉄道の跡を利用したものに違いない。それまでの系統を統廃合し、この道を走らせているのだろう。東田中駅まで乗る。
用を済ませると、丁度、昼である。食事をしようにもチェーンの喫茶店しかない。駐車場には、車が何台もあり、これだけで入る気が失せる。とはいえ、他に選択肢はない。
中は女性客が目立つ。そこで水戸のB級グルメとのコラボレーションというチャーシューバーガーを食べる。
この種のものは、中に色々と入れると食べ辛い。実際、手がソースで汚れる。
(第三千四十二段)
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by akasakatei | 2011-12-29 22:06 | 地域 | Comments(0)

焼柿甘(かきをやく)

車内でのことだ。
ふと顔を上げると、有名な年配男性タレントが座っている。テレビとは違い、気配を消しており、誰も気付かない。尤も、服装には気遣っており、周囲には単なるお洒落な人にしか見えない感じだ。
観察すると、その仕草は年相応のものだ。
後日、会社の帰り、電車が遅れていた。
各停に乗っていたのだが、途中で、優等列車の通過待ちが何回かある。
その間、ドアを開けたままにしているため、寒くて仕方がない。
また、空気の入れ換えのためか、空調も利いている。
自宅に戻り、食後に身体を暖めようと考え、金網で柿を焼く。焼くのは初めてだ。
今でこそ、そうした食べ方を聞かないものの、かつてはよく食べたという。
これが、慣れぬこともあり、意外に、手間が掛かる。この手間こそ、和食か、と思う。
 焼くと、一段と甘みが深まる。
(第三千四十一段)
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by akasakatei | 2011-12-28 21:25 | 社会心理 | Comments(2)

供給側姿勢(みせがわのしせい)

 新宿で映画の上映が始まる前に、昼食を済ます。意外に店がなく、チェーンの喫茶店に入る。
バイトのウエイターがサンドイッチを運んで来る。置く際に、手を拭いたお絞りに触れる。何も感じないらしく、そのまま置いて行く。
意味を考えて仕事をしているのか。
別の日、地元近くのスーパーに入る。
レジの前に並んだ六十代のオバサンは、篭一杯に何やら入れている。何を買ったのかと思えば、おでん種である。他には、ビニールに、自ら入れたと思われる魚が一匹である。切り身ではない。
この魚の名前について、バイトのレジ係がオバサンに確認している。どうやら、バーコードになく、手で入力しなくてはならないようだ。
オバサンも、自ら選んだはずなのに、何を買ったのか分からない様子である。結局、その日に並んでいる魚の名を列挙し、漸く、鯉と分かる。
それにしても、鯉は比較的外見に特徴があり、すぐに分かる魚だ。
また、問題なのは、何を買ったか分からないオバサン、同時に、レジも、売り物と名前の一致くらいは出来るようにしておくべきではないか。
(第三千四十段)
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by akasakatei | 2011-12-27 12:30 | 産業 | Comments(2)

鉄道映画第二弾(とやまちてつをぶたいに)

 十二月三日、新宿ピカデリーに『RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ』を観に行く。
 丁度、この日から『けいおん』も始まり、映画館の周辺は若者で混雑している。
 十一時頃に行ったのに、『けいおん』は夕方まで満席であった。ここの映画館では、『けいおん』に関しては、上映されているスクリーンはひとつだけではなく、いくつかあるのに、この人気である。
 プログラムを買うべく売店へ行くと、『けいおん』のグッズを買う人で行列が出来ている。レジ脇には、そのプログラムが山積みにされ、皆、それを買っている。
「RAILWAYSのプログラム。」というと慌てて奥から取り出していた。
 ところで、今回の作品は昨年に続き、第二弾となる。
 地方私鉄を舞台とし、人との絆を描く。今回は、富山地鉄である。
 来た理由も鉄道が描かれているからである。懐かしの車輛も多数も登場する。
 来ている人は、前回同様、年配者が目立つ。
(第三千三十九段)
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by akasakatei | 2011-12-26 22:10 | 文芸 | Comments(0)

引越異鉄道(すむえんせんをかえると)

国領の世捨て人が結婚し、ひと月が経つ。その心境を問う。
面白いことに、鉄道に関する話しばかりを聞く。
京王に変えたところ、その軌間が、JRとは異なることもあり、遠くへ出掛けても、線路の先が住んでいる土地には通じていないな、と思い、不安になるということだ。
確かに、旅に出、線路を見ると、それが最寄り駅まで繋がっていると安心した気持ちにはなる。尚、軌間が違う鉄道沿線に、生まれた時より住む人は別かもしれない。
次に、通勤時、毎日、同じ列車の同じ位置に乗っているにも関わらず、意外と乗り合わせた人の顔触れが覚えられないとのことだ。
覚えられないといえば、毎日、各停に乗っているのに、沿線風景も記憶に残らず、ふと車窓を眺めても、どこか分からない状態という。
こうなると、脳のどこかが故障しているのではないか。
更に、京王の定期券を持っていても、居候の気分がすると言っていた。
 未だ、実感が湧かない様子だ。
(第三千三十八段)
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by akasakatei | 2011-12-25 21:59 | 地域 | Comments(2)

大阪迷改革(おおさかめいそう)

大阪におけるダブル選挙の結果を見ると、やはり有権者は何も考えていないとしか思えない。
地域に漂う閉塞感を破って欲しかったのだろうが、果たして、出来るのか。
というのも、当選者は反対意見を封じ込める手法だ。それこそ、閉塞感が強くなる。
これは新自由主義を持ち込んだ小泉政権にも見られたことだ。良いか、悪いかだけで、政治を行なう。博打を思い出させる。
政治とは、そのようなものではないだろう。
 また、この種の人間は全てにおいて、競争を叫び、地下鉄もその争点となっている。
 その場合、どのようになるのか。
 競争で良くなるのか。
 むしろ、安全やサービス面で心配となる。
 現在のJRや東京地下鉄が良くなっているといえば、利益追求ばかりで、融通が利かず、利用者にとっては使い難くなっている。慇懃無礼なスタッフも目立つ。
(第三千三十七段)
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by akasakatei | 2011-12-24 21:49 | 政治 | Comments(0)

持帰飲食物(めいわくなていきょう)

満員電車でチェーンの持ち帰りコーヒーを持ち歩く人を見た時は、想像力が欠如しているのではないかと思った。二十代半ばくらいの若い女性だ。
ポイント通過や手を滑らせた際、周囲に迷惑を掛けることに気付かないのか。
この種の店に入ることは滅多にない。先日、久し振りに、仕事関係で利用した。持帰りのホットコーヒーを八個頼んだのだが、出来上がりまでに時間が掛かり、その間、サービス用のコーヒーを出してくれた。また、持ち帰り用に使う砂糖やミルクなどもスタッフが用意してくれた。以前にはなかったことだ。
別の日、郊外のハンバーガー屋に入ることになった。カウンターはひとつだけで、待っている行列が五人ほどいた。他に、スタッフもいるのだが、作る方に忙しいようであった。前の人の注文を聞いていると、皆持ち帰りであった。
持ち帰りが出来るのは悪くない。ただ、口に入れるのが自宅でなく、路上や歩きながらでは眉を顰める。
どこでも自室と勘違いをする輩が多い今、提供する側も考えるべきだ。
(第三千三十六段)
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by akasakatei | 2011-12-23 21:47 | 産業 | Comments(0)

教師質(おしえかたのさ)

 以前、音楽の授業が面白くなかったことに触れた。
 世の中、不思議なことに音楽鑑賞を趣味とする者も多く、また、楽器を弄る者もいる。
 小学校時代、ハーモニカから始まり、いくつかの楽器を授業で強制的に演奏させられたけれど、結局、楽譜を見てもどこを演奏しているのか分からなかった。
 授業において、どこを演奏するのか、教師の指示があった記憶もない。
 どうして、他の級友は分かったのだろう。
 何れにしろ、欠伸ばかりしていた。
 面白くない授業は、実技科目を中心に他にもあった。
 このように考えた時、大人になった今でも、その延長線上にあるものについての興味は薄い。
 悪夢を思い出す。
 実技科目は、体験や情操のために行なわれているものの、教師の指導ひとつで、その芽さえ摘んでしまうともいえる。
 教え方に工夫をすべきだ。
(第三千三十五段)
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by akasakatei | 2011-12-22 16:23 | 教育 | Comments(3)