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弥生鉄道旅京都(しんせんかいぎょうきょうと)

 三月二十九日、新横浜六時十八分発の「のぞみ1号」で京都に向かう。
 今年もまた東京の桜は見られそうにない。
 この時期、新線開業が相次ぐ。
 今回の目的も、一月に開業した京都市営東西線の太秦天神川~二条、二週間前に開通したJR西日本のおおさか東線である。
 車内は行楽シーズンに入ったためか満員であり、車内放送によれば、自由席はかなり込んでいるという。
 ところで、今回、乗っている車輌は昨年に登場した新型車輌である。短い区間では、その性能を分からないだろうが、楽しむことにする。目に付き易い点では、ドア上の案内文字、足元の電源コンセントなどが改良されている。
 京都には八時十一分に着く。
 ここより、京都市営烏丸線で烏丸御池に行き、東西線へ乗り換える。
 東西線の車輌は小型である。
 八分ほどで、太秦天神川である。
(第千六百七十四段)
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by akasakatei | 2008-03-31 19:13 | 余暇 | Comments(0)

怒世論(ふしょうちせいじ)

 構造改革が原因である。
 岡山駅で起きた少年による人がホームから突き落とされた事件についてである。
 そのひとつとして、経済的理由での進学の断念が言われている。以前にも触れた機会の不平等である。
 構造改革により、規制緩和、合理化など、庶民の暮らしは苦しくなるばかりである。今や、富裕層か低所得者かのどちらかで、中間層がいない。
 こうした状態なのに、構造改革を財界は国際競争の名の下に歓迎している。暮らしが成り立たなくなると、世の中は益々荒れ、物騒になることが分からないのか。
 政府には猛省を促す。
 どこかの知事は、世論を気にしていたら、政治は出来ないと言い、その失敗を税金で賄うことにした。
 納得がいかない。弱者のために使うのが筋である。
 目を転じれば、首相もまた、その会見を見ていると、他人事のようである。
 やはり、革命しかないのかもしれない。
(第千六百七十三段)
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by akasakatei | 2008-03-30 21:37 | 政治 | Comments(0)

成田山城屋(やよいしばいのわだい)

 三月の歌舞伎座へ行く。昼夜通しである。
 昼の演目は、『春の寿(三番叟・萬歳・屋敷娘)』、『一谷嫩軍記(陣門・組打)』、『女伊達』である。
 夜は、『御存鈴ヶ森』、『京鹿子娘道成寺(道行より押戻しまで)』、『江戸育お祭佐七』の演目が並ぶ。
 今月の目当ては、松嶋屋の『夕霧伊左衛門廓文章(吉田屋)』と音羽屋の『江戸育お祭佐七』である。
 これらは、対照的である。前者は和事で、後者は江戸の匂いがする。
 他の演目については、それほど関心がなかったものの、『一谷嫩軍記(陣門・組打)』と『京鹿子娘道成寺(道行より押戻しまで)』では、坂田藤十郎丈と市川団十郎丈が同じ舞台に立ったということで話題であった。
 特に、『京鹿子娘道成寺(道行より押戻しまで)』においては、成田屋の登場時間は数分間であるにも関わらず、荒事というだけで、その存在感を感じる。
 ところで、今回も昼の部では外人が目立った。ただ、残念なことに、連れて来た日本人が歌舞伎を知らないため、説明出来ず、最初の舞踊だけで帰ってしまった人らがいた。恥ずかしいことである。
(第千六百七十二段)
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by akasakatei | 2008-03-29 21:17 | 文芸 | Comments(0)

地域完結性(ちきゅうきぼにおけるきぐ)

 先の続きである。
 地域の完結性を考えると、地方より人が来るまでは、町内で全てのことが済んでいた。それが、交通や通信の発達に従い、情報がどこにいても得られるようになった。
 ここに、人の流れが出来ることになった。
 また、経済の発展が、それを後押しする。
 これにより、コミュニティが崩れ、都市では匿名性も手伝い、犯罪が増えたともいえるだろう。
 ここで忘れてならないのは、人が地方より集まった江戸と比べても、そこには、匿名性の悪い点ばかりが行動に表れてしまったことに違いない。
 江戸では、他人に対し、迷惑を掛けないことが大切だったけれど、戦後は、全く反対であった。
 代々、東京に住んでいる者にとり、そうした地方出身者は正直迷惑な存在であったと思われる。
 これが現在にも受け継がれている。更に、最近では、グローバル化と言われ、全く文化の異なる国から来る人もいる。こうした状況が続くと、治安はより悪化するのではないかと危惧される。
(第千六百七十一段)
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by akasakatei | 2008-03-28 15:35 | 地域 | Comments(0)

郊外歩(こうかしたをあるく)

 何年か前に地元では、高架化の駅になった。これに伴い、側道が設けられた。
 ある休日、それに沿い歩いてみると、故郷より都落ちして来た当時と比べ、マンションが目立つ。
 人も増えた感じである。
 故郷でもマンションは多く、人が増えても驚きはしないものの、地元の風景に溶け込んでいるとは思えない。
 郊外のイメージは、自然と一戸建てである。
 それが破壊されているからか。
 だからといって、生まれた地ではないので、別段の思いもない。ただ、郊外については否定的に考えるばかりである。
 コミュニティの崩壊は、地方の人間が都市に集まることにより、始まった。
 そうした人は郊外に住み、都市へ働きに行くようになる。互いに見知らぬ者同士である。
 結果、都市における地域の完結性が失われ、他方、人がいなくなった地方でも過疎が進むことになった。
(第千六百七十段)
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by akasakatei | 2008-03-27 15:32 | 地域 | Comments(0)

弥生演舞場(やまとたけるさいえん)

 三月十六日、新橋演舞場で行なわれているスーパー歌舞伎『ヤマトタケル』を観に行く。
 今回も、前回同様に、主人公のヤマトタケルは右近さん、段治郎さんのダブルキャストである。
 前回は右近さんだったので、今回は段治郎さんにする。
 正直、今回、行く予定はなかったのだけれど、知人が行きたいと言ったこともあり、足を運ぶことにした。
 席も二階の最前列である一等席にした。連れがある場合、演目や席に対し気を遣う。
 さて、その段治郎さんのヤマトタケルは、一般的に言われるように、清潔感を感じる。情熱の右近さんとの違いである。
 立ち回り、宙乗りなど、連れも満足した様子である。
 今回、前回と比べ、彼らの師匠である猿之助丈の上演時の脚本に戻し、そのため、時間が十五分ほど延びたというものの、上演時間、幕間時間が丁度良く、疲れることがない。
 意外に、これは観ている側にとっては重要で、客席においての集中力と関係する。
(第千六百六十九段)
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by akasakatei | 2008-03-26 21:26 | 文芸 | Comments(0)

故郷情景坂散策(あかさかふどきさかのたのしさ)

 先の続きである。
 佐貫の酒仙は、展示されている檜町公園の変わった写真を見て驚く。
 資料館を出た後、酒仙が檜町公園を見たいというので、三田より故郷まで歩く。
 途中、裏道に入ると六本木まで様々な坂がある。狸穴坂もそのひとつである。
 六本木の交差点より、ミッドタウン横を抜け、檜町公園へ行く。酒仙によれば、公園ではなく、マンションになっていると思っていたという。
 この後、本氷川坂より産土神へ行けば、丁度、結婚式が行なわれている最中であった。
 氷川坂を下り、サカスを抜け、牛鳴坂を上がり、丹後坂へと進む。この丹後坂は、坂や階段の本で採り上げられている。
 ここより、山脇学園の脇を通ると、薬研坂へ出る。三分坂方面へ向かい、その坂下にある先日見掛けた種徳寺の墓地へと足を向ける。
 高台にある墓地に上がると、空が広い。
 故郷を歩くと、改めて坂歩きの楽しさが分かる。
(第千六百六十八段)
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by akasakatei | 2008-03-25 21:47 | 地域 | Comments(0)

故郷情景檜町史(あかさかふどきとくべつてん)

 佐貫の酒仙より連絡が入る。港区の港郷土資料館で行なわれている「特別展 東京ミッドタウン前史 赤坂檜町の三万年前 旧石器~長州藩下屋敷~歩兵第一連隊」へ一緒に行きたいという。
 資料館前で待ち合わせる。
 早目に着いたので、建物内にある図書館で故郷に関する資料を探す。
平成十六年版の故郷における町内会についてのものが見付かる。ページを捲ると、自宅のあった町内会の写真がある。
肉屋、文具屋、自動車修理工場ら主人の顔触れが写っている。
また、町内会長である文具屋は、山手の空襲に対する寄稿をしていた。
この空襲は、家人にも聞いたことがある。九丁目辺りに逃げたというけれど、町内会長も同様に文にしている。
今回の特別展で、空襲の被害にも触れているが、それによれば、その逃げた辺り以外は、全て焼けてしまったことは確かなようである。
愚かな行為である。
(第千六百六十七段)
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by akasakatei | 2008-03-24 21:43 | 地域 | Comments(0)

故郷情景産土神(あかさかふどきまもりがみ)

先日、故郷へ行ったことに触れた。
 その帰り際、地元へ戻りたくない心境に襲われる。考えるに、これは方角が悪いからではないかと思われる。
 これまで、故郷の氏神と言ってきたけれど、これは産土神という側面を忘れていたともいえる。
 一説によれば、産土神は、人が他の土地へ移っても、変わらずに守護神であるという。
 ここで、ふと宗教について考えてみる。
 その図式は、心の平安を得るために、人が信じているものである。
 信じられる方もまた、困っている人に何かを与えていたはずである。
 この場合における困っている人とは、信者に限らない。
 最近では、こうした傾向がなくなり、本当に困っている人がいても、助けなくなっている。
 新興宗教に顕著である。
 某宗教の代表者は、世界中の大学の学位を買い、ノーベル平和賞を貰うべく、署名を集めさせているらしい。
(第千六百六十六段)
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by akasakatei | 2008-03-23 21:39 | 地域 | Comments(0)

故郷情景絆(あかさかふどきつきあい)

 故郷より地元に来て、町内の付き合いがないことに、まず驚かされた。
 流石に、回覧板はあるものの、どういう理由か、隣家に届ける時、声は掛けずに、ポストに入れるだけという決まりがあった。
 それまでは、隣家の人へ直接渡していた。
 また、葬式がないことも不思議であった。
 これは、身内だけ、若しくは、寺で行なっているのだろう。
 故郷では、自宅で葬式をするのが当たり前で、町内の人間が集まったものである。
 路地に、テントが立てられ、花輪が並んだ。
 親戚以外の人間も集まって、賑やかであった。
 未だに、故郷で誰かが亡くなると、その時の住民より連絡が入る。こうした地域の絆は大切である。
 葬式以外でも、病人や事故などがあると、どこで知ったのか、近所の人が駆け付ける。
 悪いことでさえ、こうした感じだから、子供の誕生、結婚の祝いがあると、すぐに情報が伝わったものである。
(第千六百六十五段)
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by akasakatei | 2008-03-22 21:50 | 地域 | Comments(0)