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母校図書館個室(たいまじけんほうどう)

 新聞を見ていたら、母校の学生が大麻で捕まった記事があった。何でも、図書館の個室で吸っていたらしい。
 この図書館は、在学中によく利用した。というのも、大学周辺には何もなく、学食か図書館だけしか行く場所がなかったからである。
 また、そこの個室も、サークルの集まりで使ったことがある。これは、当時、学生会館がなかったことによる。
 そのような状況だから、利用するのに、かなり前に申し込まないと部屋が取れなかったと記憶する。
 部屋の扉は、上部がガラスであった。
 中で何が行なわれているかは、一目瞭然だった。
 尤も、部屋には、ホワイトボードがあり、それで目隠しをしているサークルもあった。
 左翼系のサークルである。
 その頃、学生運動は盛んではなかったものの、何故か、母校では活発に活動していたようであった。
 彼らとは、面識もあり、会えば挨拶を交わす程度の付き合いだったけれど、真面目に天下を語っていた。
(第千九百十八段)
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by akasakatei | 2008-11-30 21:53 | 教育 | Comments(0)

米下院否決(こめおどりのきんゆうしゃ)

 金融不安に伴う米下院の法案否決に対し、金融機関においては失望が広がったという。
 高給を貰っている関係者に、税金を使ってでも救済する必要があるのか。自業自得と思われる。
 これについて、金融不安が連鎖しないようにするために、税金を投入するべきだ、との意見は表向きには正しいように見える。
 となると、それまで新自由主義者が言っていた小さな政府とは何なのか。筋が通らなくなる。
 大体、我が国でも、不良債権処理に公的資金を注入し、経済が良くなったかといえば、世間で言われるほど良くなったとの実感もない。
 また、今回の件で、輸出産業が多いので、米下院の否決に失望する者が見受けられるけれど、ならば、輸出に頼らない国にすべきである。
まず、思い浮かぶのが食の自給率を上げることである。そうすれば、最近、問題になっている食の問題も減るに違いない。
何れにしろ、定住場所さえない底辺層は我が国も含め、米下院の否決に、痛くも痒くもない。これ以上、落ちようがない。
(第千九百十七段)
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by akasakatei | 2008-11-29 21:22 | 国際 | Comments(0)

彼岸花鉄道旅西町歩(おおいたへまちさんさく)

 豊肥本線の滝尾は、無人駅である。列車まで、時間があったので、周辺を歩く。
 まず、目に付いたのは葬儀場である。故人の名前が張られている。
 その前に床屋がある。
 そこの二階の窓が開いており、主人らしき人物が外を眺めている。
 更に行くと、滝尾駅前のバス停がある。駅前というには、やや離れている。バスの本数はほとんどない。
 一方、久大本線の南大分は、駅員がいることもあり、未だ、店がある。軽食を食べさせる店、畳屋がある。
 畳屋の前を通ると、イグサの匂いがする。懐かしい。
 駅に戻り、事務所を除くと、今年度の目標収入が壁にある。
 大分では、銘菓を買うべく、駅前に出る。住所しか分からず、通り掛った警官に訊けば、その住所はかなり遠いという。
 歩いて十五分弱をそういうのだから、やはり感覚は東京と違う。
 ところで、その店は家族で営業している。
 東京から来たというと、女将さんが、主人を呼んで来る。
 自然な味の菓子である。
(第千九百十六段)
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by akasakatei | 2008-11-28 20:22 | 地域 | Comments(0)

彼岸花鉄道旅西国体(おおいたへこくたい)

 「ソニック15号」は、その国体へ向かう人達で混んでいる。
 今回、大分で泊まるつもりで、旅行会社に宿の手配を頼んだところ、どこも空いておらず、結局、小倉で泊まる。
 国体自体は知っているものの、国民体育とは名ばかりで、実際には、それがいつ開かれ、どこで行なわれているかも知らない。行なわれてから、初めて気付く。知っていれば、日程を変えた。
その国体へ参加する京都にある某大学の柔道部員らがいる。耳が潰れている。
そのうちのひとりが、「電車に酔った。」と言っている。立ち上がり、トイレへ向かう。
十二時三十四分、大分着。
ここからは、豊肥本線、久大本線へ乗るつもりである。
ただ、今回、乗車券は鶴崎まで購入し、そこを往復する。これは、最初、日豊本線も高架化されたのかと思ったためである。
改めて、大分へ戻り、まず、豊肥本線の十三時四十四分発で滝尾まで行く。
そこより帰り、十四時三十一分の久大本線で、南大分を目指す。
(第千九百十五段)
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by akasakatei | 2008-11-27 20:21 | 余暇 | Comments(0)

彼岸花鉄道旅西水島(おおいたへせいしゅん)

 隣に立つ高校生に訊けば、県の公式戦という。これにより、来春の選抜大会へ行けるか否かが決まる。
 ひとつ目の球場前で高校生が降りる。あとは、数人の大人と中学生ばかりである。
 漸く席に座れ、車窓を眺めていると、かなり高架化されている。おかげで見晴らしは良い。
 これに関しては、帰路、旧国鉄の車輌で、運転席のすぐ後ろの席に座り、改めて実感する。
 中学生は水島で下車し、定刻、三菱自工前に着く。
 途中、あまりの混雑で どうなるかと思ったものの、ダイヤ通りなので感心する.本来、これは当たり前なのだが。
 倉敷へ戻り、八時三十八分の普通電車で新倉敷へ向かい、新幹線に乗り換える。
 九時三十分の「こだま637号」で福山、そこより、「のぞみ3号」で小倉へ行く。
 小倉十一時八分発「ソニック15号」に乗り継ぎ、大分へと南下する。
 大分では、この日より、国体が始まった。
(第千九百十四段)
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by akasakatei | 2008-11-26 20:18 | 余暇 | Comments(0)

彼岸花鉄道旅西倉敷(おおいたへよりみち)

 電車化されたためか、倉敷へ着くまでに、「サンライズ」の遅れは取り戻せなかった。
 日の出が線路脇の彼岸花を照らす。この時期に、本州を旅すると、よく見掛ける花である。
 この花は、町中よりも、線路脇や墓地が似合うと思う。
 四分遅れの六時五十分に倉敷着。
 水島臨海鉄道の倉敷市は駅前である。発車は、六時五十七分なので、あまり時間がない。
 乗り場へ急げば、券売機前で高校の野球部が長蛇の列を作っている。
 駅員が出て来て、切符を売り始める。
 「三菱自工前まで。」というと、券売機に並んでいた高校生に対し、順番を譲るように案内し、「球場前に行くなら、こっちに来て。」と列を分ける。
 尤も、高校生以外はいない。
 車内に入ると、高校生と中学生で一杯である。中学生は、バドミントンのラケットを持っている。
(第千九百十三段)
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by akasakatei | 2008-11-25 20:16 | 余暇 | Comments(0)

彼岸花鉄道旅西夜光(おおいたへさっそくおくれて)

 九月二十六日、東京二十二時発「サンライズ出雲」で倉敷へ向かう。
 この旅の目的のひとつは、八月に高架化された大分を見に行くことである。尤も、高架化されたとはいっても、全てが完成されたわけではない。久大本線と豊肥本線が完成しただけで、日豊本線は未だ先である。
 大分だけが目的ならば、飛行機を利用するものの、今回、鉄道を利用するのは、途中、倉敷で水島臨海鉄道にも寄るためである。完乗後に、高架化された箇所を知る。
 定刻に、東京駅を出発する。
 「サンライズ」に乗るのは二回目である。前回は、ノビノビ座席を使ったので、今回は、B寝台のソロにする。鍵も掛かり、安心だけれど、予想以上に狭い。それこそ、鞄を置くスペースもない。
 快調に速度を上げたと思ったら、品川の手前で赤信号により止まる。
 案内放送によれば、「ホームよりお客様が転落しました。」という。
 四分遅れで、西へ走り始める。
(第千九百十二段)
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by akasakatei | 2008-11-24 20:14 | 余暇 | Comments(0)

生活基盤崩(せいかつのきそ)

子供の頃、日中、近所のおばさんの家へ預けられていたことがある。二歳の頃か。
これは、年子の弟がおり、母親だけでは世話を出来なかったからに違いない。
祖母が生きていれば別だったのだろうけれど、自宅には、他に祖父しかいなかった。その祖父にしても、仕事があった。
当時、他所の子供を預かることはよくあった。今のように、万が一、子供が怪我をした場合、させた、させないなどの争いもなかった。
そうした点、今の人間は自己主張が強い。
また、預けたくても、他人を信用出来ないということもあるかもしれない。
何れにしろ、このような現状は好ましくなく、社会が衰退に向かっているのは事実である。
科学の発達を喜ぶ人も多いものの、基本的な生活部分でそれらを考えると、特に、最新の機械は必要なものでもない。むしろ、重要なのは、社会の基本部分ではないか。どこへ視点を向けるかは明白である。
(第千九百十一段)
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by akasakatei | 2008-11-23 21:14 | 情報 | Comments(0)

故郷情景空襲夜(あかさかふどきくうしゅうのなぞ)

先の続きである。
となると、どちらが正しいのだろうか。
山手で空襲が遭った夜、父親らは、ひと晩、現在では、中学校のある崖付近へ逃げたという。これについては、以前にも触れた。
仮に、産土神が焼けていなかったならば、そちらへ逃げたとも思える。
だからといって、安全だったともいえないだろう。前者によれば、銀杏の裂け目はその痕という。
ここで、また、疑問が出る。
焼けた痕について残るのが、この銀杏だけという点である。
現在、境内は鬱蒼としており、古い樹木も多い。
実際には、どうだったのだろう。
何れにしろ、当時を知る者に訊ねる外はない。
そうなると、六十年以上が経過しており、残された時間は少ないといえる。
更に、忘れてならないのが、故郷が軍都だったことである。敵からすれば、当然、狙うに違いない。外すとも思えない。
(第千九百十段)
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by akasakatei | 2008-11-22 21:11 | 地域 | Comments(0)

故郷情景大銀杏(あかさかふどきいちょう)

先の続きである。
知った人に会うと、時の流れを感じる。
この後、また別の人を見掛ける。この人も隣人だった。植木屋は右隣りだったけれど、次に会った人は左隣りである。
自動車の修理を生業としていた。
八十歳近くになっているはずなのに、背筋が伸びている。やや痩せた印象はあるものの、子供の頃、健康優良児だったこともあり、血色は良い。
そうした中、変わらないのは、境内にある大銀杏である。
この銀杏には、落雷の痕がある。
小さかった時、その裂け目に入り、遊んだ記憶がある。今では、柵が設けられ、中へ入れなくなってしまった。ふと『徒然草』のある段を思い出す。
それでも、毎年、秋になると、黄葉し、楽しませてくれる。
そういえば、先日、ある本を読んでいたところ、この大銀杏の裂け目が空襲によるものとあった。
更に、別の本では、故郷のうち、産土神付近だけは焼けなかったとの記述にも接した。
(第千九百九段)
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by akasakatei | 2008-11-21 21:09 | 地域 | Comments(0)