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富士三昧出(ふじをめざし)

 大学生に麻疹が流行している。直接、関係はないと思っていたところ、オープンカレッジより休講の案内が届く。それによれば、本学が休講した関係上、別校舎も閉鎖するという。校舎は離れているものの、受講している大学生もいるからだろう。
 このような理由で、一日、暇が出来る。
 折角の休日を自宅で過ごすのも、面白くなく、この機会に富士へ行くことにする。
 とはいえ、山頂は目指さない。第一、未だ山開きされていない。
 富士山五合目である。
 そこへ行くには、どうすれば良いか、調べる時間もなく、結局、最近世話になっているはとバスを利用する。
 「富士山麓周遊とスバルライン」コースを申し込む。前日だったが、空席が多く、当日も空いているのかと思っていたら、満席であった。
 参加者の半数は、アジア系外国人である。異国語が車内に響く。
 ひとりでの参加者は、ほとんどいない。
 八時二十分に、東京駅を発車する。
(第千三百六十九段)
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by akasakatei | 2007-05-31 21:13 | 国際 | Comments(0)

乳母車背景(じょうしきがみえる)

 JR山手線で、ドアに乳母車が挟まれた事故があった。
 これに関し、以前にも触れた通り、乳母車を折り畳まずに乗ろうとするから危険なのである。
 それに、満員電車に平気で、乳母車を畳まずに、乗り込もうとさえする。これは危険である。母親に、このような認識が欠け過ぎている。
 危険といえば、エスカレータに乳母車を乗せる人もいる。
 こうなると、最早理解出来ない。
 何れにしろ、乳母車を持ち込むには、周囲への配慮が欲しい。これがないから、迷惑がられるのである。
 かつては、乳母車ではなく、負んぶであった。この方が迷惑でない。
 それにしても、最近の親は、常識がないと言われる。乳母車ひとつをとっても、先のように色々と出て来る。
 背景として、子供が出来たので結婚した本末転倒型が増えていることもある。これなど、心構えが出来ていない人がほとんどであろう。
 規範や倫理に疎い人間が多い。
(第千三百六十八段)
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by akasakatei | 2007-05-30 21:10 | 家族 | Comments(0)

後帝国主義(しょうわふたたび)

 平成ももうすぐ二十年になる。
 この間の我が国における一般庶民の生活は、苦しくなるばかりである。
 全く政治、行政が無能だからであろう。
 そうした視点で考えると、江戸時代の老中は大したものである。戦後六十年で行き詰まった現代社会と比べ、その何倍もの期間、安定した社会にしたのである。
 これについては、以前にも触れた。
 このような意味では、当時の政治家は現在のそれと比較し、優秀だったに違いない。
 同じ世襲でも、大分異なる。
 何れにしろ、利権しか考えない政治家や企業関係者が多過ぎる。
 社会的弱者を標的にした福祉の切り捨てに見られる最近の風潮は、資本主義が高度に発達したと言われる帝国主義へと進んでいるのではないのか、とさえ思える。
 資本家に搾取されていることを実感する。
 古老の中には、今は、太平洋戦争に進んだ時代と似ているという人もいる。
(第千三百六十七段)
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by akasakatei | 2007-05-29 21:36 | 政治 | Comments(0)

十九年地図(せんじてつどう)

 昭和十九年に発行された鉄道地図の復刻版を買う。
 それを眺めていると、このような場所にも走っていたのかと考える。
 地方私鉄が張り巡らされている。
 そういえば、凡例にある会社線と私設電車線との違いは何だろうか。
 いくら比べてみても、分からない。
 また、当時は樺太や淡路、沖縄にも鉄道は走っていた。他にも、当然のことながら、台湾、満州、朝鮮もあり、全線完乗を目指すのは大変だと思う。
 更に、時代を感じるのは、八郎潟が描かれ、首都圏の小田急や京急が東急となっていることである。
 今、小田急沿線に住んでいるけれど、東急小田原線といっても、変な感覚でしかないものの、京急本線は、東急品川線、湘南線となっている。
 違和感が、より強い。
 それに、この地図には要塞地帯もある。こうした時代を繰り返してはならない。
(第千三百六十六段)
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by akasakatei | 2007-05-28 20:59 | 地域 | Comments(0)

科学博物館(はなてん)

国立科学博物館で行なわれている特別展「FLOWER~太古の花から青いバラまで~」に足を運ぶ。
 会場はふたつに分かれ、第一会場では花の誕生とその進化、花と人とのかかわりを展示している。第二会場ではカール・フォン・リンネについてである。
 興味深いのは、青いバラや青いカーネーションである。
 思ったより、色は浅いものの、この青さを出すのは難しいという。
 他には、世界で一番大きな花や背の高い花もある。
 これらに関し、子供の頃に本で読んだ記憶がある。
 大人になって、こうした場所へ足を向けることになるとは考えもしなかった。
 特別展の後、常設展へも行く。
 先月、オープンした日本館で、フタバスズキリュウの骨格を見る。これは以前にも触れた。
 そうした中、江戸の老婆の木乃伊もある。本人は、生前、未来の人間に、このような形で見られるとは考えもしなかったに違いない。不思議な気分になる。
(第千三百六十五段)
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by akasakatei | 2007-05-27 20:57 | 教育 | Comments(0)

夏梅麩(しょかのかし)

 八丁堀でのオープンカレッジに、土曜日は通っている。コラムニストによる懐かしい昭和の東京を解説する講義である。
 その行く途中、今年になり毎月、菓子を買いに寄る店がある。
 土曜もやっていたのかと思い、入ってみると、店主が出て来て、飾ってあるのみしかない、と申し訳なさそうにする。
 五月は柏餅を楽しむものだけれど、端午の節句はとっくに過ぎた。そこで、初夏らしい菓子を探すと、梅すいれんがある。
 麩を使ったものである。
 店主が、「よく冷えています。」と言う。
 早速、家に戻り、楽しむ。まず、笹の葉で包まれている。本物の葉を使っているのが嬉しい。
 その匂いが良い。
 肝心の菓子は、餡の中に梅が入っている。最初、普通の麩饅頭かと思っていたから、梅が出て来た時には驚かされる。
 和菓子は、その名より想像する楽しさがある。梅とはあったが、むしろ、外形と考えてしまった。
こうした意外性は面白い。
(第千三百六十四段)
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by akasakatei | 2007-05-26 20:54 | 余暇 | Comments(0)

府中森(ふちゅうのれきし)

 分倍河原にある府中市郷土の森博物館へ行く。これまで、分倍河原で下車したのは二回だけで、何れも税務署絡みである。
 地元からだと、方向的に不便だということもある。それが、今回、足を向けたのは、特別展「宮本常一の足跡~旅する民俗学者の遺産~」が行なわれているからである。
 氏の著作は、今でも出版され、それらを読むと、当時の我が国における普通の姿が見えて来る。
 ひと通り眺めた後、常設展も覗く。こちらは、府中における考古学よりの歴史が展示されている。
 都内で生まれ、育った者にとっては、馴染みのない地名が多い。未だ、地元に根を下ろしていないということだろう。
 最後に、このところ、慌ただしいので気分転換にプラネタリウムを見る。「美の女神ヴィーナスの惑星~灼熱の金星~」である。尚、前半に当日の星空に関する生解説があり、そちらの方が印象に残る。
 星座についての説明があったけれど、正直、実際に夜空を見上げ、見付ける自信はない。それに、どうして、大熊座がそう見えるのか、不思議である。
(第千三百六十三段)
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by akasakatei | 2007-05-25 20:50 | 地域 | Comments(1)

雨上利路地(ひがもどり)

 雨上がりに、都内の路地を歩くのは楽しい。大通りでは面白くない。
 これは、人や車の往来が激しいこともあるけれど、緑に残る水滴が良いのだろう。
 この感覚に関し、分かる人には理解出来るに違いない。歩き慣れない人には難しいか。
 以前に、路地の魅力には触れた。
 先日の新聞によれば、最近では、猫を探しに訪れる人も多いらしい。
 路地と猫は、確かに、合う。
 仕事場近くの路地では、猫の写真を掲げた案内さえある。
 それにしても、かつては魅力的な路地があったものの、ご多分に漏れず、地方出身者により、尽く無くされた。
 その土地の歴史を知らぬ者が、行政や都市計画に関与することに強く反対する。
 故郷など、最早面影がない。坂と路地が雰囲気に合わず、浮いてしまっている。
(第千三百六十二段)
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by akasakatei | 2007-05-24 20:54 | 地域 | Comments(0)

女子校地獄(これをしれば)

 美容院の前を通った時のことである。
 その前で、母娘らが話をしている。娘は二十代前半か。
 まず、母が言う。
 「この女性、甲子ちゃんにそっくりね。」
 この女性とは、美容院のガラスによく張られているモデルの写真である。甲子とは、娘の知り合いか。
 「違う。こんな不細工ではない。」
 娘の大声に思わず、その顔を見、モデルの写真と比べてしまう。
 大概、このようなモデルは、世間の標準よりは上の女性を使っているはずで、その声は尋常ではなかった。恨みでもあるのかと思わせる。
 これはどういうことか。
 例えば、一般的に、女子校は地獄だという。異性の目がないため、女性の持つ醜い本性を誰もが見せるとのことである。
 察するに、その心理が働いたのか。
 何れにしろ、何を考えているのか分からぬ。
 男性がそれを知るのは、結婚してからで、後悔する男性の何と多いことか。
(第千三百六十一段)
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by akasakatei | 2007-05-23 21:32 | 社会心理 | Comments(0)

十二泉森寄席道(じゅうにかいえきまえらくごかい)

 地元ホールでの落語会に行く。
 今回は、初花さんと小蝠さんが出る。小蝠さんは、この落語会に初めて登場する。
 最近、この落語会の入りは良く、浸透してきた印象があったけれど、この日は悪過ぎた。
 百人ほど入れるのだけれど、十人しかいなかった。ほぼ常連となっているのは、他にふたりだけである。
 これでは、採算が心配である。
 この理由を考えると、今回は、まず、表で宣伝をしていなかった。幟やお囃子を流すだけでも、雰囲気が違うはずである。
 また、これまでの入りが良かった時を思い出すと、噺家そのものを聴きに来ていた人もいた。
 となると、地元における認知そのものは低いと言わざるを得ない。
 宣伝をどうするかが鍵だろう。 
 こうなると、席亭だけに任せるのではなく、我々も誰かを連れて行かねばと思ってしまう。
 次回は八月に行なわれる。
(第千三百六十段)
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by akasakatei | 2007-05-22 21:37 | 文芸 | Comments(0)