<   2008年 06月 ( 30 )   > この月の画像一覧

南海緑(みどりへのおもい)

 テレビで、今年初めての野球観戦をする。
 普段は観ないものの、ホークスが南海時代のユニホームで試合をしていたので、観る気になった。
 鶴岡監督時代の強かったものである。
個人的には、その頃のチームは知らない。それでも、古い文献に当たると、その当時の写真が掲載されている。
また、デザインは、南海を知っている頃のものではないけれど、色は懐かしい。
 思えば、南海からダイエー、そしてソフトバンクへと親会社が何回か変わった。
 南海が今でもあったならば、たぶん、その人生は変わっていたと考える。それだけ、思い入れがあった。
 ところで、久し振りにテレビ観戦をして思ったのは、その球の行方ばかりを追い、守備の全体的な映像がないことであった。カバーなども確認したい。
 昔は普通に観ていたのに、今では不満を覚える。
 これは野球に限らず、芝居の中継でも同様である。
(第千七百六十五段)
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by akasakatei | 2008-06-30 08:21 | 情報 | Comments(0)

違法業者話(あくとくぎょうしゃ)

 違法な派遣をしていた企業の社員が逮捕された。この会社については、悪い噂しか聞こえてこない。
 また、ある居酒屋チェーンでは、バイトに対し、残業代を未払いしていたとのことである。
 今や、企業は、見付かりさえしなければ何をやっても良い、と考えている風潮にある。
 これらは氷山の一角に過ぎない。
 ただ、傾向としては、業績を伸ばそうとするあまり新興企業における違法が目立つ。
 特に、代表者が創業者の場合、その組織図は社長と社員との関係ではなく、旦那と丁稚になっている。
 聞いた話しだと、某専門店では、創業以来の残業代の未払い、休日出勤などについて、労働組合が、労働基準監督署へ会社を告訴したとのことである。
 これに関し、会社はひとり当たり、三十万円を支払うから、告訴を取り下げるように伝えたという。
 どちらの言い分がおかしいかは明白である。
(第千七百六十四段)
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by akasakatei | 2008-06-29 21:34 | 産業 | Comments(0)

神社差(ちいきのかみ)

産土神より、夏越の大祓式の案内が届く。
 こうした神社関係の行事については、好感が持てる。
 ただ、人を神格化させた神社のそれには、違和感を覚える。
 故郷にも、それがあった。結婚式場も備え、産土神より、人が集まっていたものの、石が敷き詰められた境内の前を通る度、落ち着かない感じがした。
 その頃は、この感覚が何かは分からなかった。後に、人を神格化させた他の神社に行ってみて、初めてそれが違和感の原因であると気付いた。
 やはり、人を神格化させること自体がおかしなことなのだろう。その一生を知っている者にとって、これは生々しい。
 お賽銭を投げて、頭を下げる気にはなれない。
 特に、軍関係では、そのように思う。
 また、不思議と人を神格化させた神社では、子供が境内で遊んでいるのを見たことがない。
 本能的に何かを感じるのか、それとも、神社の関係者が遊ばせないようにしているのか。何れにしろ、地域に親しまれた身近な神社とはいえない。
(第千七百六十三段)
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by akasakatei | 2008-06-28 21:30 | 社会心理 | Comments(0)

勘違力(つよいいわかん)

 ある知り合いの会社経営者が言った。
 「そろそろ金儲けを考えたら、どうか。」
 確かに、その人は羽振りが良い。
 一般的に考えると、それには資本が必要である。そこで、この経営者に、その方法について訊く。
 それによると、親の興した会社の跡を継いでいると答える。
これでは、単に、親の引いた線路に乗っただけで、本人はほとんど何もしていないのと同じである。
 そうした人より、先のような言葉を聞くと、強い違和感を覚える。
 世の中、こうした例は多い。
 政治家、財界など、全てはこの発言者と同じ論理である。
 基盤を継いだに過ぎない。
 それを指摘されるのが怖く、小さい頃より、色々と勉強した、と言うのだろう。
 それは、たまたまそうした家庭に生まれたからで、努力とはいえないものである。
 現在の自分を己の実力と勘違いしないことが大切である。
(第千七百六十二段)
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by akasakatei | 2008-06-27 21:56 | 社会心理 | Comments(0)

良悪縁(しぜんのはっせい)

 人の縁とは不思議なものである。
 高校時代に、倫理を担当した教師に会わなければ、大学進学時、違う学科へ進んだはずである。
 そういう意味では、これは良い縁だったのだろう。
 反対に悪い縁もある。
 社会に出て以降、様々な人に会ったものの、良い縁とは無縁である。迷惑を掛けられてばかりいる。
 最近では、縁といえば、男女関係を指すことがほとんどと思われる。
 これについては、「金の切れ目が縁の切れ目」と考えている。
 そういえば、ある話しを聞いた。
独身男性・甲が女性・乙と知り合い、会社経営者で既婚者の丙に紹介したという。丙は甲の遊び仲間である。尚、丙は妻がいる事実を隠していた。
結果、乙は丙と深い関係になり、丙の家庭には皹が入ったらしい。
この問題の根本原因を考えると、悪いのは欲に目の眩んだ乙、それに既婚者ながら乙に接した丙だろう。また、丙が既婚者と知りながら、乙に会わせた甲にも責任があると丙の妻が判断してもおかしくはない状況である。
何れにしろ、他の男女の関係には、関わらない方が身のためである。
(第千七百六十一段)
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by akasakatei | 2008-06-26 21:53 | 社会心理 | Comments(0)

好一言(こころにひびくせっきゃく)

 先の続きである。
 東西線を利用した同日、個人経営のある蕎麦屋に入る。
 昼食時で、他に店屋もなかった。
 ただ、この日、体調がそれほど良くなかったため、特に、食べたい物がなかった。
 その蕎麦屋は、食券制で、レジの前で何にするか迷っていたところ、レジの若い元気な女性店員が「天麩羅が揚げ立てです。」という。天せいろや小さな天丼が付いたセットを勧める。
 体調が悪いので考えていたところ、「私が揚げました。」と言い、「今日は上手くいきました。」と続ける。
 この言葉で、天麩羅にする。
 朝、大手町の改札員の態度を見ているだけに、こうした接客は好感が持てる。
 やはりサービスを売り物にする商売とは、コミュニケーションが成立しないと、再利用する気にはなれない。
 東西線の場合でも、他の経路を利用する方法もある。
 チェーン店ではマニュアルを使った接客をするものの、本当に、利用者の心に届いているかは疑問が残る。
(第千七百六十段)
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by akasakatei | 2008-06-25 21:13 | 産業 | Comments(0)

自動改札落駅員(ばんぺいえきいん)

 東京地下鉄東西線の大手町駅中央東改札には、四機の自動改札がある。
 このうち、二機は下車専用で、残りの二機は乗降に可能となっている。
 某日曜日に利用したところ、丁度、電車が到着し、下車客が殺到する。何故か、下車専用の機械を利用せず、兼用の機械ばかりを使う。
 このため、改札内に入れず、ひと電車乗り遅れる。
 一応、中年の駅員もいるけれど、某国の宮殿を守る兵のように、無表情のまま座っているだけである。
 本来なら、人の流れを見て、どれを乗降用にするか、こまめに機械の調整をすべきであろう。
 なかなか入れないので、この駅員に言葉を掛けたものの、全く無表情で、コミュニケーションが成立しない。
 これで、サービス業なのだから呆れる。
 これは、この駅だけでなく、他社でも同様である。
 有人の窓口を覗くと、年齢からしてバイト駅員だろうが、ただ、手持ち無沙汰に座っている光景をよく目にする。
(第千七百五十九段)
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by akasakatei | 2008-06-24 21:10 | 産業 | Comments(0)

団体資金源(わらいのないせかい)

 女子高生を使ったデートクラブが摘発された。
 中には、かなりの数の女子高生がいた様子である。となると、それだけの客がいたのであろう。
 需要がなければ、供給が増えるとも思えない。
 この業界は、客がいなければ、すぐに業態を変えるはずである。いつまでも営業しているとは考え難い。
女子高生が援助交際で世間を騒がせたのは、十年くらい前で、未だに人気があるのが不思議である。
随分前、女子大生ブームもあった。今でいう萌えに近かった、と思われる。それでも、これほどの期間は続かなかった。
何れにしろ、好ましい状態とも思えない。
その理由に関し、一般的には、風紀を乱すからと言えるだろう。
が、それだけとも思えない。
江戸では、それについて、かなり大らかであり、各分野において笑いがあった。
現代ではそれがなく、ただ金銭が絡むため、殺伐とした印象しかない。
文字通りの悪所であろう。
(第千七百五十八段)
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by akasakatei | 2008-06-23 21:09 | 社会心理 | Comments(0)

携帯電話基弊害(けいたいのがい)

 子供に対する携帯電話の方向が発表された。
 持たせない方が望ましいとしているものの、昨今を見ていると、望ましいではなく、禁止させるのが筋ではないか。
 親が子供に危険を教えれば良いとの意見もある。果たして、親がその危険を認識しているか。
 例えば、以下の例はどうか。
以前、金次郎像を真似る人間が世間では増えていることに触れた。
 その後もこれは変わらない。益々、見掛けるようになった。
 危険極まりない。
 駅の構内、電車のドア付近など、何れにしろ、他人への迷惑になっていることは否定出来ない。駅構内と書いたけれど、東京駅や新宿駅でのラッシュにおける人の流れは、ひとりが立ち止まれば、それこそ、事故に繋がることも有り得る。
怪我の可能性さえあるのに、そこまでして行なうものか。
 もっと、周囲に気を遣うべきである。
 大人が携帯電話を持ってもこの状態なのだから、子供が使った場合、それもネットに接続したとなると、どのようになるかは明白であろう。
(第千七百五十七段)
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by akasakatei | 2008-06-22 21:08 | 教育 | Comments(0)

高校同窓会手紙(おもいでをこわすあんない)

 ちょっとしたことから、仕事関係者に、卒業した高校、大学学部の後輩卒業生がいることを知る。
 今年、社会に出たというから、ひと回り以上違う。
 それでも、以前に触れた高校の移転、校名変更、共学化は大反対だという。
 彼の話しだと、その頃は楽しかったということである。
 これについて、ほとんどの卒業生は異論がないに違いない。
 若手俳優の某も、ある雑誌のインタビューで、「高校は楽しかった。」と語っている。
 そのような思い出を壊す手紙が、某日届く。
 高校の同窓会からである。
 それにより、前年度までで、教わった教師の何名かがまた教壇を去ったとしている。何れも、定年前である。
 何かの陰謀を感じるのは何故か。
 このような結果、今後、益々、馴染みのない学校になっていくのだろう。
 卒業生としては寂しい限りである。
(第千七百五十六段)
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by akasakatei | 2008-06-21 21:07 | 教育 | Comments(0)