<   2008年 04月 ( 30 )   > この月の画像一覧

注化死疎宇(きけんしそう)

先日、北京五輪の聖火ランナーが長野を走った。
テレビで観ると、ここまでの厳重な警戒態勢を行なってまで、走らせる必要があったのかと思う。
改めて感じたのは、中国からの留学生の多さである。これほど、国内に来ていたのか。
だけれど、今回のオリンピック関連の騒動について、国際社会を巻き込んでの元々の問題は、中国そのものにあるのではないかと感じる。
チベットに対し、対話を怠っていたからだろう。中国はいつでも、力で抑えようとする。
この時代に人権への認識がなさ過ぎるし、未だに、変な中華思想に支配されていると考える。
すっかり忘れられた感のある毒入り餃子問題でもそうだったが、中国政府は、自国民へ他国の問題ばかりを流すのではなく、自国の非も認めるべきであろう。
端から眺めていると、様々な視点に欠け、このままだと、国際社会で孤立することになる。
(第千七百四段)
[PR]
by akasakatei | 2008-04-30 09:50 | 国際 | Comments(0)

新憲法冊子(せんごのいぶき)

 昭和二十二年に文部省が作成した「あたらしい憲法のはなし」を手に入れた。
とはいっても、地元が複製したものである。
これに目を通し、興味深いのは、天皇陛下と戦争の放棄、基本的人権などである。
天皇については、象徴を強調している。それによると、天皇を中心とし、国を治めるのに、苦労をさせてはならないとある。こうした地位に天皇を置くのは、国民全体の考えとなっている。
また、神ではなく、人間であることにも触れている。
続く戦争の放棄では、戦争の恐ろしさを説き、先の戦争を始めた国に対し、大きな責任があるとしている。
更に、次の基本的人権においては、自由と平等を大切なものとしている。平等の説明では、人間であるなら、差別を受ける理由はないとしている。
以上、見てきただけでも、かなりの疑問符が浮かぶ。
天皇は特権階級ではないのか。その証拠に、失業の心配がない。
戦争を始めた国はどこか。また、その代表者は誰か。
(第千七百三段)
[PR]
by akasakatei | 2008-04-29 09:49 | 政治 | Comments(0)

歌舞伎再生(かぶきのていぎ)

 以前、小芝居について触れた。
 その後、公演が行われていない。これに関し、財政的に厳しいからだと思っていた。
 というのも、そのような文書や新聞を読んでいたためである。
 ところが、先日、意外な案内を受け取る。
 小芝居を今年から、新たなものにするという。
 その案内によると、歌舞伎の家柄に関係ない出演者が歌舞伎を行なうらしい。一年間、稽古したとある。
 出演者を見ると、名が通った人もいる。
 こうなると、歌舞伎とは何かになってくる。
 よく言われるものに、歌舞伎役者が演じたものは歌舞伎というのがある。
 これまでにも、家柄否定では前進座や澤瀉屋一門がある。
 前者では、独自の解釈による前進座歌舞伎を行なう。一方、後者では、猿之助丈が、門閥外でも実力のある弟子を抜擢する。このため、入門者が増え、後に、スーパー歌舞伎へと繋がっていく。
そうした反面、名門歌舞伎役者の持つ独特の雰囲気は、生まれながらのものであることも事実だろう。
果たして、今回の試みはどうなるのか。
(第千七百二段)
[PR]
by akasakatei | 2008-04-28 09:48 | 文芸 | Comments(0)

新人研修考(けんしゅういぜんに)

 この時期、仕事場に、研修として新卒の飛び込み営業がやって来る。
 必ず、名刺の交換を所望する。
 昨年までは、気分によっては応じていたものの、今年は行なわないことにした。
 というのも、昨年、不快に思ったことがあった。たぶん、帰社してから、同期で情報を交換するのだろうが、連日、同じ会社の異なる顔触れが来た。
 今年は、数日前に、昨年回った先輩からリストでも貰ったのか、こちらの名前さえ、知っていた。
 アポの電話があった時、即座に断ったのに、目の前に現れた。何を考えているのか。
 名刺の交換を断ったためか、帰り際、挨拶もせずに出て行った。
 同日、同じ会社より、また別の新卒が来る。当然、これも断る。
 それにしても、毎年、この会社の新卒が各社を回ることについて、迷惑であることを担当者は知っているのか。
 長い目で考えると、マイナスのイメージしか与えていない。
(第千七百一段)
[PR]
by akasakatei | 2008-04-27 13:01 | 産業 | Comments(0)

小学各受持(そのしんねんは)

 小学校時代、教師には恵まれなかった。これについては、以前にも触れたことがある。
 低学年の頃の担任は、冬でも半袖、半ズボンを奨励した。これを真に受けて、ひと冬を半袖どころか、ランニング姿で登校して来る児童さえいた。
 確か、ふたりほどいた。何れも男子である。
 当時、体育で使う体操服は半袖、半ズボンであった。その間でも寒いのに、ランニング姿とは常軌を逸しているとしか思えない。
 これに関し、覚えていることがある。
寒くなり始めた頃、クラスの多くが欠席し、学級閉鎖になり掛けたことがあった。担任の言葉を実践しようとしたからではないか。
 中学年になると、文化大革命の影響を受けた女性教師であった。
何かが出来ない児童がいると、皆の前に出し、他の児童に悪い点を言わせていた。
高学年になると、受験のため、塾を中心とした生活だったから、あまり担任についての記憶はない。ただ、何かの度に、前年受け持ったクラスと必ず比較していた。
(第千七百段)
[PR]
by akasakatei | 2008-04-26 13:00 | 教育 | Comments(0)

司法虚番人(なまえばかりの)

 光市の母子殺害事件の差し戻し控訴審で、死刑判決が出た。別に、驚きはしない。
 これまで、無期懲役だったのが、不思議であった。これは、誰に訊いても、同様に違いない。
 この判決に関し、各新聞を読むと、従来の基準とは異なる判決という。
 そこには、今後、始まる裁判員制度があるのではないか、とも言われている。
 裁判員制度については、このところ、模擬が行なわれているようだけれど、その終了後、市民との溝を感じると答える裁判官が目立つ。
 逆にいえば、それだけ、裁判官が市民生活を分かっていないことになる。
 法律のみしか眼中にないから、判断を誤るのである。
 疑問に感じた判決は、かなり多い。
 裁判官の論理思考は、一度聞いても理解出来ず、屁理屈を通り越し、支離滅裂にしか思えないのはどうしてか。
(第千六百九十九段)
[PR]
by akasakatei | 2008-04-25 21:22 | 社会心理 | Comments(0)

転勤者子弟(ちほうりゅうぎ)

 これまで、代々東京に住んできた者などと表現をしてきた。ここでいう代々とは、江戸の香りが残る頃よりを指す。となれば、明治以降となる。
 それ以後、東京に住み始めた者は、そうした意味からすると、地方出身者と考える。
 いくら戦後の東京で生まれからとはいっても、東京の持つ風習や習慣を身に付けているとは思われない。
 小学校では、それが明白であった。
 クラスの半数は、マンションか官舎に住んでいた。
純粋の東京生まれは少なかった。代々故郷に住んでいた者となると、更に減少する。
マンションに住んでいるのは、地方から来た子供である。また、官舎に住んでいるのは役人の子供で、転勤が多かったことを覚えている。
 こうした家庭の子供は、故郷出身の子供と比べ、明らかに雰囲気が違っていた。
 その行動は自己中心的で、察するに、東京に来たというコンプレックスがあったのではないだろうか。
(第千六百九十八段)
[PR]
by akasakatei | 2008-04-24 21:21 | 地域 | Comments(0)

不惑時噺会(まことのふわく)

 四月二十日、九州から戻る。
 この日は、夕方より、地元で落語会がある。
 古民家でのらん丈師匠の噺会である。
 前座には、たん丈さんが来る。
 回を追う毎に、聴きに来る人が減っていたけれど、前日の新聞の地域面で紹介されたこともあり、初回以来の入りだという。
 電車に乗って、国分寺や町田方面からも訪れているとのことである。新聞の力を改めて知る。
 そうした中、注目されたのは、たん丈さんである。前座としては、珍しく、四十五歳過ぎである。
 新作落語を目指しているらしい。
 らん丈師匠より、噺家を目指した切っ掛けを訊かれていたが、四十歳過ぎに人生を変えようとしたと話していた。
 そうした年齢が近づくと、短くなったこれから先を考えるものなのかもしれない。
春にしてはやや寒く、終了した二十時半頃には、かなり冷えた感じとなる。
(第千六百九十七段)
[PR]
by akasakatei | 2008-04-23 21:30 | 文芸 | Comments(0)

三原鉄道旅(くれせんへ)

翌二十日、博多六時発「のぞみ2号」で広島へ向かい、そこで接続する「こだま624号」に乗り換える。
 この日は、先に書いた三原駅付近の高架化を訪れる。
 山陽本線に関しては、寝台特急で乗っているものの、呉線については未だ乗っていない。
 今度の呉線は、八時二十分発である。
 ここより、隣の須波までは距離がある。一体、どの辺まで高架化になったのか。
 山陽本線と分かれ、比較的長い距離が高架化されている。
 須波では、他に一組の夫婦が降りる。
 駅は高台にあり、海が見える。
 野良猫が、無人の駅舎にいるのか、慌てて中へ逃げる。
 海の反対には、山が見える。
 見上げると、雲が流れている。
 その木々に影を落とし、ゆっくりと影が移動する。
 見知らぬ土地に来ると、いつも空に目をやる。
 今回も、こうした機会でないと来ないであろう土地の空を見た。
(第千六百九十六段)
[PR]
by akasakatei | 2008-04-22 21:29 | 余暇 | Comments(0)

玄界島航路(ふくおかのわたし)

 博多南より戻る。
 バスで、博多埠頭を目指す。未だ、日が高いので、船へ乗ることにする。
 福岡市営の渡し舟である。
 玄界島や志賀島へ向かう船である。
 歴史や文学への関心より後者へ行くつもりだったところ、三十分ほど待たなくてはならない。
 前者だと、すぐに出発するとのことだったので、行き先を変更する。
 ただ、忘れていたのは、この日は波が高かったことである。三十分ほどの航海だったものの、帰りを考えると、憂鬱となる。それほど、波が高かった。
 乗務員もトイレは早目に済ますよう放送する。
 尤も、利用者らは慣れており、平気で、携帯電話を掛け、口に物を入れている。
 船内では、ホークスの試合を中継しており、負けた瞬間、溜息が聞こえる。
(第千六百九十五段)
[PR]
by akasakatei | 2008-04-21 21:29 | 余暇 | Comments(0)