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雪東京(きえたぎわく)

 先日、大雪が東京にも降った。これで困るのは、翌朝よりしばらく路面が凍結することである。雪掻きをしていれば問題がないものの、何故か凍結している場所はいつも同じである。日差しの問題かとも考えたけれど、よく観察すれば、アパートや世間付き合いをしていない家、越して来たばかりの家に多い。
 自宅の前だけでも雪掻きをすれば、その家の住人も危なくないと思うのに、そうした考えはなさそうである。
 他者への思い遣りはどこへ消えたか。
 思い遣りといえば、人の心理を金で買えるとした某IT企業の社長が逮捕された。
 この事件、突然、起こったようにも見えるが、ある筋によれば、実際は、その前に世間を騒がせていたマンション偽装問題への関心を余所に向けさせるために仕組まれたものだという。
 マンション偽装問題には、政治家らが絡んでおり、そこから、某IT企業の情報が流されたものらしい。
 この話題のため、最近では、マンション偽装問題はすっかり影が薄くなった。
(第八百八十四段)
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by akasakatei | 2006-01-31 21:44 | 社会心理 | Comments(0)

二泉森寄席(えきまえらくごかい)

 地元のホールにあるスタジオで落語会が行なわれる。ここは、先日に書いたホールとは異なる。もっと規模が小さい。座席も折り畳の椅子が並べられている。
 値段は二千円で、前売りだと千八百円である。ただ、元日に連絡を入れたところ、正月ということで千五百円にしてくれた。
 この日、登場するのは、二つ目の好二郎さん、前座の橘つきさん、そして、太神楽の仙花さんである。
 こうした会に、色物が登場するのは珍しい。
 東京では、前日に雪が降り、多少早目に駅前にある会場に行けば、未だ、準備中である。
 スタジオなので、雰囲気を出すのは難しいだろう。
 それでも、お囃子が鳴れば、雰囲気は盛り上がる。
 結局、六十席のうち、半分弱しか埋まらない。気軽に足を向けるには、値段が高いと感じるのかもしれない。
 賑やかに、仲入りとなり、お楽しみ抽選もあり、親しみ易い雰囲気であるのは間違いない。
 また、一番前に座っていたため、仙花さんの手伝いをする。
 鞠を傘に投げ、更には、スタジオなので天井が低く、顔に物を高く乗せる曲芸では高座ではぶつかってしまう。ぎりぎりになったところで、彼女が高座から床に移るまでの間、渡される。道具を大事にすると言っていた。息を殺し預る。
 その重さと彼女へ渡す時のその指の太さが印象に残る。
 最後に、名前入りの千社札を模ったシールを貰う。
(第八百八十三段)
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by akasakatei | 2006-01-30 19:47 | 文芸 | Comments(0)

現聞耳頭巾(えいごよりまなびしこと)

 入試センター試験において、リスニングが上手くいかなかったという。機械に頼っているのだから、当然である。それを信じていたのだから、呆れる外ない。どうして、簡単に信じるのか。機械に完全ということはない。
 受験者の気持ちを考えれば、信じることなど出来ないはずで、所詮は他人事なのだろう。
 かつて高校の担任に聞いたところによれば、母校の入試でも行なっていたことがあるらしい。けれど、一度、機械の調子がおかしくなり、それ以来、行なわなくなったとのことである。
 試験は平等でなくてはならない。そうした点では、今回の不手際はあってはならないものである。担当者は、もっと大事なことを勉強すべきである。
 また、今年より、リスニングが設けられたのは、長文読解中心の教育に疑問が投げ掛けられたためという。
 これはどうか。国際的に仕事したい者にとっては重要だろう。国内で仕事をする分にはどうか。それに、学問の性質上、必要としないものもある。
 こうしたことを考えれば、自ずと答えは出て来るはずである。
(第八百八十二段)
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by akasakatei | 2006-01-29 16:26 | 教育 | Comments(0)

自己信(みちをいく)

 階級や階層論が活発である。大学を卒業した九十一年頃には聞かなかったものである。それだけ、貧富の差が広がっているのだろう。
 その勝組みの象徴でもある某企業は、数字のマジックを使っていたようだけれど、そこにはある意味、人が持っている欲を利用したともいえる。
 今回、損をした人が色々と出て来たけれど、こうしたことを考えながら行なうのが株ではないか。株の情報誌を見れば、この企業に関して景気の良いことを書いているものの、実態はどうであったか。頭を冷やすべきである。
 頭を冷やすといえば、食についても最近は情報で店を選ぶ人が多いらしい。それもガイドやインターネットを使っているようである。見知らぬ人の意見がどれほど参考になるのか。
 年齢、性別、体調、天気、季節により、舌での味わいは変わるものである。魚料理の店ならば、尚更である。こうした点を考慮せず、疑わずに暖簾を潜るのはどうしてであろうか。
 一番信じるべきは、自らの舌である。どうしても、情報に頼りたいならば、信頼出来る友人、知人に限る。
 更に、味を左右するのは、スタッフである。
例えば、鮨を握る手で煙草を吸うのは、それ以前の問題である。手を洗ったとしても、爪の間に残っており、それだけで食欲が失せる。
細かい心配りがどこまで出来ているか。
悪い店を消去していけば、自然と良い店が見付かる。良い店を探そうとするから難しくなる。
(第八百八十一段)
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by akasakatei | 2006-01-28 22:00 | 産業 | Comments(0)

情報網行為(かおのみえぬはたらきかけ)

 学生時代の連中と新年会を行なう。これは、十二月に結婚した川越の図書奉行の祝いも兼ねている。
 卒業後、道は様々に分かれたものの、ほぼ毎年顔を合わせられるのは幸せである。
 当時を振り返ると、今とは異なり、携帯電話やパソコンが普及しておらず、休講や試験に関する情報は行かなければ分からなかった。
 このため、大学に足を運べば、誰かに会うわけで、コミュニケーションの点では強かったに違いない。
 例えば、最近では買い物もネットで出来、極端な話し、他人と接触しなくても、生活が出来る。
 これについて社会学的に考察すれば、ネットにおける行為が社会学の中心となる社会的行為になるか否かが焦点となるだろう。
 ネットでのそれは一方的な行為であり、他者への働き掛けとの点では疑問である。とはいえ、個人と社会との関係を明らかにするのが目的であり、これは新しい領域ともいえる。
 また、こうしたものを文明から捉えれば、それは機械に使われているとも考えられる。
 本来、人とはコミュニケーションの生き物である。最近では、これが薄れている傾向が目立つ。あったとしても、我を通すものであり、そこには理解しようという姿勢が見えない。
(第八百八十段)
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by akasakatei | 2006-01-27 21:13 | 社会心理 | Comments(0)

新聞六面欄(ありすぎて)

 夜逃げもどきのことをする。とはいっても、市役所に粗大ゴミを出すためである。未だ、夜は明けていない。四時を過ぎたばかりである。これは、家人が自宅を耐震補強するに当たり、必要がないものを処分することにしたからである。
 耐震補強といえば、例の偽装販売した社長を思い出す。何でも、テレビに出る前、あるものを買うべく、仕事先に来たという。
 そのテレビの視聴率は高かったらしい。同日の新聞では、他にも、家宅捜査を受けたIT企業や宮崎事件の最高裁判決などが世間の関心だったようである。
 確かに、前者は株価に影響を与え、景気に水を差した様子である。また、後者は幼児を狙う事件の発端となったものである。何れも、現代と関係がある。
 そうした中、個人的には、読売新聞の地域面に出ていた移転に伴う母校の跡地の問題や訃報欄における世相漫談のローカル岡氏の記事が目に付いた。
特に、ローカル岡氏については、亡くなった日に、図書館から氏が昨年十月に書いた本を借りて来たから、尚更である。
 亡くなったといえば、その前日、出身学部の名誉教授も出ていた。在学中、テレビにもよく出ており、売れっ子であった。最近、見掛けないと思っていたけれど、病を得ていたのか、と思う。
(第八百七十九段)
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by akasakatei | 2006-01-26 21:11 | 情報 | Comments(0)

湯花神事社(かみかくし)

 先に、実相寺昭雄氏の著書について触れ、そこでは地元に関しても書かれているとした。
 ある日曜、そのうち行ったことのない須賀神社へ足を向けた。ここでは八月に湯花神事が行なわれるという。
 この日は小正月で、通り道の氏神ではどんど焼きを行なっている。消防団も出動しており、氏子が餅を焼き、酒を飲んでいる。
 それを横目に目的地を目指す。
 ただ、これがなかなか見付からない。頼りになるのは、本にある慶元寺より南下だけである。それを頭で繰り返すものの、結局は、全く違う方向にある。
 世の中、こうした思い込みは多い。例えば、前に、プリンタがどういう理由かは分からないけれど、ネットのページを印刷出来ないと書いた。メーカーに訊いても分からなかった。それが、ひょんなことより、パソコンに全てがインストールされていないことが分かった。
 メーカーにさえ分からない機械とは何なのか。理解に苦しむ。そこまでして、開発する必要があるのだろうか。これまでにも、パソコンにおいては、不具合があれば、全てがパソコンのことだからとメーカーが答えるのは、正直、プロ意識の欠如であり、許されることではないだろう。何故、原因を突き止めないのか。猛省を促す。
(第八百七十八段)
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by akasakatei | 2006-01-25 21:08 | 情報 | Comments(0)

毛皮連奏交(そととうちのみぞ)

 景気が回復されているからか、それとも寒いからか、他の理由かは知らないけれど、この冬は毛皮を着ている女性が多い。それを見ていると、つい『義経千本桜』の「川連館」の狐忠信を思い出してしまう。
 これだと笑い話であるものの、そうでない時もある。
 昨年は、女児が殺害された事件が多く、その時、テレビのインタビューに対し、通っていた小学校の女性校長がコートを着たまま答えていた。それが毛皮であり、違和感を覚えた。
 違和感といえば、最近では、初詣でも拝む場合に、上着を脱ぐ人は少ない。本来、上着は当然として、中には帽子を被ったままの者もいる始末である。
 これは考えるに、怖れがないためだろう。我が国における信仰心は低く、これが礼を知らないことに結び付いている。
 こうした結果、今日では傍若無人ばかりが目立つ。
 全てを金銭の物差しで測り、誇りがなくなっている。
 このところ、実学ばかりが持て囃されている傾向がある。確かに、生活では大切である。果たして人生ではどうか。芸術を楽しむ人は多い。反面、人文科学は聞かない。もっと、現代人はそれらを知る必要がある。
(第八百七十七段)
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by akasakatei | 2006-01-24 21:08 | 教育 | Comments(0)

特撮東京錦(うるとらのまち)

 町は時が経てば変わる。
 最近、実相寺昭雄氏の『ウルトラマンの東京』(ちくま文庫)を読んだ。これは、九十三年に氏が書いた同名の書を全面改稿したものである。出版は三年ほど前だったものの、つい読みそびれていた。ウルトラマン関係の東京を歩いたものである。
 それを製作していたTBSと円谷プロは、意外と身近な存在である。TBSは故郷にあり、また、後者は現在住んでいる町から電車で二駅である。
 中に目を通せば、前者は勿論のこと、後者も二駅分で、多摩川が近いこともあり、結構撮影に使っていたようである。また、ここでも書いた寺が撮影で使ったことも記されている。
 氏の映像は面白く、好みである。先日も、放映中の『ウルトラマンマックス』で唸らされた。
 察するに、多くの縁があるからかもしれない。歌舞伎、鉄道好きで、故郷に住んでいたこともある。更に、地元もかなり歩いている様子で、住んでいる人にしか分からないことまで知っている。
 こうなると親近感を抱くのが普通である。
(第八百七十六段)
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by akasakatei | 2006-01-23 07:20 | 地域 | Comments(0)

昨今万世橋(ぞうよりもえへ)

 旧万世橋駅よりの眺めは、日頃、中央線で通過しているにも拘わらず、新鮮である。特に、残されたホームに入ってくる電車は、廃駅以降、この角度から見た人は少ないはずである。
 今回、この見学に限らず、交通博物館に来た人に対し、当時の複製された硬券が貰え、旧ホームでそれを手にし、当時を偲ぶ。
 この公開は四月まで行なわれ、今度は、電車よりホームにいる人を眺めたいものである。
 それにしても、この辺は変わったものである。須田町は都電では有名な場所で何系統も走っていたという。当然、ここに駅があってもおかしくはなかったに違いない。
 先ほど、観た映像によれば、軍人の広瀬中佐の像があったらしい。
 時が流れ、現在、この辺におけるイメージは萌える町と言われる秋葉原だろう。
 この概念にしても、最近、よく聞かれるものの、この感情自体は既に、八十年代後半には「二次元の恋人」と書かれ、一部では問題視されていた。
 それが今では市民権さえ得、市場として注目を集めている。変われば変わる世の中である。
(第八百七十五段)
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by akasakatei | 2006-01-22 20:14 | 地域 | Comments(0)