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合理化危険(じこへのちかみち)

 地元を走る小田急はよく遅れる。
 これに関しては、以前より、何度も触れた。
 だけれど、最近、その理由が変わってきた。
 人身事故より、線路点検や信号トラブルなどが目立ってきた。これは、鉄道会社の保守が悪いということだろう。
 小田急は、合理化のため、早朝無人駅化や定期券における自動券売機の導入など、人を減らす傾向にある。
 察するに、保守部門でも同様のことがあるに違いない。
 安全面を忘れている。
 更に、考えてみると、小田急の日常化した電車の遅れは、沿線住民が地方出身者ということも関係するものの、ホームに駅員がいないことにも原因ある。
 見ていると、ホームに下りた地方出身者の乗客が知り合いに対し、電車に近付き、手を振るので、扉が閉められず、そこまで車掌が注意しに走っている。これは発車ベルがないこととも無縁ではない。
 何れにしろ、歪が出て来た。
 電車の乗り方を知らない人間が多い現在、危険性は増している。合理化は、事故への第一歩とも思える。
(第千九百四十九段)
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by akasakatei | 2008-12-31 18:45 | 産業 | Comments(0)

要人御馬鹿(げいのうじんかおまけ)

 首相の漢字の読み間違えが話題になっている。
 何でも、用意された原稿を慌てて読むため、間違えるとのことである。
 そもそも用意されたということは、首相本人は、何にも考えていないということに他ならない。
 また、何故、慌てる必要があるのか。
 原稿を読むことで慌てていたならば、緊急時にはどうなるのだろう。
 何れにしろ、おバカキャラ丸出しとの印象を受けた。
 おバカキャラといえば、財界の某もそのひとりである。
 報道各社の厚生労働省への批判について、報復したい、とまで言った。
 そもそも、この批判の原因はどこにあるか。
 政府の杜撰な仕事と関係する。
 これは、庶民の生活に直結する。報道だけでは、生温いくらいである。
 政府に対し、企業社会の合理化を訴え、庶民の生活を破壊した某には、こうした声は聞こえていないだろう。
 道徳や倫理を知らない点で、おバカキャラである。
(第千九百四十八段)
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by akasakatei | 2008-12-30 22:19 | 社会心理 | Comments(0)

定額給付金迷走(もくてきがみえず)

 定額給付金に関し、混乱している。そもそもの目的は何か。
低所得者救済なら、未だ分かる。それが、自治体に任せた所得制限を設けるとなると、どうなるのか。全世帯が対象となる可能性もある。とすれば、何のために行なうのか、今ひとつはっきりしない。それに、実際、生活に困っている定住先のない人は、どう扱われるのかも疑問が残る。
これを行なうならば、日常生活で困っている底辺層のみを対象にして行なうべきである。
先の所得制限関係でいえば、千八百万円を目安としたものの、三百万円を線引きにしても良いと考える。その分、手当てを厚くするのはどうか。
何れにしろ、選挙や数年後に導入されるらしい消費税への飴であることは明白である。本来の首相における仕事の意味を考えると、確かな景気対策が求められる。
 こうした効果のはっきりしない政策は、それこそ税金の無駄に違いない。
 今回の混乱はとても熟考した感じではない。
(第千九百四十七段)
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by akasakatei | 2008-12-29 22:03 | 政治 | Comments(0)

隠居憧(あらたなじんせい)

 何故、生きるのか。
誰もが一度は疑問に思う。
人生の目的とは何か。
これについて、ある人は子孫を残すためという。
極めて生物学的な答えと考える。
例えば、飢餓状態ならばどうなるか。食欲か、性欲か。
この場合、個体保持になるに違いない。となると、人生の目的とは子孫を残すためだけではないだろう。
特に、人間は社会的な動物である。他に、目的を見出すはずである。
この疑問を幼稚園より考えているものの、未だ、答えが見付からない。
人生の終わりに分かるのだろうけれど、最近では、終わりまでの時間を数え、そろそろ好きなことをしたいとの思いに、しばしば捉われる。
 江戸では、早々に隠居し、第二の人生を歩んだ者が多かった。そうした中から、社会に貢献した者が多数出た。
(第千九百四十六段)
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by akasakatei | 2008-12-28 21:08 | 社会心理 | Comments(0)

衰退社会道(ぎゃくのはり)

 仕事場近くの図書館を月に一度利用する。歩いて十五分ほどだけれど、途中、高速道路の下を通る。
そこには路上生活者がいる。脇に公衆便所もあり、勝手が良いに違いない。先日、そこを通り掛かったところ、敷かれていた段ボールの代わりに、花束が置かれていた。
このひと月に何があったのか。
社会は時代と共に発展してきたと知識人はいう。果たして、そうか。
二十一世紀に入っても、未だ、働いても住む場所さえない人も多く、中には餓死者もいる。
富裕層は、そうした人に対し、自己責任というものの、実際、底辺層が就職活動をすると、まず書類選考で落とされる。人間疎外の状況に置かれている。
人間疎外といえば、最近では、就職活動もインターネット中心である。この場合、古いOSのままだと、文字化けし、読むことも出来ない。メーカーの利益第一主義により、更に精神的な苦痛を味わうことになる。
人間らしさがなく、社会との距離を感じる。
(第千九百四十五段)
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by akasakatei | 2008-12-27 21:06 | 福祉 | Comments(0)

謎邪馬台国(まぼろしのやまたいこく)

 公開されたばかりの映画『まぼろしの邪馬台国』を観に行く。
 原作に関しては、以前より知っていたものの、つい読みそびれている間に、絶版になってしまった。
 それが、秋に二冊本となって、再刊された。
 やや意外な気がしたけれど、映画が公開されると聞いて納得する。
 この原作に興味を覚えたのは、邪馬台国と鉄道会社関係者という点である。
 特に、前者については、未だに分かっていない。
 大学時代、「社会とことば」の講義で、邪馬台国についての話しがあった。
 それによると、そのまま読むのが重要ということであった。
 映画内での『魏志倭人伝』の記述部分を観ていて、学生時代を思い出した。
 作品内において、印象に残るのは、吉永小百合さんの卑弥呼姿である。
 かなり力を入れたという。
 そのためか、神々しささえ感じる。
(第千九百四十四段)
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by akasakatei | 2008-12-26 19:56 | 文芸 | Comments(0)

西馬込車庫(とえいまつり)

 十一月八日、西馬込の都営浅草線の馬込車両検修場へ行く。「都営フェスタ’08 in浅草線」が行なわれた。
内容としては、車両撮影会、運転台見学、保守車両の展示、工場内見学、グッズ販売などである。
目当ては、保守車両の展示、工場内見学である。また、撮影会と親子対象の運転台見学は抽選となっている。これを目当てにしている人も多い様子で、行列が出来ている。前者は鉄道ファンだろう。本格的なカメラを持っている人が目立つ。
さて、保守車両の展示と工場内見学だけれど、他のイベントは開場が十時なものの、十時半からとなっている。雨の中を三十分ほど待たなければならない。並んでいた青年に列の確認で声を掛けたところ、各鉄道会社の現状に関しても、様々な話しを聞くことになった。
目的だった工場は、係りが何人もおり、細かく説明してくれる。台車の保管場所や移動式の架線など滅多に見られるものでもない。
保守車両も同様だろう。浅草線と大江戸線を結ぶ線を走る電気機関車の存在を知る人がどのくらいいるのか。
(第千九百四十三段)
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by akasakatei | 2008-12-25 19:52 | 産業 | Comments(0)

襲名披露噺協会(しんうちしょうしんしゅうめいひろう)

十一月二日、国立演芸場での真打昇進襲名披露へ行く。
 今回、落語協会は五人の真打を誕生させた。九月より、襲名披露を各寄席で行なってきた。
 この日の襲名披露は、志ん丸師匠である。
 未だ、噺を聴いたことはない。
 『やかんなめ』である。
 なかなかの熱演であった。
 これまで、落語における襲名披露には一回しか行ったことがない。
 落語芸術協会の柳好師匠の時である。初めて寄席で落語を聴き、その面白さを知り、以来、寄席通いをしている。
 尤も、通うとはいっても、頻繁にではないから、襲名披露に行くことはなかった。
 襲名披露に並んだのは、才賀、志ん輔、伯楽、志ん橋の各師匠である。
 襲名披露だけあり、華やかな雰囲気である。
 そうした中、客席が連休の谷間ということもあり、若干空席があったのは残念であった。
(第千九百四十二段)
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by akasakatei | 2008-12-24 21:04 | 文芸 | Comments(0)

海外浮世絵名品(さとがえりてん)

 江戸東京博物館で行なわれている特別展「ボストン美術館浮世絵名品展」へ足を運ぶ。
芸術への関心は、薄いけれど、時には絵も良い。浮世絵なら、尚更である。
込むことが予想されたので、朝一番に入る。
それにしても、我が国では、こうした展示があると、あちこちより人が集まる。色々な名品が、外国へ行かなくても見られるのは有り難いものの、反面、行く気をなくさせるのも、また事実である。下手すれば、他人の頭を見に行くことになる。
ところで、今回の展示で驚いたのは、色の鮮やかさである。
朝一番に行ったこともあり、間近で見られる。それに、誰もが最初に飾られている作品は熱心に見ているが、後になるに従い、人がいなくなる。
気になる絵は、後に飾られているので、その辺りは幸いであった。
 その気になるというのは、勿論、歌川広重である。
 他には、風景や日常、芝居関係などを描いたものである。
 視点を変えれば、絵を見るのは、趣味の延長といえるかもしれない。
(第千九百四十一段)
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by akasakatei | 2008-12-23 21:02 | 文芸 | Comments(0)

生死問映画(おくりびと)

映画『おくりびと』を観る。公開から、かなり日が経過してのことである。
関心はあったものの、出演者を見て、どうしようかと思っていた。尤も、それは危惧であった。
来ている人は年配者が目立つ。それも女性である。歩くのがやっとという人達である。
芝居に来ていそうな層である。
やはり、テーマが、生死に関係するからか。
映画自体は、役者の演技に加え、音楽、背景の映像が合っていたのが印象に残る。
今日、生きている意味が問われ、また、自殺願望者も増えている。
だけれど、自殺も出来ず、死刑を望むために、他人を殺してしまう最近の犯罪は、その多くについて、仕事がないなどの自暴自棄型である。
確かに、かなりの能力がないと、現代社会では食べていけるほどの給料が貰えない。中途半端な能力だけだと、一生苦労するようになっている。
 居場所さえなく、疎外を感じる今日、この作品の問い掛けは意外と重い。
(第千九百四十段)
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by akasakatei | 2008-12-22 19:49 | 文芸 | Comments(0)