<   2009年 01月 ( 31 )   > この月の画像一覧

日本国独自存在意義(にほんらしさ)

今回の旅では、京付近で、妙な人物を数名見掛ける。
阪急京都線では、ライターのガスを交換している若者がいた。車内は火気厳禁である。そうした常識も知らないのか。
嵐電車内では、人の話しを聞かない人間がいた。
祇園付近では、朝帰りらしき若者らが、大騒ぎをしていた。
何れにしろ、昨今、何をしでかすか分からない人間が多い。
現代社会は嘆かわしいことばかりである。
そうした折り、大学で教わった恩師とふとしたことで連絡を取った。その際、「日本のアイデンティティ探しの会」を作ったらどうかと勧められる。個性を重視した和を重んじる社会への方向転換を思索することが目的である。
 ひとりで活動するより、何人かで行なう方が良いとも言われる。
 この問題を考える場合、例えば、我が国にあって、他国にないものは何かと考えた時、何を浮かべるか。
 頭に浮かぶのは、古典芸能だけれど、その恩師は、憲法九条という。また、ある人は天皇制と指摘する。
 我が国らしさを追及したい。
(第千九百八十段)
[PR]
by akasakatei | 2009-01-31 18:51 | 政治 | Comments(0)

年末関西寺(としわすれかみがたてら)

拝観料を払う際、各種の割引サービスがない旨の張り紙がある。京は金の掛かる町の印象がこれで強くなる。
入るとすぐ、有名な建物である。日を浴びて輝いている。
これだけ見れば十分な人は多いようで、流れるように出口へと向かう。
翌二十八日、宿より祇園の裏通りを歩く。車が通らないので安心である。
鴨川を越え、八坂神社に足を運ぶ。ここもまたあるアニメの舞台になった場所である。
バイトらしい若者らが境内を掃除している。
ここより、バスで銀閣寺へ行く。
銀閣寺は修復中とのことで、閣は骨組みだけとなっている。ある意味、珍しい光景ともいえる。
それにしても、昨日の金閣寺といい、こうした姿でも公開するのだから、商売っ気が強い。
ここでもまた清掃光景が広がる。
清掃しているのは、坊さんではない。職員と思われる。
そのひとりに訊くと、住職はおり、会議中らしい。
何れにしろ、京の寺では、坊さんの顔が見えない。
(第千九百七十九段)
[PR]
by akasakatei | 2009-01-30 18:29 | 余暇 | Comments(0)

年末関西京(としわすれかみがたきょう)

京に入り、大宮で下車する。ここから嵐電で御室仁和寺を目指す予定だけれど、嵐電一日フリーきっぷを買ったこともあり、この際、久し振りに全線へ乗ろうと思う。尚、今回、この切符を買ったところ、期間限定でクーポン券などが付いてくる。
嵐山まで慌ただしく往復し、早速、仁和寺で使う。
庭を見る。全般的に観光客が少ない。このためか、外人が目立つ。
印象としては、あまりにも境内が広く、愉快な坊さんと重ならない。
境内を後にし、線路の向こう側に渡り、兼好法師がいたと言われる双ヶ岡へ登る。
仁和寺を見下す位置である。
駅へ戻り、北野白梅町まで行く。このまま、宿へ行くつもりだったが、金閣寺までは徒歩十五分という。
未だ、行ったことがなく、また、今後も訪れる機会があるか分からないので、足を伸ばす。
随分歩き不安になった頃、人が増える。金閣寺への客である。ここでも外人が目立つ。
(第千九百七十八段)
[PR]
by akasakatei | 2009-01-29 18:36 | 余暇 | Comments(0)

年末関西姫路駅(としわすれかみがたひめじえき)

名古屋構内入線直前に、ホームでの緊急ボタンが押されたとの放送がある。六分停車する。新神戸へ着くまで、この遅れは回復出来なかった。この影響で後続の「ひかり395号」は二分ほど遅れる。
高架が完成したばかりの姫路では、何人かの案内がいる。
まず、九時四十一分発の播但線で、野里へ向かう。在来線も遅れているようで、山陽本線からの乗り換え客を待ったため、一分遅れの発車である。駅を出ると、旧線が近付いて来る。
野里から姫路に戻る。こちらは五分遅れである。姫新線への乗り換えは間際となる。
気動車で余部までを往復する。
この後、山陽電鉄、神戸高速鉄道、阪急電鉄を乗り継ぎ、京へ行く。
師走の京も今回の目的のひとつである。中でも、仁和寺へ行きたい。『徒然草』に登場する。どのような舞台だったか興味がある。関心はあったけれど、訪れる機会がなかった。
京は四季を通し、人気がある。出来れば、旅行者の少ない時期をと思っていたものの、先の理由で、年末となってしまった。
(第千九百七十七段)
[PR]
by akasakatei | 2009-01-28 18:35 | 余暇 | Comments(0)

年末関西新幹線(としわすれかみがたたびだち)

 十二月二十七日、関西へ向かう。この時期に、特急を使った旅へ出たことはない。
例により、新横浜六時十八分発「のぞみ1号」に乗る。
小田急、横浜線を使うこのルートは、正直、接続が良過ぎて、一本でも列車が遅れると、計画が狂う。
朝帰りの酔っぱらいが多い年末、綱渡りの計画である。
ところで、今回、関西へ行くのは播但線、姫新線の姫路が二十二日に高架となったためである。
夜明け前、定刻に「のぞみ1号」は発車する。思ったほど、列車は込んでいない。これも不況のためか。
富士山が右手に見えるようになっても、夜は明けない。この時間での富士山を見るのは初めてである。静けさが窓越しに伝わってくる。
 この富士山を、車内では、一年の疲れからか、寝ている人ばかりで誰も気付かない。七時を過ぎているのに、静かである。話している人もいない。
夕方の雰囲気さえ漂う。
(第千九百七十六段)
[PR]
by akasakatei | 2009-01-27 18:34 | 余暇 | Comments(0)

真実出来事(めのまえのこと)

世の中、それまでの既成概念に縛られていると、信じられないものを目にした時、我が目を疑ってしまう。
先日、東京駅の改札内でオレンジの傘を差した若い女性が立っていた。
改札内は天井もあり、雨が降ってくる心配がないのに何故と考える。人と待ち合わせ、目立つようにか。それとも、精神を病んでいるのか。
そういえば、傘と同色の服に身を包んでいる。
また、番組制作で、隠しカメラで撮影しているのか、とも頭に浮かぶ。ならば、あまり目で追っていると、放映時に、番組出演者らに笑われる可能性もある。
何れにしろ、不可解である。
同日、地元に新しい焼鳥屋が出来た。この焼鳥屋、換気扇の不具合で、広告に書かれたオープン日より、開店が一週間ほど遅れた。
店は、某研究所の前にある。そこの研究員を客層と考えたのか、店名が、某研究所を一文字だけ変えたものとなっている。名前だけ見ると、知らない人は鳥の研究所と間違えるに違いない。
(第千九百七十五段)
[PR]
by akasakatei | 2009-01-26 21:30 | 社会心理 | Comments(0)

雇用裏実態(おもてにでないこよう)

 首相が、年末に、職安を視察した。その際、求職者に対し、「何をしたいのか、はっきりしないと仕事が見付からない。」と説教したらしい。
 ただ、今の状況を考えると、それ以前の問題ではないか。食べるために、何でもする、というのが求職者の心境だろう。
 例えば、以下はどうか。
 それほど時給の高くない短期の年賀状を配達するバイトの集まりが良い。
 また、世にいうブラック企業が雇用に積極的である。
 通常なら、敬遠する仕事であろう。
 その実態を首相は知っているのか。
 何れにしろ、斜陽産業であると考える自動車を含めた外需産業に頼ってきたからではないか。
 内需産業を拡大する必要がある。
 ある人は国内で自動車を買う人がいれば、景気は良くなると言うけれど、その必要性以前に、買うほどの給与を貰っていないのが実情である。
(第千九百七十四段)
[PR]
by akasakatei | 2009-01-25 09:44 | 産業 | Comments(0)

卒業後恩師(おんしのそののち)

 年末に部屋の大掃除をしていたところ、高校三年時における中学高校の名簿が出て来た。
 これには、教師も出ている。
 担任については、卒業後、何をしているか把握しているものの、教わっただけの教師に関しては分からない。
 そこで、調べてみると、意外なことが判明する。教諭より、講師だった教師の方が、学校外で活躍している。
 教師という職業上、教えることに携わっているのは変わらないけれど、専門を変えた人もいる。
 例えば、高校で音楽史を担当した教師は、今や、社会保険関係のコンサルタントである。
 他には、中学時代の生物教師は、検定に通らない教科書を書いた。理科関係で、検定に通らない教科書を書く人も珍しい。
 また、中学三年で美術を担当した教師は、自転車屋をしている。在学中、バイクを好きだとは聞いていたので、それほど驚きはなかった。
 むしろ、好きなことを求めたのだろう。
(第千九百七十三段)
[PR]
by akasakatei | 2009-01-24 09:42 | 教育 | Comments(0)

旅役者全国座長大会(ねっきぶたい)

 十二月二十日、浅草公会堂での沢竜二氏を仕掛け人とした大衆演劇の全国座長大会へ行く。夜の部である。
この日の演目は『平手と座頭市と奴の小万 任侠街道あれから十年座頭の市』、ショーは『ブラジル土産 旅役者が舞う!!女艶』である。
大衆演劇へ足を運ぶのは二回目である。
観て気付くのは、江戸における歌舞伎を支えていた庶民のエネルギーを、今ではこちらに感じることである。
衣装についても伝統に捉われていない分、自由な発想で作られている。
それにしても、この不景気というのに、役者への花が凄い。隣、後ろの席の年配女性らは、この数時間で、非正規雇用者のひと月分の稼ぎを遣っていた。
不景気関連でいえば、仕掛け人が、派遣を切られた仕事のない人に対し、あることをするらしい。近いうちに、記者会見を行なうと挨拶していた。
また、今後、芝居に子供が来てくれるようにするともいう。
将来を考えると、裾野を広げるのは悪くない。
(第千九百七十二段)
[PR]
by akasakatei | 2009-01-23 09:40 | 文芸 | Comments(0)

無能経営者(けいだんれんのおおく)

 今ほど、経営者にとって、利益を出すのが楽な時代はないだろう。何しろ、雇用者を削減さえすれば、利益が出るらしい。
 また、雇用の継続より、利益を求められている旨の発言をした経営者がいたけれど、企業における社会的責任をどう考えているのか。
 察するに、株主に目が向いていると思われるものの、以前より触れて来た通り、新自由主義は失敗したのであり、それに捉われる理由はどこにも存在しない。
 更にいえば、この経営者は、グローバルの意味を勘違いしている。
 長期的視点で考えれば、失業者を出すことは、国内において、消費が増えないことに直結する。これに関しては何度も指摘してきた。
 経団連は雇用について、努力すると口先では言っているが、果たしてどうか。
 景気が良い時には、経営者や株主への手当ては厚くしても、雇用者の賃金は上げなかった。不可解なことに、不景気な時には、雇用者の賃金を下げようとする。
 正に、明治より終戦までの資本家の姿そのものである。
 真の経営者とは、不景気時にも、雇用削減に走ることなく、経営努力をする人のことで、先のような経営者は無能ともいえる。政権を投げ出した元首相らを見ているみたいである。
(第千九百七十一段)
[PR]
by akasakatei | 2009-01-22 21:30 | 産業 | Comments(0)