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原発争点現政権(おもいきったてをうちさえすれば)

相変わらず、原発に関し、未だ、何の進展もない。
政府は、この状況でも、政権をどうするかで争っており、先が見えない。
一体、何をしているのかと思う。大本営時代と何も変わらない。
現政権について、死に体同然なのだから、この際、思い切った手を打っても良いところだ。
まず、東電の責任への追求は甘い。株主も当然責任を追うべきだ。責任を負わず、株主の特権のみを言うのは、虫が良過ぎる。
次に、原発推進者の責任だ。これも明確にする必要がある。その張本人が生きているなら尚更だ。
我々日本人は、広島、長崎、そしてビキニで、被爆を経験し、核の恐ろしさを知ったはずである。それなのに、目先の利益で、大切なことを忘れている。
原発を維持したとしても、そこに住む人が健康でなければ意味がない。人間あっての社会だ。
完全廃棄をする機会だ。
 電力不足や経済成長を指摘する連中もいるけれど、それを制し、実行すれば、何れ、評価されるに違いない。原発推進者のほとんどは、利権絡みで反対しているに過ぎない。出している資料も辻褄を合わせているのだろう。信用出来る資料は、やはり、反対派となる。
(第二千八百六十段)
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by akasakatei | 2011-06-30 21:10 | 産業 | Comments(0)

問女性不様(みにくいじょせい)

朝、満員電車に妊婦が乗って来た。
男子高校生が気付き、席を譲る。妊婦は、礼を言うこともなく、当然の如く座る。
このように当然とするから、嫌われるのだろう。これは、子連れや年配者も同様だ。
それにしても、満員電車で若い女性が席を譲るのを見たことがない。大体、譲るのは男性だ。
それでいて、いざ、自分が妊婦や子持ちになった時には、当然といった顔をする。そして、譲られないと社会的弱者に冷たいなど言い出す。全く、始末に負えない。
更に、年を重ね、オバサンになった時も怖い。実際、空いた席を見付けると、脱兎みたいに、他人を押し退け、座ろうとするオバサンをよく見る。
車内の雰囲気を悪くしている。
そういえば、先日、五十前後の保険外交の女性と話す機会があった。その際、この種の話しとなる。
彼女は独身のようで、やはり、満員電車における子連れ、居酒屋に子供を連れて来る母親などには否定的であった。
(第二千八百五十九段)
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by akasakatei | 2011-06-29 21:09 | 社会心理 | Comments(0)

真不便社会(くしゃみのだいべん)

地元のいつもの蕎麦屋へ行く。
店主と七月に変わるテレビの話しになる。
買い換える予定はないらしい。というのも、切り替わる瞬間を確認したいからだという。
また、テレビがなくても生活出来るか試したいとのことだ。
なるほど、と思う。
振り返れば、昭和後期以降、我が国は便利になると信じ、電化が普通となった。
ただ、冷房やビデオ、そしてパソコンなどが登場してみると、自然を感じることは少なくなった。更に、始末に負えないことに、一日は二十四時間と変わらないから、それらを使うには睡眠時間を削るしかない。
これは、自然に反する。
夜型人間が増えるに従い、益々、本来、必要がない物が登場することになった。
今の世の中、便利と思ったことはない。逆に、必要ない物が多い感じさえする。
こうなると、以前にも触れた名作の一文を思い出す。
(第二千八百五十八段)
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by akasakatei | 2011-06-28 21:05 | 産業 | Comments(0)

郊外昼飯探(ひとりきゃくをどうあつかうか)

 先日、郊外へ行く。
 南林間である。改札を抜けると、空から飛行機の音がする。見上げると、随分、近いところを戦闘機が飛んでいる。
 非日常を感じる。
 用を済ませ、隣りの駅へ移動する。
小田急と東急田園都市線が走る町である。
 例により、昼食をどうしようかと考える。駅前付近を歩いたものの、特に、目に付いた店がない。
 この日は、前夜に、地元の割烹で天婦羅や刺身を食べたので、出来れば、あっさりしたものを口に運びたい。
 結局、入ったのは海南鶏飯と看板にあった店だ。
 入ってみると、十二時半を過ぎたのに、誰もいない。無口な店主が迎える。ここは個人経営のようだ。
 カウンターに座ったので、仕事がよく見える。
 店主の背後には、様々な酒が並んでいる。
 カウンターがあるということは、ひとり客も大事にするということだろう。
(第二千八百五十七段)
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by akasakatei | 2011-06-27 21:01 | 産業 | Comments(0)

日常東京駅(とうきょうえきふきんでかわされるじんせい)

このところ、十一時四十五分頃に昼食のために、外へ出ても、どの店も結構込んでいる。
考えるに、節電が理由ではないか。いつも行く鮨屋の店主によると、多くの会社が出社を早め、その分、帰宅も早いという。
確かに、東京駅構内の朝の待合室を覗くと、サラリーマンが七時前より目立つ。帰りもまた電車が朝並みに込む。
こうなると、満員電車を避けるため、早く出勤していたのだが、あまり関係がない。
そうした一方で、年配の専業主婦らは、のんびりと旅行である。東京駅では、女性ばかりのグループをよく目にする。先日などは、ホームレスを指差し、ホームレスとはしゃいでいた。会社生活を経験したことがないであろう専業主婦のこの種の言動には違和感がある。
今の時代、いつ路頭に迷うか分からない。人生の意味を考える。
この間は、よく足を運ぶブルガリア料理店の外人スタッフに、食べている時に、「幸せですか。」と訊かれた。食事、睡眠は幸福に違いない。
「食べている時は幸福だ。」と答えたところ、「今日も幸福ね。」と笑い掛けられる。余程、嬉しそうに食べていたのか。
(第二千八百五十六段)
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by akasakatei | 2011-06-26 21:01 | 産業 | Comments(0)

鉄道玩具遊(こどものころにかんがえたてつどうおもちゃ)

以前にも触れた譲り受けたNゲージだが、線路を買い増した。貰った中には、橋脚がないのに、曲線の高架線路部分だけのものもあり、それを使えるようにするべく、必要な本数を計算する。
また、線路は二社のメーカーがあるとした。これを繋ぐため、特別の線路も用意する。
このように、線路を繋げていると、思い出すことがある。
幼稚園の頃、祖父に玩具の鉄道セットを買って貰った。
交換駅付きで、線路は一周するものだったけれど、それだけでは飽きる。
そこで、弟も同様のセットを買って貰っていたので、双方の線路を使えば、もっと距離が長くなるのではないかと考えた。実際、試したところ、曲線での計算を誤ったため、円となる。次に、半円のところで、直線の線路を入れるなど、試行錯誤する。
この次に考えたのが、高架だ。積み木を橋脚にする。これも失敗する。急に上がったため、線路に段差が出来た。
 車輪が繋ぎ目に引っ掛かる。
 子供の考えとはこれくらいで、その段差をどうするかまでは考えなかった。
(第二千八百五十五段)
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by akasakatei | 2011-06-25 22:43 | 教育 | Comments(0)

車内知能障害児(しゃないでのあつかい)

車内で見た光景である。この日は、最後尾に乗っていた。
そこには知能障害と思われる十五歳くらいの少年がおり、奇声を発していた。
暫くして、車内を全速力で走り始める。かなり大きな音だ。
車掌も見ているものの、何の注意もしない。少年が躓いたりすれば、何人かは巻き添えで、怪我をするだろう。
また、どうして他人へ迷惑を掛ける者をひとりで乗せるのか、保護者の常識を疑う。
少年は相変わらず走り、ひとつの車両を往復している。
やがて、座っていた五十前後のオバサンが少年に声を掛ける。
「静かに。」などと言っている。
話し方からすると、母親のようだ。
以前にも触れたけれど、知能障害や精神障害がある人は、ひとりで行動させると、他人へ迷惑を掛けることが多い。
確かに、自立させることも大切だけれど、問題行動があった時点で注意しなければならない。
保護者が考えている以上に、周囲は迷惑と受け取っている。。
車掌もいくら少年が理解出来ない可能性があるからといって、何も注意しないのはどうか。職務上、安全を重視すべきである。
(第二千八百五十四段)
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by akasakatei | 2011-06-24 22:42 | 社会心理 | Comments(0)

観覧車営業再開(こうらくえんのかんらんしゃ)

東京ドームにある遊園地は、事故の影響で営業を中止していたけれど、この六月より、一部の乗り物に関し、営業を再開した。
早速、どのようになったか、訪れる。遊園地には、あまり来たいとは思わない。過去、二回しか行ったことがない。それも社員旅行や学校での団体行動だけだ。何が面白いのかと思う。
大人がはしゃぐのは見苦しい。実際、この日もそうした大人を見掛ける。
尤も、折角、足を運んだこともあり、ひとつくらいは乗ろうかと考え、乗り物酔いをしなそうな観覧車に乗る。
係員の人数が多く、安全について、何重にも注意をしている様子だ。
球場では野球も行なわれており、試合は夕方に終了する。駅までの道は込んでおり、こうなると、隣の飯田橋まで歩き、裏道を抜け、神楽坂で飲んだ方が良い。
裏には、良い雰囲気の飲み屋や成人映画館がある。後者は発展場として、有名だという。男ひとりで行くと危険との話しも聞く。
神楽坂の表通りを横切り、更に、路地をあちこち歩く。
日曜だというのに、以前と比べ、営業している店が多い。
鉄板焼を主とする店に入る。店の雰囲気からすると、いくつか姉妹店がありそうだ。
店のスタッフは四人ほどで、ひとりは新人である。先輩が新人に注意し、新人も素直に聞いている。
(第二千八百五十三段)
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by akasakatei | 2011-06-23 21:27 | 産業 | Comments(0)

六月元町中華街(けっこんしきのついでにぶんがくかんへ)

 学生時代の友人の結婚式は、元町・中華街であった。
披露宴の後、二次会まで時間があったので、神奈川近代文学館での「遠藤周作展―21世紀の生命のために―」へ足を延ばす。没後15年とあるけれど、それだけ時間が過ぎたのかと思う。
披露宴に出ていた友人も好きな場所へ向かう。
神奈川近代文学館は、作家の名前故か、かなり人が入っている。個人的には、第三の新人のひとりとして興味がある。
キリスト教を題材とした作品より、随筆や中間小説が好みだ。
酔った目で展示を眺める。
第三の新人らと語っている写真が印象に残る。
外に出、どこかでお茶を飲もうと思っても、四時半過ぎで、空いている店はほとんどない。山下公園のベンチも同様だ。
観光地と言っている割りには、横浜は休める場所がない。これは訪れる度に感じる。こうなると、益々、足は遠退く。
 再び、先ほど、別れた友人と合流し、二次会へ参加する。
 結婚式の二次会へ出るのは初めてである。どういうものかを知るために、参加してみた。
 新婦の関係者が多いようで、平均年齢はかなり若い。そのエネルギーに圧倒される。
(第二千八百五十二段)
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by akasakatei | 2011-06-22 22:05 | 地域 | Comments(0)

母娘電車内会話(きこえてきたかいわ)

学生時代の友人の結婚式に出席するため、南武線を利用していたところ、途中で、母娘が乗って来る。
母は地味な格好の三十代、娘はリュックを背負った小学生だ。
この子供は元気な声で母親に話し掛ける。母親はそれに答えているものの、その後、憂鬱そうな表情をする。持病がありそうな感じだ。
娘が言う。「ママと同じ仕事をする。」
母親は一瞬絶句する。
「稼げないよ。」
仕事の中身を説明する。それによると、外を回り、色々と配っているものらしい。
「私、そういうの好きだから、絶対やりたい。」
次にまた娘が言う。「私、赤ちゃん産みたくない。」
母が応じる。「結婚しないの。」
娘が頷く。
「ひとりだよ。後はお母さんだけよ。」
どうやら母子家庭のようだ。
(第二千八百五十一段)
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by akasakatei | 2011-06-21 22:04 | 家族 | Comments(0)