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未来人口減(ほうしゃのうによるじんこうげん)

東電が汚染水を海に流した。これについて、関係者が協議した時間は二十分ほどだったという。
捨てるに辺り、周辺の自治体や漁業者、それに近隣国に対しても、通告しなかったらしい。
常識では、考えられないことである。目先のことだけしか、見えていない。
大気中に放射能を出し、多くの人が迷惑をしている。それに加え、海まで汚したら、どうなるか。
今回の人災に関し、東電は自らが加害者であることを忘れ、被害者への負担ばかりを強いている。
一連の対応を見ていると、東電は使えない連中が多い。会見を見ても、相変わらず、他人事だ。
これは国も同様だ。
人災なのに、未だ、天災という者もいる。
銀行を纏める団体の会長や財界の連中だ。
それにしても、加害者でこれほど威張っているとすれば、北朝鮮くらいのものだろう。
 何れにしろ、我が国の野菜、魚は、最早食べられない可能性が強い。伝統料理も消えるだろう。
 二十年後、放射能の影響で、人口はどれくらいまで減るか。たぶん、子供は珍しい存在になっているに違いない。
(第二千七百九十九段)
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by akasakatei | 2011-04-30 21:00 | 産業 | Comments(0)

鉄道模型走(ゆずりうけたもけい)

母方の遠縁に当たる八十を越えた男性より、Nゲージを譲り受けた。
今回、地震関係で、母が電話の遣り取りをした際に、このような話しとなった。その時に、母方の一族には他にも数人の鉄道好きがいることを知る。
後日、段ボール箱に入れられた車両やレールが送られてきた。レイアウトもやっていたのか、レールは所々壊れ、ペイントの跡も残っている。
たぶん、それらを全て繋ぐとかなりのスペースがいるに違いない。父は「よく集めたな。」と言う。送り主の男性に関して訊けば、東大法学部を出たエリートらしい。経済的に余裕があったのだろう。
このレールや車両を前にし、困ったのはレールのどこに電気を繋ぐか、また、パワーユニットとの接続などが分からない点である。
レールはふたつのメーカーのものが入っており、尚更、混乱する。
何れにしろ、誰かに確認するしかない。
鉄道模型でさえ、この状態だから、今、問題となっている原発のことなど分かるはずがないことを知る。
(第二千七百九十八段)
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by akasakatei | 2011-04-29 21:26 | 余暇 | Comments(0)

桜旅戻(さくらたびのおわり)

三日、東京へ戻るため、博多九時発「のぞみ18号」に乗る。この時間帯は、それほど込む印象はなかったものの、乳幼児を連れた連中ばかりが多い。それも大荷物を抱え、驚くことに、乳母車を折り畳んでいない。乳幼児は騒ぐので、五時間もの間、閉口する。何故か分からぬが、奇声を発し、親は何も注意をしない。公共の場を忘れている。
新大阪、京都、名古屋などで降りる親子もおり、やっと静かになるかと思っていると、また、新しい親子が乗り込んで来る。
何で、これほどいるのか。
これに加え、十人くらいのオバサンのグループや数人グループのオジサンもいる。
思えば、行きの新幹線は比べものにならないほど静かだった。
この日、車内放送を聞いていると、自由席はかなり込んでいるという。
移動する新入社員だろうか。これも、この時期、集団で乗っている。
それにしても、乳幼児を抱いた母親が、トイレに行くため、通路を行き来する。見ていると、腰が入っていない。普段、乳母車に頼り、抱いていないからだろう。
(第二千七百九十七段)
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by akasakatei | 2011-04-28 19:39 | 社会心理 | Comments(0)

桜旅映画館(さくらのたびさくらのえいが)

博多で泊まる宿は決まっている。
十五年以上前より、利用している。駅前は随分変化した。以前は、風俗関係のチラシがあちこちに張られていた。そうしたものは消えた。
工事中だった駅も九州新幹線の全通で整備された。このためか、若干、方向感覚が可笑しくなる。
当時の思い出として、よく地下にある食品街で色々なものを買い、ホテルで食べた。弁当は、白米か鳥の炊き込みご飯を選べた。
町を歩く。流石に、バスセンターの位置は変わらない。
その上階に映画館がある。
二十代の頃、旅先でよく映画館に入った。ほとんど人はいなかった。
覗くと、この日から公開された『津軽百年食堂』を上映している。原作を読んだことがある。悪い印象はない。
この作品は弘前を舞台としている。上映中、ふと原作がこうだったかと考える。
尤も、原作と映画は別物だ。考えてはいけないことに違いない。
現在と明治を対比しつつ、物語が描かれる。桜が鍵を握る。
明治の場面は、津軽弁で何を言っているのか、代々、東京で生まれ育ったものには聞き取れない。
最後の音楽はやや意外であった。また、何故か、相撲関係者が協力者として名前が出ている。
とはいえ、作品中に出て来る津軽そばを観ているうちに、食べたくなった。
(第二千七百九十六段)
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by akasakatei | 2011-04-27 19:38 | 文芸 | Comments(0)

桜旅在来線(さくらのたびかごしまほんせん)

八代より十時四分発の列車ですぐに折り返す。
途中、かなり乗って来る。特急がなくなった影響もあるのか。赤ん坊を連れた家族も多い。そうした人がいると、誰かがすぐに譲る。
十時四十三分、熊本着。
途中下車し、熊本市電に乗る。新水前寺付近の電停が移動した。熊本では、今が桜の見頃のようで、熊本城辺りでは車窓からでも楽しめる。
健軍町まで四十分ほどだ。旧型車輌で、床が高く、年配者や乳母車を持った家族らの乗降に時間が掛かる。ここでも席の譲り合いを目にする。東京では考えられない。
十一時半くらいで、昼食には具合が良い。店を探しながら、アーケード街を歩く。
意外と食べられる店がなく、結局、喫茶店に入る。
力士のサイン色紙が壁に張られている。青森でも、今回張られていたのと同じ力士らの色紙を見た。
また、四十分ほど掛け、熊本駅まで戻る。土曜の昼頃だから、結構込み、東京では計画停電で暖房も入っていないのに、冷房が入る。
熊本十三時一分発の普通列車で博多方面を目指す。これも冷房が入っている。会社帰りに、すぐ新幹線に飛び乗ったので、コート姿である。周囲からすると、我慢比べに見えるだろう。
在来線に乗ったのは、九州新幹線の開業で、船小屋が筑後船小屋になった。その際、若干、線路を移した。
久留米で接続する十四時二十九分の快速に乗り換え、博多へ向かう。今夜は博多泊まりだ。
(第二千七百九十五段)
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by akasakatei | 2011-04-26 19:37 | 余暇 | Comments(0)

桜旅九州新幹線(さくらのたびきゅうしゅうしんかんせん)

四月一日、東京駅十九時発の「のぞみ257号」で新大阪へ向かう。先月、全通した九州新幹線に乗るためである。
本来なら、もう少し早く行きたかったのだけれど、指定券の発売時期などを考え、この日とした。三月の日並びが二月と同じだった関係で、指定券をいつも頼む旅行会社は土日が休み故、ひと月前に手配が出来なかった。一日二日遅れても、席が空いていれば良いが、空いていない可能性もある。
また、九州新幹線全通の前日には地震もあり、暫く、東京も混乱した。漸く、落ち着いてきた。
地震後、東海道新幹線の利用者は減っているとニュースで聞いた。確かに、若干、ホームの人は少ない気もする。ただ、車内は出張帰りの会社員で込んでいる。
この日は新大阪で泊まり、九州入りは明日だ。
翌二日、新大阪六時発「みずほ601号」に乗る。車両はJR西日本のものだ。写真を撮っている人も目立つ。
車内放送で、指定席が満席、自由席も混雑が予想されるとの案内がある。山陽新幹線では珍しい。
とはいえ、込み始めたのは広島からだ。大阪だと、鹿児島までは未だ飛行機なのか。
博多より九州新幹線に入る。高架線なので見晴らしは良い。ここでは震災を感じさせる雰囲気はない。
熊本九時着。ここで五分後に発車する「つばめ333号」に乗り換える。
九時十七分、新八代で下車する。博多まで走っていた「リレーつばめ号」用のホームを見ると、狭軌の線路は残っている。架線は外されている。改札を抜けると、相変わらず、駅前は寂しい。
九時四十四分発の在来線で八代まで出る。特に、用はない。
(第二千七百九十四段)
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by akasakatei | 2011-04-25 19:36 | 余暇 | Comments(0)

無意味演技政治(だれがしんじる)

自民党の政治家らが、福島の野菜を食べるパフォーマンスをした。安全だとアピールしたかったのかもしれないものの、以前にも触れた通り、安心とは思えない。
というのも、本当に福島の野菜か疑わしく、また、一回しか口に入れていないからだ。
それにしても、「ノー モア フクシマ」をあまり聞かない。先日は、東電本店前でデモをした人間が逮捕された。
こうなると、戦前の治安維持法を思い出す。
国が情報を隠しているから、国民は怒り、不安を覚えるのである。国の体質は戦前と何も変わっていない。北朝鮮や中国を批判出来ない。
国が本当に安全だというならば、政治家や東電らの家族も含めた関係者らが、周辺の水や野菜、魚を自ら毎日摂取し、外に長時間滞在して貰いたい。勿論、雨の日もだ。
それもせず、何の根拠もなく、安全だといっても、俄には信じられない。
ところで、最近、目に付くのが地震における街頭募金だ。八王子へ行った際、食べ終わったカップラーメンの容器を前に座り込んでいた男性がいる。覗くと、かなりの小銭だ。尤も、この場合、募金とは書いていなかった。とはいえ、これに装った詐欺も頻発しているらしい。義援金を出すのも躊躇する。
更に、考えさせられるのが、「原発震災」後、相変わらず、経済云々とする連中が多いことである。家族、友人、知人らが生きているだけで幸福とは感じないのか。何気ない日常こそが幸福だと、何故、分からないのか。原発を使わず、消費社会でない世の中にすべきだ。
(第二千七百九十三段)
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by akasakatei | 2011-04-24 19:35 | 政治 | Comments(0)

昭和三十年代似体験(さんちょうめのゆうひのたいけん)

毎日のように、放射性物質の摂取基準が緩和されていく。これを眺めていると、国民のパニックを抑えようとしているのがよく分かる。
原発は、最早どうにもならない状態なのだろう。
それにも関わらず、先日開かれた東電幹部らの会見は、並ぶ顔を見ていると、他人事で悲壮感がなかった。何故この場にいるのか、理解出来ていないのかもしれない。大体、この非常時に何度も倒れる社長は如何なものか。報酬の割りには、いざという時に何もせず、危機への意識が足りない。危機といえば、末端社員も問題だろう。  先頃、話題になった上からの目線によるブログを書く始末である。
何れにしろ、張本人の東電は国頼みで、原子力関係者も全て同様だ。責任の押し付け合いである。
思うに、そうした政治家を選んだ有権者の責任とも言っている感じだ。
その国だけれど、未だ、信用が残っているのが不思議なくらいである。
今後はどうなるのか。
東電や国は、賠償関係で、電力料金の値上げなど、国民への負担を考えている。
正直にいえば、中小企業を助けないのに、東電を救済することには疑問だ。
電気がなければ、それに合わせた生活をすれば良いだけの話しである。
数年前に話題になった『三丁目の夕日』の舞台である昭和三十年代の体験だ。異なるのは、未来に希望があるか否かだけである。
(第二千七百九十二段)
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by akasakatei | 2011-04-23 20:57 | 政治 | Comments(0)

震災中障害(ひじょうじのめいわく)

「原発震災」により、常磐線が不通となっている箇所がある。
東京駅では、いわきまでを結ぶ高速バスが出ている。その乗り場は長蛇の列だ。
また、東京駅構内や電車内でも照明を落としている場所が目立つ。驚くのは、暗い待合室や車内でも平気で本や新聞を読んでいる人が多いことだ。
目に負担が掛かりそうだ。
ところで、この時期に、みずほ銀行がシステム障害を起こした。口座を持っている者としては迷惑だった。
最初、そのことを知らずに、支店へ行った。
窓口で引き出そうと思って、説明された。現金を渡されたものの、当然のことながら、記帳はされていない。その時、窓口の担当女性が、復旧次第、すぐに連絡をすると言っておきながら、結局、なかった。
 この二、三日後になり、新聞やテレビで盛んに報じられるようになり、日に日に、未処理件数が増えて行った。
 こうなると、二十五日の給料日に間に合うか否かが気になる。
 あまりにもシステム障害が多く、呆れる。
(第二千七百九十一段)
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by akasakatei | 2011-04-22 21:08 | 産業 | Comments(0)

人生残時間(じんせいせっけい)

東電の社長が過労で倒れていたという。言葉は言い様だと思う。これは、安全神話が崩れたためのショックが原因だろう。
高額な報酬を貰っている割りには、何の役にも立っていない。
それにしても、東電の杜撰さはどうか。情報は訂正の連続だ。
尤も、今回の人災で、考え方によっては、四十代以上は二十年後くらいに人体に影響が出るようだから、ある意味、人生設計がやり易くなったともいえる。
四十代なら、年金が出る前に、この世を去る。
穿った見方をすれば、政府も年金を払いたくないから、それを狙っているのかもしれない。
更に、この夏、冷房が使える場所は限られる。昨年でも高齢者がかなり亡くなった。今年はどうなるのか。
こうなってくると、長生きするには、ある意味、塀の中が一番安全に違いない。
とはいえ、これには注意がいる。現在、原発付近では機材を運ばせるために、人を集めているらしい。
集まらない場合、駆り出されることもある。
ところで、首相は今回の政府の対応について、国民が評価していないことに関し、不満らしい。本人は努力しているとはいうものの、結果を出していないから、国民の評価は当然だろう。そうした風潮にしたのは政治家だ。
民主党も与党になりながら、自民党によって可笑しくなった社会構造を変えようとしなかった。変えていれば、評価も違った可能性がある。
何れにしろ、相当の名誉、地位、報酬があるのだから、何とかしなければならないのが政治家の仕事である。首相になった以上は、そうした覚悟があったのではないか。不満などを言っている暇はないはずだ。
(第二千七百九十段)
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by akasakatei | 2011-04-21 21:03 | 社会心理 | Comments(0)