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池袋信州料理店(かえるむしをたべて)

副都心線経由で池袋へ出る。
ここで佐貫の酒仙と待ち合わせる。
信州料理を味わう予定である。
ただ、晩ご飯には早く、最近、話題の腐女子研究を行なう。
試しに一軒に入る。女子中高生ばかりである。
ここで先日再会した中学同級生のアニメ監督の作品を探すことにする。
腐女子を意識するより良い。
その熱気は如何か。
店を出、目当ての信州料理店へ向かう。
ここで、蛙、虫を食べる。先日の蛇ほどの違和感はない。蛙は唐揚げにする。その揚げ方を見ると、蛙そのものが思い浮かぶものの、食べてみると、よく聞くように鳥と変わらない。
虫にしても、大根下ろしが一緒で、普通に口に入る。
更に、すっぽん鍋を頼むけれど、ここで酒仙が精の話しをする。
効いてきたという。明日の心配をする。
次の報告が楽しみである。
(第二千四百四段)
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by akasakatei | 2010-03-31 20:18 | 余暇 | Comments(0)

下北沢猫喫茶店(ねことのふれあい)

随分、流行っているといえる。
周囲を見ていると、誰もが慣れたように、猫と遊んでいる。
そこで、スタッフに接し方を訊く。
何でも、注意を引くようにしないといけないという。
スタッフは慣れた感じで見本を見せる。
隠れた見せるのが基本らしい。
また、音に反応する猫もいる。
どうも、ここでは猫に遊んで貰う気持ちがないと、猫が相手にしないと思われる。
猫よりも、むしろスタッフと打ち解けた感じである。
餌までいようかと思ったけれど、猫が遊んでくれない以上、いても仕方がない。
一時間ほどで、猫カフェを出、故郷に足を向ける。
昼食後、六本木ヒルズに残るかつての階段の跡を見に行く。以前、見られたような狭い階段である。
それにしても、ここはいつ来ても落ち着かない。
早々に移動する。
(第二千四百三段)
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by akasakatei | 2010-03-30 20:17 | 余暇 | Comments(0)

下北沢散策(しもきたざわちけい)

下北沢で下車する時、小田急の改札を利用することが多い。
井の頭線の出口を利用した記憶はなく、ふと、日曜の朝、自動改札を抜けてみた。
この駅の印象としては、ゴチャゴチャとした感じである。
実際、駅周辺を歩くと、細い道も目立ち、地形的にも高低差がある。
ところが、駅より多少離れると邸宅が増え始め、監視カメラが動いている。
これだけ大きいと、維持費も掛かるに違いない。泥棒の心配をするなら、小さい家の方が安心かもしれない。
駅に戻ると、猫カフェがあったので、入ってみる。
色々と説明され、手を消毒し、実際に猫に触れる。
これまで、生活に猫がいたことはなく、猫アレルギーが出るか分からないものの、試しに撫でてみると、嫌がって移動する。
朝十時過ぎだというのに、既に、十人ほどいる。
カップル、女同士が各ふた組、これにひとりで来た男性が三人である。
(第二千四百二段)
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by akasakatei | 2010-03-29 20:16 | 地域 | Comments(0)

隅田川桜餅(みやこどり)

 秋葉原より亀戸へ出、東武亀戸線経由により曳舟へ向かう。地下鉄で浅草から行っても良いけれど、結局は安いルートにする。
 曳舟は、比較的訪れることの多い町である。
 というのも、鳩の街や故滝田ゆう氏が関係しているからである。それに京島へ行く場合もここを利用する。思えば、あまり江戸関係で来たことはない。
 今回は珍しく、江戸関係である。友人らと江戸より人気のある長命寺の桜餅を求めるためである。
 ここの桜餅は何回か食したことはある。とはいっても、はとバスツアーのお土産や知人に貰って食べたくらいで、自ら、店を訪ねることはなかった。
 駅より、かつての面影が残る路地をそぞろ歩く。途中、一度だけ入ったことのある料亭の前を通り過ぎる。
 ここまで来ると、店は近い。
 丁度、時期なので、店は込んでいる。
 桜餅を片手に隅田川沿いを進む。かつてと比べ、青いテントは減った。
 これを見て、不景気が減ったと考えるか、それとも、亡くなったと思うか。
 波に漂う都鳥はそれを知っているだろう。
(第二千四百一段)
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by akasakatei | 2010-03-28 06:45 | 余暇 | Comments(0)

夢之国喫茶(げんじつをこえて)

周囲を観察すると、十代のグループや年配の夫婦連れ、またひとり客らは三十代以上で仏頂面である。気恥ずかしいのだろう。確かに、カーテンや電灯などメルヘン的である。
品が来る。コーヒーのミルクやガムシロップなどを訊かれるが、ブラックというだけで、大人扱いにしてくれる。
また、ケーキに関しては、美味しくなるおまじないを一緒にする。これは、楽しまないと出来ないに違いない。
メイドを観察していると、席が空くと、すぐにチラシを配りに行く。それに、誰に対しても、オプションを勧める。ただ、会計はやや時間が掛かるので、時間単位のため、それが気にはなる。尤も、二十歳前後と思われる彼女らだから、遅れてもそれが許せるのかもしれない。
試しにトイレに行くと、「お花畑」となっていた。
取材で来たと思われる人がおり、この人はメイドのショーを頼んでいた。明かりが消え、ミラーボールが回り出す。会計の金額を耳にすると五千円弱であった。
時間が来て、表に出ると、全く別の世界があった感じである。
 やはり夢の国であった。
(第二千四百段)
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by akasakatei | 2010-03-27 21:34 | 余暇 | Comments(0)

秋葉原召使喫茶(あきはばらごしゅじんさまけいけん)

西武園競輪場より、秋葉原へ移動する。
待ち合わせまで時間があるので、メイド喫茶へ寄ろうかと思う。
正直、この種の店はかなり前よりあったものの、足を入れたことはない。というのも、メイド服を見ても何とも思わないからである。それに、飲み物や接客、雰囲気、値段を考えると、町の喫茶店の方が良い。
何故か。
最近では、メイド喫茶とはいえ、様々な型があり、メガネ屋でもメイド服を着る店さえある。
ここまで成長したことを考えると、経験するのも悪くはない。
とはいえ、知らない者にとっては、どこにあるか分からない。そこで街頭で貰ったチラシを頼りに向かう。
入ったのは一般的な店である。行き成り、「初めてですか。」と訊かれ、料金システムを説明してくれる。
席に案内され、「ここは夢の国です。」と蝋燭を灯してくれる。
競輪場で食べてきたので、ここはケーキセットを注文する。
 どのようなものが出て来るのか。
(第二千三百九十九段)
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by akasakatei | 2010-03-26 21:33 | 余暇 | Comments(0)

西武園競輪場学(けいりんけんがく)

先日に引き続き、公営ギャンブルの競輪へ行く。三月二十日、西武園競輪場を訪れる。「第53回サンケイスポーツ杯争奪戦」となっている。
そこは地元からだと、やや不便である。また、夕方からは曳舟で友人らと会うので、開場と同時に着くようにする。
競艇と異なり、競輪の始まる時間は早い。
慌ただしく、中を回る。
ここは無料のドリンクもある。ただ、一般スタンドは吹きさらしでトイレが近くなりそうである。
見ていると、レース前に選手の紹介があるものの、券を買わない者にとっては関係ない。
それにしても、ここで体育会的雰囲気を感じるのは、自転車だからか。
選手の一礼や鐘がそう思わせるのかもしれない。
ところで、来ている人は、競艇と比べ、それほど変わらないけれど、ここでは若い女性もいる。
また、出入り口の案内に若い女性を使っていることもあり、親しみ易くはなっているに違いない。
ところで、ここの食の名物に関しては聞いたことがなく、結局、無難な炒飯を選ぶ。
(第二千三百九十八段)
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by akasakatei | 2010-03-25 21:33 | 余暇 | Comments(0)

京橋早朝猫(きょうばしあさのねこ)

 出勤前、仕事場より徒歩二十分ほどの図書館へ借りた本を返しに行く。
 七時過ぎ頃なので、人は少ない。
 この時間帯に目立つのは、地域猫である。
 京橋付近の路地には、結構いて、餌を待っている。中には、道の真ん中に座り込んでいる猫もいる。
 日中には、車の出入りが激しいからか、いないはずの駐車場にも現れる。
 猫がいるということは、それだけ、棲み良いということだろう。そうでなければ、他へ行っているに違いない。
 それにしても、これほど、猫が多いと、見知らぬ町を歩いている気さえする。
 また、見知らぬといえば、時には、同じ道でもいつもとは異なる方向より歩くと、これも初めて歩く感じになる。
 そこで、多少異なる方向から、戻ることにする。
 京橋辺りは、意外と路地が細かく、どのように行こうかという楽しみがある。
(第二千三百九十七段)
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by akasakatei | 2010-03-24 21:19 | 地域 | Comments(0)

戦争未終結(きおくにあるあいだは)

 八十代の女性らと話す機会があった。
 滅多にあるものでもない。
 教師をしていた人もおり、その会話中で、小学生時代に読んだある作品の著者名が出て来る。
 その著者は教師だった人である。本の内容は、終戦後すぐに、クラスに元浮浪児が転入してきたところから始まる。その子供は、卒業を待たずにいなくなり、その行方を探すものとなっている。卒業証書が、今も校長室の机に残っているという。
 子供の頃に読んだのに、記憶に残っているということは、かなり印象に残ったということだろう。大体、子供なのに、著者名を覚えていること自体、不思議である。
 終戦から六十五年が経過した。
 今や、遠い感じだけれど、この女性らと話していると、終わっていないと感じる。というのも、話しがすぐに当時のことになるからである。
 戦争に関し、知っている人がいなくなれば消えると思われている節があるものの、それは誤りである。これは忘れてはならないものである。
(第二千三百九十六段)
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by akasakatei | 2010-03-23 14:22 | 文芸 | Comments(0)

競艇場人々(ふねにかけるひとたち)

 競艇場へ戻る。
それにしても、やや驚いたこととして、競艇場に来ているにも関わらず、レースを画面で見ている人が多かったことである。
 実際の状態などが、見なくても分かるものなのか。
 それに、立ち放しである。一日、この状態でいるとなると、かなり疲れるのではないか。
 とはいえ、金のためということになると、あまり関係はないのかもしれない。
 ところで、先ほど、この周囲を歩いてみて気付いたのは、結構遠くまで、モーター音が聞こえるということである。レース開催中など、ここら辺の人は気にならないのか。
 確かに、レースそのものは、短時間なものの、それが何レースともなれば別と思われる。
 レースが進むに従い、人が増え始める。
 見ている間に、段々とレースそのものの見方みたいなものが感覚で分かり始める。
 だからといって、券を買う気は起らない。
(第二千三百九十五段)
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by akasakatei | 2010-03-22 18:12 | 余暇 | Comments(0)