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呆家庭(こすて)

 熊本のある病院で、子供を保護するためのポストが設置されている。
 同時に、電話による相談も応じているらしい。
これらの利用者は全国に広がり、多くは未婚者という。
現状から察すると、安易に寝過ぎるのである。
経済状況や将来も考えず、その場の雰囲気に流されるから間違いが起こる。
自己責任である。
このような見解に対し、現代では発育が早いとの意見もあるものの、例えば、江戸では早婚だったことを忘れてはいけない。既に、中高生頃には働いていた。
こうなると、答えは簡単で、育てるために働けば良いのである。
学生の本分は別にある。
更に、付け加えれば、これは家庭での教育問題である。このような問題が起こった家庭では、親が子の身体の変化にも気付いていないようである。
呆れるばかりである。
(第千四百九十一段)
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by akasakatei | 2007-09-30 21:48 | 家族 | Comments(0)

販売機会目(これをのがすと)

 ほとんどの人は、まず店に入って、綺麗か否かを見るだろう。その時、清掃が行き届いているか分かるに違いない。
 その際、挨拶を掛けて貰えるかは重要である。
 掛けて貰えないなら、利用する気は半減するだろう。
 これで大体の印象は決まってしまう。
 その次があるとすれば、上手く展示されているかに違いない。
 この置き方も、どのように見せるかで変わってくる。
 一般的には、店頭に、その店が売りたい強化商品が置かれる。その時、類似商品はこれまでと同じ場所に置かれていたりする。
 ある程度、床面積のある店舗だとどちらかに気付かない恐れがある。ポップで対処すべきなのだが、意外と行なわれていない店もある。
 また、ひどい店になると、強化商品を入口の影に置く。それを知らない客だと、素通りをすることになる。
 こう考えると、販売機会を逃している店はかなり多いのではないか。
 細かな気遣いが分かれ目となる。
(第千四百九十段)
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by akasakatei | 2007-09-29 21:45 | 産業 | Comments(0)

別区間(やまのてかもつ)

 昨日の台風の影響か、一本前の「成田エクスプレス14号」は遅れている様子である。
 早速、窓口へ行き、指定券の変更をしようとしたところ、発車時間を過ぎていたからか、発券が出来ない。
 恐らく、プログラム上、そうした仕組みになっているのだろう。
 ただ、ここで問題にしたいのは、特急が遅れていることを指摘したにも関わらず、担当者がそれを把握していなかったことである。
 これは基本的な情報である。
 発券係であろうと、知っておくべきことだろう。
 結局、今の指定券で空いている席に座ってくれと言われる。
 「成田エクスプレス14号」は二十分遅れで、東京駅を発車する。
 品川まで地下で、そこより貨物線へ入り、新宿を目指す。
 子供の頃、塾へ通うのに、週に二回、山手線を使っていた。乗車区間は、恵比寿から五反田である。
 その当時、貨物線がこのような使われ方をするとは思ってもいなかった。
 踏み切りや山手線とのクロスなど、全く別の区間に乗っている感じである。
(第千四百八十九段)
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by akasakatei | 2007-09-28 21:41 | 余暇 | Comments(0)

都区内特急(なりたくうこうとっきゅう)

 先日、新幹線に乗ったことがない人に会った。最近では、珍しい。
 これまで国内の鉄道を全線完乗しているけれど、乗ったことがない特急は多い。
 それらのうち、今後もあまり縁のなさそうな成田エクスプレスに乗ろうと思う。
 ただ、成田空港へは向かわない。警備が厳しく、身分証明書を要求される。それに、時間もない。
 九月八日、午前中、都内での私用後に乗ることにする。
 乗車区間は東京から新宿である。これなら、山手貨物を経由し、いつもと異なる視点も可能だろう。
 当日、まず、私用前に四ツ谷のみどりの窓口で、指定券を購入したところ、担当者が念を押す。
 当然である。中央線快速で行った方が時間的に速い。それに、普通乗車券だけで乗ることが出来る。
 購入したのは、「成田エクスプレス16号」で、東京を十三時十二分発である。
 尤も、私用が簡単に終わり、一時間前にはホームに立っている。
(第千四百八十八段)
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by akasakatei | 2007-09-27 21:38 | 余暇 | Comments(0)

九月和菓子(おはぎこぼればなし)

 九月の和菓子は、おはぎにする。
 この時期には月見に関する菓子もあるけれど、いつもの店を訪れた時には、上旬だったこともあり、店頭にはなかった。
 今回選んだおはぎにも様々な種類がある。黄粉、胡麻、漉し餡、潰し餡である。
 これらのうち、好みは舌触りの良い漉し餡である。滑らかさが良い。
 これまでにも食べてきて、期待を裏切ったことはない。
 ところで、おはぎは、よく牡丹餅と比べられる。もち米とうるち米の関係、或いは、春の牡丹と秋の萩で語られる。個人的には、後者かと思われる。特に、論理的な理由はなく、無理にいえば、その名前の覚え易さである。
 そういえば、この件で、先日、北海道出身の人と話していたところ、粒し餡か漉し餡で区別するものと思っていたという。
 地方により、そうした区別があってもおかしくはないものの、そうなると、黄粉や胡麻はどうなるのか。
 残念ながら、それについては聞き漏らした。
(第千四百八十七段)
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by akasakatei | 2007-09-26 21:35 | 余暇 | Comments(0)

逆発想(はんたいよりみると)

 日本相撲協会に対し、某政治家が、横綱の処遇に関し、批判を行なった。
 その際、相撲の起源を葬儀と結び付いているとした。これは誤りである。神事である。年占と関係する。
 このような根本的なことも知らぬ日本人が多い現在、外人力士が相撲をスポーツと捉えるのも無理はないだろう。
 この際、相撲が神事であることを忘れないため、外人力士をなくすのもひとつの手ではないか。
 無理に国際化する必要はない。伝統を守らなければならない。
 結果的に、力士が日本人だけになれば、横綱、大関に日本人がいないと嘆くこともなくなる。
 同じような発想で、最近、駅では階段をなくし、エスカレータが増えている。
 ここでもまた、階段は残すべきだろう。エスカレータを設けることにより、動かなくなる人間が増えるだけである。健康面からも、階段の方が良い。悪循環となっている。
 医療費削減のためにも、階段をなくしてはならない。
(第千四百八十六段)
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by akasakatei | 2007-09-25 21:32 | 社会心理 | Comments(0)

通達文指南(しょうひしゃばなれ)

 素朴な疑問である。
 何故、役人や企業人、特に、ITや外資系企業の人間は、消費者へ説明する時、横文字ばかりを使いたがるのだろう。
 例えば、先日、プロバイダーより届いた代表者による通達には、驚かされた。全く意味が分からなかった。
 それに関しては、以前にも触れたけれど、保険会社の契約内容と同じくらい理解出来ない。
 文中にある一部の語を拾うと、まず、ユーザーより始まり、コミットメントやコア、ポテンシャリティと続く。
 この概念について、多くの人が分かっているのか。説明出来る人が何人いるのか興味深いところである。
 通達文とは、分からなくては意味がない。そうした点では、悪文であろう。
 何れにしろ、消費者相手の通達ならば、もっと分かり易い表現にすべきである。
 サービスの視点から考えると、失点である。
 利用者を失う要因となる。
(第千四百八十五段)
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by akasakatei | 2007-09-24 21:29 | 情報 | Comments(0)

東都大学野球戦(せんごくとうと)

 神宮へ東都大学野球を見に行く。
 全国大会で、東都大学のチームを見た記憶はあるけれど、このリーグ自体に足を運ぶのは初めてである。出身校でも、縁のある学校でもないからである。
 東都大学野球の特徴は、東京六大学野球と違い、指名打者制を用いていることである。
 ただ、今回、各大学のオーダーテーブルを見た限りだと、意外に下位を打たせている。
 この日の試合は第一週のため、三試合が組まれている。十時より始まり、何時に終わるのだろう。最近は、大学野球も試合時間が延びている。この傾向については、以前にも触れた。
 ところで、東京六大学野球は人気が盛り返しているらしいものの、東都大学野球にはそのような気配はない。
 スタンドは、東京六大学野球では開放されている外野席は閉鎖され、バックネット裏、内野席を一般席としている。このため、やや割高な印象もある。
 また、応援団についていえば、ここでも異なる。東京六大学野球では応援合戦が名物のひとつである。それが東都大学野球では、各大学により差がある。賑やかな大学もあれば、誰も来ていない大学もある。
(第千四百八十四段)
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by akasakatei | 2007-09-23 21:26 | 教育 | Comments(0)

奇怪談(かんたんなはなし)

 江戸では怪談、奇談が盛んだったという。
 現代から見ると、見間違いや思い違いもあったかもしれない。
 例えば、江戸でも不思議な生物が珍重された。今でも、金色の蛙が見付かれば、噂になる。単純に、そのようなものだったのではないか。
 要するに、人間自体は、江戸も現代も、基本的には変わらないと思われる。
 また、最近、都市伝説という言葉もある。これなども、勝手に話しに尾鰭が付いただけだろう。
 先日、地元で、歩道上にある商店街のポールにある照明が壊れた。落下したのだが、人が丁度下を通っていたならば、怪我をしたはずである。
 翌日には、破損部分が取り除かれ、路上に残ったのは、ポールだけである。
 それのみが、ただ立っているのは、どう考えても不自然である。
後年の人は、このようなところから、伝説を作っていくと考えられる。
(第千四百八十三段)
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by akasakatei | 2007-09-22 21:23 | 情報 | Comments(0)

幕末下手人(あまきはんざいにん)

 先日、幕末の古写真を見る機会があった。尤も、本に収められたものである。
 まず、感じるのは空の広さである。更に、写された人々や風景なども興味深い。
 それらの中でも、写されている侍の持つ雰囲気はどうか。実際に、接した場合、もし礼を欠いたなら、抜刀されそうである。
 その反面、今の時代にもいそうな人達である。現に、そこら辺に丁髷が似合う人も多い。
 また、侍の雰囲気を考えた時、時代背景を忘れてはならないだろう。
 異人らが好き勝手に、我が国を荒らしており、先の見えない頃であった。
 政情が不安定な点では、今と同様に物騒である。
 現代など、ネットが発達し、それが悪いことにも利用されている。匿名性が高い分、始末に終えない。
 幕末では、残された写真の中に処刑場のものもあり、現代人が当時にいたなら、かなりの人が磔、晒し首だったに違いない。
(第千四百八十二段)
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by akasakatei | 2007-09-21 09:53 | 社会心理 | Comments(0)