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告知板基準(もちこみひん)

ある報道によれば、楽天の本拠地は飲食物の持ち込みに煩いという。運営費に充てるためらしい。
その理由は分かるものの、事前にどこまで観客に浸透しているのか。
手作り弁当を持って行って初めて知った、というのでは知らせていないのと同じである。
悪印象だけ残る。
昨年、神宮球場へ学生野球を観に行って、立て札で、持ち込めないことを初めて知る。これも浸透しているとはいえないだろう。尤も、神宮球場の場合、それほど煩くはないようである。
球場に対し、劇場ではどうか。
球場とは異なり、煩くはないものの、劇場によっては、食中毒を理由に、遠慮して頂きたいとの記載がチラシにある。
芝居の場合、弁当は楽しみのひとつと考えられ、持参する人は少ない。観客の多くが富裕層ということもあるだろう。
持ち込む人は、大衆席の学生や通の人に見受けられる。
選択肢は色々とあった方が良いものの、運営が成立しないならば、先に触れたようにした上で、了解を得るしかない。IT企業がよく行なうサイト上で知らせている、というだけでは不十分である。
(第千八百二十七段)
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by akasakatei | 2008-08-31 21:11 | 産業 | Comments(0)

若者限特権(がくわりのみか)

不惑が近付いたからか、身体のあちこちが痛む。
医者に行き、検査をすれば、聞き慣れない病名を告げられる。
人生の折り返し地点を過ぎ、これまでの道のりを振り返る。
先日、社会に出たばかりと思っていたら、二十年近くが経過している。
何もしないうちに、時ばかりが経ってしまった感じである。
人間、こうして年を取っていくのか。
精神的には、高校生とは言わないけれど、大学生に近いと思っていた。それでも、時間を数えれば、ひと回り以上違うことを改めて知り、愕然とする。
そういえば、昨年、移転した母校の文化祭へ足を向けたところ、父兄に間違えられた。
外見的にも、端からすれば、老けて見えるのかもしれない。
こうなると、若いうちにしか出来ないことをやってみようとも考える。
尤も、色々考えても、若者だけの特権というものは浮かんで来ない。学割くらいである。
(第千八百二十六段)
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by akasakatei | 2008-08-30 21:15 | 福祉 | Comments(0)

対面販売価(かいわきえれば)

物を買う場合、最近では極端な話し、誰とも顔を合わせずに購入することが可能である。
通信販売、ネットなどを利用する人は多いものの、販売されている品自体が分からないため、利用したことはない。
やはり、人を信用出来ないからだろう。
また、店へ行くにしても、会話がないところは敬遠する。例えば、スーパーやコンビニ、百円ショップなどである。
この頃では、陳列されている商品に針や毒が入っている時もある。その容疑者が捕まったとの話しも聞かない。
このように考えると、比較的信用出来るのは、会話のある店である。客に声を掛け、その説明を聞くと、商品を愛していることに気付く。
とはいえ、こうした会話を煩わしく感じる人間も多く、信用出来る店が減っていくのは寂しい。
見方を変えれば、消えていく店は、共同体の意味においては、かなり重要である。
犯罪を考えた時、そこに見ている者がいないから起きるともいえる。声を掛ける人間がいれば、まず防げるのではないか。
(第千八百二十五段)
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by akasakatei | 2008-08-29 21:08 | 地域 | Comments(0)

制度大欠陥(ひとのもと)

非正規雇用の規制緩和に関し、未だ、規制すべきではないと考える人がいるらしい。
理由として、制度そのものに問題があるのではなく、人間に問題があるからだという。
大手企業の代表者らで形成される某経済団体のあるメンバーも似たような発言をしていたけれど、結局は、自社における問題が見付かった。自社のことさえ分からぬ人に、我が国の問題が分かるわけがない。
また、昨今の社会問題を考えた場合、この制度自体が関係しているのは以前より触れてきた通りである。
ここで驚きだったのは、人間の問題とした点である。
基本的に、人間は悪である。善はいない。こうした実情を知っていれば、まず、規制緩和の制度自体出来なかったに違いない。出来たにしても、重い罰があったのではないか。
更に、本当に善ならば、煙草の吸殻が、その辺に落ちているはずがないだろう。
悪人が多い以上、犠牲者が増えるような制度は行なうべきではない。
(第千八百二十四段)
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by akasakatei | 2008-08-28 21:06 | 産業 | Comments(0)

業績真責任(けいえいじんへのもんだい)

今年の夏休みは、海外へ行く人は少ないと言われている。例の原油感関係のためである。
反対の発想をするなら、こうした時に出掛けた方が未だ空いていて良いのではないか、とも思う。
とはいえ、庶民の懐は寂しく、夏休みにどこへも行けない人も多い。
経営者らは、会社の業績が悪くなったとの理由で、すぐに何の経営努力もなしに、従業員の賃金を減らそうとする。
どうして、そこより手を付けるのか。
業績が悪いのは、経営陣の方針に問題があったからに違いない。従業員の責任でないのは明白である。
責任を取らなければならないのは経営陣である。
従業員よりもかなり高給と言われる最近の経営陣が、いくら給与を減らされようとも、日常生活に影響が出るとも思えない。反対に従業員の場合は、生活に直結する。
これを知らないと、従業員の心は会社より離れ、更に悪い結果を会社にもたらすことになる。
(第千八百二十三段)
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by akasakatei | 2008-08-27 21:04 | 産業 | Comments(0)

泥口車(おろかさそし)

消費税の税率を上げる動きがある。
上がった場合、これまで以上に生活に疲弊する国民は多くなる。まず、物が売れなくなるだろう。
どうして、社会保障の基本である富裕層より、税を取ろうとしないのか理解に苦しむ。
察するに、政治家と富裕層に癒着があるに違いない。
最早、国民は、そうした連中を信じてはならない。
以前にも触れた通り、物事には裏がある。
それを知らないと、政治家、富裕層らに利用されるだけである。平成に入ってからの動きを見ていると、連中は国を滅亡へと歩ませている。
これに気付かず、庶民を踏み台にし、己の懐を増やすことのみを考えているのは愚かな行為ともいえる。
社会的ジレンマである。
庶民もまた、安易に政治家や富裕層らの言うことを真に受けてはならない。
阻止する必要がある。
(第千八百二十二段)
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by akasakatei | 2008-08-26 21:02 | 政治 | Comments(0)

生活疲弊国(けいざいはんえいのさき)

我が国に対する諸外国よりの圧力が強まっていると感じる。
政府の隣国関係への対応は納得がいかない。何に遠慮しているのか。強気になるべきである。
隣国の言い分を聞いていると、自国の主張ばかりで、国際社会におけるルールを無視している。
こちらの誠意が通じない国へは、これまでの態度を改め、付き合わなければならない。
これは米国に関しても同様である。
争いを避け、物分り良く付き合っていると、国民へ不利益になることばかり要求される。
富裕層を除き、国民は生活に疲弊している。
国民を救うことを第一に考える必要がある。
経済面において、米国を中心とする新自由主義を採り入れた結果、庶民の生活は破綻した。
思うに、経済での一番を目指すことに意味はあるのか。我が国だけにしかない良い点は他にもある。
そこを目指した方が良いのではないか。
(第千八百二十一段)
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by akasakatei | 2008-08-25 21:01 | 国際 | Comments(0)

高層建築物(ふきょうわおん)

 東京におけるこの頃の建物を見ていると、建築家やデザイナーなどの個性は感じるものの、町に溶け込んでいるかといえば、首を振らざるを得ない。
 七月の三連休の中日、千駄ヶ谷より南新宿まで歩く。これは新宿駅の雑踏を歩きたくなかったからに他ならない。
 その日は、国立能楽堂へチケットの引き換えに行った。
 神宮球場方面は歩いたことがあるけれど、その反対方面はない。
 大体の感覚で行く。
 裏通りを歩いていると、商店街に出る。日曜なので、人はいない。
 暫く歩けば、JRが現れる。この付近は、十年以上前、毎日のように来ていたところである。
 信号を渡り、代々木駅までの商店街に入る。
 店は、他の町同様に入れ替わっている。
 スクランブル信号を渡り、南新宿へ向かう。
 知らぬ間に、大型のスーパーで出来ている。確か、銀行だったところである。
 また、大通りより南新宿への路地は、古い建物が残っていると同時に、駐車場も増え、その分、最近の高層ビルを何本も眺められる。この違和感はどうか。
(第千八百二十段)
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by akasakatei | 2008-08-24 20:59 | 地域 | Comments(0)

故郷情景住地区(あかさかふどきかいはつそくど)

 故郷の図書館へ本を返却しに行く。
 そこへ足を向けたならば、当然、産土神へも寄ることになる。尤も、夜遅い場合には遠慮する。
 本を借りに行った時は遅く、寄れなかった。
 図書館より産土神へは、坂を下って行くことになる。所々、東京タワーの頭が見える。
 ただ、今回歩いて、改めて印象に残ったのは、自宅があった付近の地区において、唯一空に近かったマンションが取り壊され、更地になった。周囲に高い建物がなくなり、見晴らしが良くなった。
 意外なことに、その地区では木造マンションが未だ残り、人も住んでいる様子である。
 こうした発見は嬉しい。
 また、当時は一戸建てだった近所の人が、現在は自宅をマンションにし、ハイカラな名前を付けているのを見ると、不思議な感じである。
 それでも、住んでいた地区は変化の激しい東京では、その速度は遅いと思われる。
(第千八百十九段)
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by akasakatei | 2008-08-23 08:44 | 地域 | Comments(0)

鏡花妖芝居(かみとしものく)

 七月の歌舞伎座夜の部は、泉鏡花作品が並ぶ。
 『夜叉ヶ池』、『高野聖』である。
 通常と比べ、開演時間が三十分ほど遅い十七時である。これは、どうした意図か。
 開場時間は開演時間の三十分前ではなく、四十分前で、いつものような慌しさがない。
 芝居におけるこの時間は貴重で、トイレや今後の公演のチラシ、弁当、イヤホンガイドなどに追われる。
 また、今回、幕間が四十五分もあり、弁当もゆっくりと食べられる。
 さて、内容だけれど、前者は大和屋が監修し、一昨年以来の再演である。
 澤瀉屋一門が揃う。
 印象に残るのは、前半より後半である。
 後者は、大和屋と成田屋である。
 妖しい雰囲気が漂う。
 今後、歌舞伎において、泉鏡花作品はどう扱われるのか。
(第千八百十八段)
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by akasakatei | 2008-08-22 08:43 | 文芸 | Comments(0)