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車内双観察(えいせいてきには)

 先日、コンタクトの話しに触れた。後日、他の路線においても、注意を要するコンタクトの扱いをしている五十代の女性がいた。
彼女は、故郷の駅より乗り込み、座った途端、化粧を始めた。それは、ブランド物である。
 化粧が終わった後、使い捨てのコンタクトを紙袋より取り出す。封を開け、そのまま、目に入れていた。本来、清潔を保たなければならないものである。手を洗わなければならない。
 使い捨てコンタクトは、液に入っている。その処理をどうするのかと注意していたところ、元の紙袋に入れていた。床に捨てるより良いものの、紙袋は破け易くなるに違いない。
 別の路線で、車内に蜘蛛の巣が張られている車輛に乗った。観察していると、蜘蛛が様々な糸を伝い、中心に向かっている。つまり、ここまで張られるには相当な日数が掛かったと考えられる。乗っているのは、大手私鉄である。車内の清掃を検車区で行なわないのだろうか。
 最近、車内で見たふたつの出来事である。どちらも、見方によっては、眉を顰めるものである。
(第九百七十三段)
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by akasakatei | 2006-04-30 21:50 | 社会心理 | Comments(0)

四古民家会(よんかいむいからよせ)

 花見の梯子から戻った夜、地元の古民家園におけるらん丈師匠の第四回の落語会に行く。今回、前座としてちよりんさんが来る。ちよりんさんの噺は昨年の大晦日に浅草で聞いたことがある。女性の噺家である。
 前回行なわれたのは十月である。この間、師匠は町田市の市議会議員選挙に立候補し、当選したという。花束が渡される。
 そういったことから、間が空いたのか否かは知らないものの、今回の落語会を知ったのは一週間ほど前である。主催者より、郵送で案内が届く。
 あまりにも急で驚かされた。月初めの市の広報には出ていなかった。漸く、広報に出たのは前日発行分である。果たして、何人集まるかと思っていたところ、満員である。寒い日であったけれど、人が多かったこともあり、気にならない。
 やはり木戸銭が五百円だからか、それとも、師匠の名前の力か。
 何れにしても、空いているよりは良い。
 尤も、次回より、もう少し早く日時を知らせて貰いたいことは確かである。いつものように、掲示板への張り出しを今回は何故しなかったのか疑問である。
 落語会は笑いに包まれ終わる。
(第九百七十二段)
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by akasakatei | 2006-04-29 21:49 | 文芸 | Comments(0)

雨中花梯子牡丹(はしごばなしもおちあい)

 昼食を江戸川橋でした後、下落合に向かう。池袋経由で、高田馬場に出、西武新宿線に乗る。
 牡丹の時期には、未だ早い感じだけれど、日も高く、様子を探るのも悪くない。
 駅前にあった簡易旅館は駐車場になっている。毎年、訪れていると、定点観測している気にさえなる。
 牡丹のある薬王院は駅から十分弱である。牡丹の他に、今の時期、枝垂れ桜が美しく、花弁が散る様子は何とも言えない。
 この日は雨だったこともあり、花弁は散らない。それでも、雨の桜もしっとりとし捨て難い。
 目的だった牡丹はひとつふたつしか咲いておらず、見頃は近そうである。蕾は大分大きくなっている。これらが咲けば、見応えがあるに違いない。
 駆け足で都内の花見をした。北から東、そして西、となかなか慌ただしかった。やはり、花見は時間を掛けて行ないたいものである。
次は亀戸の藤である。今年の見頃はいつか。この予想はいつも難しい。
(第九百七十一段)
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by akasakatei | 2006-04-28 21:46 | 余暇 | Comments(0)

雨中花梯子椿山(はしごばなせきぐち)

 南千住を後にし、関口に向かう。椿の名所は椿山荘である。最寄は江戸川橋となる。
 常磐線で上野に出、そこから秋葉原を経由し、飯田橋に着く。ここから地下鉄へ乗り換える。
 車内に入った時、赤い目の若い女性がいて、一瞬驚く。よく見れば、カラーコンタクトである。最近、色が増え、驚かされることが多い。
 この背景に安易に変えてみたい願望があるようで、先日もある雑誌に、その広告が出ていた。その文句にコスプレには必要とあった。コンタクトが医療器具ということを忘れているのではないか。
 そう考えている間に、江戸川橋に着く。
 ここからは十分ほどである。ホテルの入口にいる係に庭への案内を頼む。ここはいつ訪れても迷う。
 椿の時期は過ぎており、咲いているのは少しである。丁度、はとバスのツアーと一緒になり、バスガイドの案内を一緒に聞くことになる。このツアーは外人ばかりが参加している。
 雨は未だ止まない。
(第九百七十段)
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by akasakatei | 2006-04-27 21:19 | 余暇 | Comments(0)

雨中花梯子桃花(はしごばなみなみせんじゅ)

 浮間舟渡より赤羽に出、そこから日暮里経由で南千住に向かう。乗り換えが複雑である。
 南千住に着く頃には、雨が強くなる。工事中だった印象が強いけれど、今年は完成している。つくばエキスプレスが乗り入れたこともあるだろう。
 南千住の桃は素盞雄神社の境内にある。駅から五分ほど商店街を歩く。訪れると、ある店でカツサンドを売っている。販売しているのは年配の女性である。雨にも関わらず、商品を並べている。
雨の中、神社に着くと、様子が異なる。昨年、工事をしていたけれど、工事が終わり、すっきりしているのである。
ここでは、また雛人形も飾られている。
昨夜、歌舞伎で『井伊大老』を観た。舞台は、桃の節句の前日、つまり、井伊が暗殺される前日の話しとなっており、雛人形も出て来た。
桃の節句は二週間ほど前に過ぎたものの、不思議な気分となってくる。
様々な色の桃が雨に映える。
(第九百六十九段)
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by akasakatei | 2006-04-26 21:38 | 余暇 | Comments(0)

雨中花梯子桜草(はしごばなうきま)

 この時期、様々な花が楽しめる。どこを訪れるか、頭が痛む。尤も、毎年、全てを訪れている。今年は時間に余裕がなく、花見の梯子となる。
 十六日、雨が降ったり、止んだりしている。
 浮間の桜草、南千住の桃、関口の椿、そして下落合の牡丹を愛でに行くことにする。各線を乗り継ぐ必要があるため、忙しいことになりそうである。
 埼京線の浮間舟渡で下車する。ここには公園があり、釣り人もいる。一日、楽しめるところである。信号待ちをしている間、フリーマーケットに参加する若者より、台車を押してくれるように頼まれる。中は割れ物なので、気を付けろとのことである。返事もしないうちに、決めてしまう。
 手伝った後、釣り人の様子を窺いながら、桜草の会場に急ぐ。
 最近、釣りをしたこともあり、仕掛けが気になる。
 会場は例年通りで、配られるパンフレットや販売される土産物も変わらない。
 毎年、この時期にしか訪れないけれど、行かないとやはり寂しい。
(第九百六十八段)
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by akasakatei | 2006-04-25 21:46 | 余暇 | Comments(0)

根津道行古(つつじをめでに)

 十五日、歌舞伎座の夜の部へ行く前に、根津神社の躑躅を愛でる。時期的には未だ早いようで、茶店も営業はしていない。それでも訪れる人は多く、門前では土産を売っている。
 路地のため、ここら辺は散策をするのに良い。訪れた人はそれらの出店を覗いている。
 根津駅は混んでいる。
 そういえば、ここに来る地下鉄内で、最近では珍しい光景を見た。靴を脱ぎ、窓を向いている子供である。かつてはよく見られたものである。誰もが経験したに違いない。
 子供の頃、地上を走る電車は面白かったけれど、地下鉄は外が眺められず、つまらなかった。また、音のうるささも嫌いだった。飛行機の音と思っていたほどである。
 ここまで思い出した時、ふと、その昔の新聞配達は走っていた記憶が呼び起こされる。自転車やバイクなど使っていなかった。若い学生が多かった。
 今でも、学生なのだろうが、その姿はかなり異なる。これも消えた光景である。
(第九百六十七段)
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by akasakatei | 2006-04-24 20:57 | 余暇 | Comments(0)

大成駒追善(しがつよるのぶ)

 歌舞伎座で行なわれている六世中村歌右衛門五年祭四月大歌舞伎夜の部に行く。今月は、また、六代目中村松江襲名披露、五代目中村玉太郎初舞台もある。
 夜の演目は、『井伊大老』、『時雨西行』、『伊勢音頭恋寝刃(油屋・奥庭)』、そして『口上』である。
 何れの演目も観たことはない。『伊勢音頭恋寝刃(油屋・奥庭)』は比較的演じられる回数が多いものの、これまで縁がなかった。
 縁がなかったといえば、今回、追善される故歌右衛門丈に関しても、観たことはない。観始めた頃には、病気のため、舞台から遠ざかっていた。残念である。
その訃報は旅先で聞いた。東京では、一日で、花、雪、月が同時に見られた日で、故人に相応しいと言われたものである。
ところで、今回の演目で、印象に残ったのは『伊勢音頭恋寝刃(油屋・奥庭)』の松嶋屋である。
『井伊大老』、『時雨西行』も悪くはなかったけれど、静かな芝居ということもあり、周囲の雑音が気になった。隣席や後ろ、前などの客のマナーが悪過ぎた。平気で芝居に遅れ、スーパーの袋に手を入れたりし、その傍若無人には言葉も出ない。
(第九百六十六段)
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by akasakatei | 2006-04-23 18:54 | 文芸 | Comments(0)

玄鳥至(つばめとぶころ)

 五日は玄鳥至であった。燕が来る頃をいう。実際、毎年、巣を作る所に行ってみると、燕の姿がある。この巣があるのは、地元駅前の薬屋である。巣が落ちないよう、下に台を設けている。昔から、燕が来ると、福をもたらすと言われている。そうしたこともあるのか。
 ところで、この薬屋近くの駅では、利用者を大事にしない。一時、早朝に無人化を行ない、市議会でも問題となり、国土交通省を巻き込んだ騒動となった。その後、バイト駅員がひとり立つようになった。
 ある朝、人が倒れ、救急車を呼ぶ騒ぎがあった。人手がないからか、地元にある検車区から借り出されたらしい運転士らが対応していた。
 また、その夜、電車がかなり遅れていたにも拘わらず、駅員による放送もなく、事務室を覗けば、手持ち無沙汰そうにしている若い駅員がいる。
 現在、地元の駅では、窓口があるものの、極力、利用者との接触を避けようと、時刻表やパスネットの販売も売店でしか扱わなくなった。
 地域に愛される駅からはほど遠く、今、駅に求められる役割とは何か。
(第九百六十五段)
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by akasakatei | 2006-04-22 07:52 | 地域 | Comments(0)

花季節(はるにおもいだす)

 花見も終わり、桜吹雪が舞う。風に吹かれながら、地面に落ちる。そこには掃除をするのも面倒なほどの花弁がある。
 川面も同様である。中央線の御茶ノ水付近を流れる神田川は桜色になっているくらいである。
 後日、ある雨の朝、仕事場近くで、遠くが霞んでいる。ビルが雨に煙っている。春霞か、霧か。季語では各々異なる。霧は秋となる。なかなか幻想的である。
 それにしても、春となったのに、一向に暖かい日が続かない。肌寒い日がある。
 それでも、地元で散歩の途中に、桃も咲いているのを見付けた。花自体を野暮という人もあるけれど、嫌いではない。家人によれば、かつて、故郷の家には桃があり、近所の人が褒めるほど花を咲かせたという。残念なことに、建て増す時に切ってしまったらしい。生まれる前のこととはいえ、その花を見たかったものである。
更に、こうした中、早い躑躅が咲き始めている。この躑躅に関しては思い出がある。幼稚園の頃、KやH、その妹らと公園で遊んでいて、面白半分に躑躅の蜜を吸った。後年、それが毒と知った。子供とは、外で何を口にするか分からないものと、今になって気付く。
季節は確かに夏に向かっている。
(第九百六十四段)
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by akasakatei | 2006-04-21 21:33 | 地域 | Comments(0)