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故郷情景学芸会(あかさかふどきげき)

 先に、バレエ『くるみ割り人形』について触れた。
 これに関し、思い出したことがある。
 小学六年の学芸会で、これを元にして、劇を行なった。
 行なったとはいえ、こちらは大道具であり、細部は覚えていない。ただ、大砲を作った。これは、確か、戦争の場面で、使われたはずである。
 それにしても、学校劇での配役ほど好い加減なものはない。
 主役は、大抵、優等生や目立つ人間となる。
 そうでない者は、物作りが好きか、または器用さに関係なく、大道具や小道具である。
 あまり面白かった記憶はない。
 そうした中、小学四年の時には、主役が稽古中より風邪で学校を長期休んだため、舞台稽古が出来なかった。そこで、たまたまそこにいたとの理由だけで、大道具からひとり、主役の代わりに、稽古に参加させられた者がいた。
 後に、この作品はダブルキャストとなり、当日に主役を演じていた。
 これは稀有な例である。
(第千五百八十三段)
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by akasakatei | 2007-12-31 15:13 | 教育 | Comments(0)

装飾洋画家(いのちのがか)

 国立西洋美術館で行なわれている『ムンク展』へ行く。
 洋画への関心は薄い。
 今回、珍しく足を運ぶ気になったのは、気になる画家だからである。気になるとはいっても、この画家で知っているのは『叫び』だけである。
 この作品が何故か印象に残る。
 それで、他の作品も観たいと思うようになった。
 これらの中で、やはり興味を持ったのは、『不安』や『絶望』である。
 ただ、この画家の作品は、よくある洋画と比べ、未だ親しみ易い。これは、多くの洋画がキリスト教を題材とし、関心を持てないからか。
 その流れで考えると、音楽も同様で、キリスト教の匂いがする。
 どうして西洋人は、キリスト教に縛られているのか、疑問を覚える。
 『ムンク展』後、常設展を覗くと、こちらには先に書いたような絵が並ぶ。
(第千五百八十二段)
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by akasakatei | 2007-12-30 15:00 | 文芸 | Comments(0)

宗教代表者(おのれのよく)

 最近、新興宗教者と話す機会がある。
 先に、日蓮宗系教団に関し触れた。
 後日、仕事場へ、キリスト教系教団が来る。
 この教団については、以前にも書いた。
 ただ、違った点がある。この時、訪れたのは、その仲間の男性らであった。ひとりは年配者、もうひとりは若年者であった。
 その年配者より、キリスト教のイメージを訊かれたので、一神教故、排他的な印象を受けると答える。
 一神教といえば、先に会った日蓮宗系教団は、一神教を批判していたものの、日蓮宗自体、排他的要素が強く、矛盾しているのではないか。
 何れにしろ、社会学的に関心はあるけれど、信仰を持つ気はない。これについても、前に述べた。
 それにしても、世の中が不景気だからか、人は何かに縋ろうするあまり、安易に新興宗教に近付き過ぎるのではないか。
 褒められたものでもない。多くの宗教は、そうした心理を利用し、儲けに走り、上層部が己の欲を満たすものになっている。
(第千五百八十一段)
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by akasakatei | 2007-12-29 21:55 | 社会心理 | Comments(0)

眼科待合室(しゅうきょうかんゆう)

 眼科へ行く。
 受付が始まるまで、待合室で待っていたところ、後から来た年配男性に声を掛けられる。
 「自分はそこの判子屋で、哲学を勉強している。」
 よく待合室では患者同士が話しをするので、別段、不思議にも思わなかった。
 先日、母とふたりで待合室にいたら、知らない年配女性が夫婦と間違えた。察するに、眼科に来るほどだから、よく見えていなかったと思われる。
 そのような感じだから、世間話のつもりで話したら、その哲学とは、日蓮宗系の某新興宗教に関するものであった。
 「自分は北海道の銀行にいたが、女性に振られ、退職した。その後、芸術大学の作曲科へ入学したものの、ノイローゼになり、発狂寸前に、今の宗教に出会った。」
 更に、法華経は良く、今の教団の上層部は生き仏だと続けた。そして、本を勧める。
 その男性によれば、現世で苦労しているのは、前世で悪い邪教を信仰しためらしい。
(第千五百八十段) 
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by akasakatei | 2007-12-28 21:42 | 社会心理 | Comments(0)

新国立劇場舞踊(くるみわりにんぎょう)

 十二月二十二日、新国立劇場へバレエ『くるみ割り人形』を観に行く。バレエは、先日のオペラ同様、初めてである。
 チケットは例によりS席を用意する。
 観劇前に、家人や川口の清掃職人へ行くことを話したところ、意外なものに関心を持ったという顔をされる。
 さて、実際に客席に座ると、来ているのは圧倒的に女性が多い。それも女の子連れである。父親らしいのは、十組にひと組いるか、いないかである。
 察するに、習わせているのだろう。
 身形も良く、父親は始まるまで日経新聞を読んでいる。
 このような場に来たのなら、バレエを楽しむべきだろう。
 富裕層の頭は、常に仕事なのか。
 ところで、そのバレエだけれど、台詞がなく、パントマイム的な印象を持つ。
 また、鼠や蝙蝠なども出て来るため、これまでの先入観が破られる。
 思ったより、自由なのかもしれない。
(第千五百七十九段)
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by akasakatei | 2007-12-27 21:31 | 文芸 | Comments(0)

劇場前立話(おんなのかいわ)

 人の集まる場所では、面白い話しが耳に入って来る。
 その代表が駅や車内である。これらについては度々触れた。
 ここでは劇場に関して書く。
 先日、芝居に行った時、開場するまで、劇場前で待っていた。
 ここにいる人の多くは、何人かで来ている。
 知人、友人同士で、挨拶している姿を見掛けるのが日常風景となっている。
 そうした中、見合い話しが聞こえて来た。話しているのは、五十前後の女性らである。
 何でも、甲が、娘である丙を持つ乙に頼まれ、知り合いの男性の写真を渡したらしい。だけれど、見合い当日に現れた男性は、写真と異なり、老けていたという。甲は、数年前の写真だったことを謝っている。そして最後に、以下のように言う。
 「可愛い丙ちゃんに、あんな草臥れた男を紹介して、ごめん。」
 男性を外見で、判断する女性に碌な者はいない。
 また、最近では、経済力で男性を判断する女性も多いけれど、これは確実に餌を探してくるであろう強い雄を求める野生動物の雌と変わらない。
 今の女性は、いくら着飾ろうと、その本質は動物のままだといえるだろう。
(第千五百七十八段)
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by akasakatei | 2007-12-26 21:48 | 社会心理 | Comments(0)

分社化意見(りようしゃのめ)

 来年早々、車の免許の更新へ行かなければならない。行くのは、いつも試験場である。
 ゴールド免許のため、そこへは五年に一回しか行かない。
 交通機関がバスだけなので、不便で仕方がない。毎回、どのバスで行くのか、事前に調べることになる。特に、バスは系統の統廃合が激しいから、必ず調べておかなければならない。
 今回もまた調べる。
 まず、バス会社のインターネットを確認したところ、時刻表はあるものの、所要時間が分からない。
 そこで、バス会社に問い合わせる。
 連絡先を調べると、ひとつの会社だと思っていたのに、地域別に分社化しているらしい。地域別とはいっても、電車で十五分くらいの距離である。
 調布から走る系統だったので、調布営業所に電話したところ、その系統は府中にあるグループ企業の別会社だと言われる。
 利用者にとっては、分かり難い。偶に利用する人にとっては、尚更である。分社化していること自体、知らなかった。
 税金の関係上での分社化だろうが、利用者にとって内部事情はどうでも良いことである。サービスに関し、改善が望まれる。
(第千五百七十七段)
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by akasakatei | 2007-12-25 21:44 | 産業 | Comments(0)

地方上京者仕種(えどのこころをしれ)

 江戸しぐさが注目されている。
 これは、元々、諸国より江戸へ人が集まることにより、他人へ迷惑を掛けないようにするために生まれたものである。
 故郷でも、当時、よく見られたものである。自然に振舞われていた。
 わざわざ習うものでもない。
 それが、常識でなくなったのは、地方より進学するために、東京の社会を知らない若者が上京し、住み付いたことによる。
 そのような者が、子供を育てるのだから、常識のない人間が増えてもおかしくはないだろう。
 実際、郊外へ行くに従い、その種の人間が目立つ。
 中学以降、郊外の学校へ通っていたけれど、通っている連中は戦前より住んでいる東京の人間と比べ、我侭が多かった。
 尤も、これは故郷の御屋敷町に住んでいた者にもいえる。そこの連中も、戦後に地方より越して来たため、傍若無人であった。
 何れにしろ、郊外電車に乗っていると、気配りの出来ない人間がほとんどである。
(第千五百七十六段)
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by akasakatei | 2007-12-24 22:17 | 地域 | Comments(0)

師走歌舞伎座夜(しばいのはねたぎんざのよる)

 歌舞伎座へ十二月の夜の部を観に行く。
 演目は、『菅原伝授手習鑑(寺子屋)』、『粟餅』、『ふるあめりかに袖はぬらさじ』である。
今月は玉三郎丈が『ふるあめりかに袖はぬらさじ』に出演するためか、大衆席の予約が取れなかった。一階の二等席での観劇となる。ここは、座ると舞台中央に柱が視界に入る。下手をすると、大衆席より観難くなる。
 それでも、役者の表情は分かる。
 演じる役者は『菅原伝授手習鑑(寺子屋)』は、中村屋、若い成田屋らである。ただ、個人的に注目したのは、道化役の松島屋である。
 舞踊の『粟餅』は、大和屋、成駒屋である。この舞踊については、過去二回の上演記録しかない。
 故有吉佐和子氏作の『ふるあめりかに袖はぬらさじ』は、先に触れた玉三郎丈の他、一座が総出演する。
 この作品には、澤瀉屋一門も出ているものの、印象的には、付き合い程度の印象しかなかったのは残念である。
 尚、結構笑いが起こっており、玉三郎丈の別の一面を知る。
(第千五百七十五段)
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by akasakatei | 2007-12-23 22:13 | 文芸 | Comments(0)

新政府革命宣言(ちかいかかくめい)

 年金記録の名寄せに関し、結局は解決に向けて何の手立てもないことが明らかになった。
 これは予想されたことである。
 単に、政治家の選挙での口約束だったに違いない。
 首相を含めた大臣らの惚けた会見を聞いていると、その感覚は一般有権者との距離が開き過ぎている。
 また、先日の佐世保での乱射事件においても、警察は事前に地域住民より、相談があったにも関わらず、それを無視していた。
 最早、この国にとり、一般住民は、税金さえ払っていれば良いだけの存在なのだろう。
 察するに、小さな政府を目指す国は、これらのことより、国民に対し、国が何もしないことを分からせるためのひとつの例にするのではないか。
 そして、言い尽くされた自己責任で行動するよう、呼び掛けると思われる。
 先に見えるのは、政府が標榜するアメリカ型の社会だけれど、中でも、社会的弱者へ問題が多いことは明白である。
こうした層への生活を保障しないなら、その存在意義自体が問われる。改革ではなく、革命は近くなると思われる。
(第千五百七十四段)
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by akasakatei | 2007-12-22 09:44 | 政治 | Comments(0)