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百八鐘(さらばぼんのう)

 気付けば大晦日である。
 この一年を振り返れば、スキミングで始まり、偽造マンションで終わった。金と欲による出来事が多かった。
 これらに関し、何回も触れてきた。消費社会に踊らされることがないようにしたい。子供により金を掛ける親や祖父母が多いらしいけれど、止めた方が良い。
 この世の中、内面より外見で判断するので、金を掛けたくなるのだろう。それは金の尺度であり、人間性を考えた場合には妥当ではない。金持ちが完璧ならば、これほど週刊誌が発刊されるだろうか。尤も、多くの金持ちは、裏では金により揉み消しているのが実情である。
 マルクス経済学が勉強された頃と比べ、現在では、弱者は改革のために我慢しているものの、実際は、金持ちの金持ちによる金持ちのための政治が行なわれ、搾取されていることさえ知らない。
 今後、機会不平等の社会が日常になった時、どのような光景を我々は目にするのだろうか。
 まず、人の可能性は無限とはいえなくなる。富裕層とそうでない層の差は開く一方だろう。金がなければ、子供を良い学校に行かせることも出来なくなる。
 金は有限であることを知るべきで、背伸びを考えないことである。江戸が手本となる。
 除夜の鐘で、煩悩を捨てることを勧める。
(第八百五十三段)
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by akasakatei | 2005-12-31 19:17 | 社会心理 | Comments(0)

大井川井川(ふゆのだむ)

 発車まで間がある。大井川の河原に下りる。上流にあるダムが放水する時、サイレンが鳴るとの標識がある。あまり良い気分ではない。
 かつて、金谷付近の河原にも下りたことがある。あの時も気分は良くなかった。美濃の役人とのふたり旅であった。
 井川線より眺める大井川は段々狭くなり、急になる。車掌が景色の説明をする。
 今回、乗ってみて思ったのは、運転士、車掌が若返っていることである。茶髪や長髪の若い社員が目立つ。
 十四年の月日が流れている。
 アプト式になった区間では、電気機関車が連結され、急勾配を登る。四度の角度という。
あの頃、ここら辺はダムを作っている最中であった。ダンプカーが何台も止まっていた。
 現在、そこはダムの底に沈んでいる。
 奥大井湖上では、井川線の旧線もそこにあり、水が少ない時は、姿を現す。
 廃線を見ると、『奥の細道』の松尾芭蕉のような心境になる。
 更に進み、井川近くの奥泉ダムでは放水が珍しく行なわれ、落葉が吸い込まれて行く。
 山の十二単を右手に十時四十七分、井川に着く。
(第八百五十二段)
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by akasakatei | 2005-12-30 19:16 | 地域 | Comments(0)

大井川千頭(やまのきてき)

 十八日、辺りが未だ暗い中、大井川鐡道大井川本線の金谷に立つ。今度の千頭行きは六時五十八分である。これは千頭に八時十一分に着き、九時発の井川線井川行きに連絡する。
 大井川鐡道はSLで有名だけれど、大井川本線には他社で活躍した車輛、井川線は大井川に沿うように走り、途中、アプト式がある。
 これまで、この線には九十一年夏に訪れている。その頃は大井川鉄道であった。それが、合併により旧字を使うようになった。
 この日、乗ったのは元近鉄特急の車輛でワンマンカーである。前は、西武の通勤車であり、椅子が違うだけで印象が異なる。また、車掌も乗務していた。
 茶畑を眺めながら、電車は走る。
 定刻、千頭に着く。
 季節限定の大井川・アプトラインフリーキップを見せ、途中下車する。これは、金谷から井川までの片道より若干高いだけで、往復に使え便利である。
 SL資料館を覗く。百円にしては見応えはある。会社登記簿や時刻表などが展示されている。
(第八百五十一段)
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by akasakatei | 2005-12-29 19:14 | 地域 | Comments(0)

掛川町散策(ごまんごくのまちにて)

 広島で、しゃもじかきめしの駅弁を買い、新幹線で掛川に行く。今夜の宿泊地である。都市ホテルに予約してある。
 ここに宿を取ったのは、明日、大井川鐡道を訪れるためである。起点の金谷に泊れば楽なのだけれど、切符の手配を依頼した旅行会社が自信を持って紹介出来るのはここだけであった。
 十二時発「のぞみ五十四号」で名古屋へ、そこから「こだま五百四十号」に乗り換え、掛川に十五時三十七分着。
 掛川は城下町で、五万石だったという。予約したホテルは市街地とは反対にあり、周辺には食事が出来る店は少ない。
 ホテルに荷物を置き、町を歩けば、まず、目に付くのが掛川城である。ただ、残念なことに、入れるのは十六時までである。
 残念といえば、ここには故吉行淳之介氏の文学館がある。駅より多少離れており、宮城まり子さんのねむの木学園の近くである。第三の新人を愛読している者としては、是非訪れたい場所である。時間の関係で難しく、次の機会にせざるを得ない。
 町はそう広くもなく、大型スーパーは目に付かない。個人の店が多い。商店街には空き店舗もある。天気は今にも降り出しそうで、寂しさが漂う。
(第八百五十段)
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by akasakatei | 2005-12-28 19:12 | 地域 | Comments(0)

西広島雪橋(かおにむかって)

 福知山より七時六分発「北近畿四号」で新大阪に向かう。これは福知山線経由で、四月にあった脱線の事故現場を走る。夏にも同区間に乗ったところ、誰にも分かるほど速度を落としていた。それはこの日も同様である。
 この後、新大阪より、「のぞみ百七十一号」で広島へ足を延ばす。これは広島電鉄の広電西広島(己斐)を見るためである。ある専門誌で、数年前に改装されたこの駅が紹介されており、興味を覚えたためである。
 雪の舞う広島に十時三十一分に着く。在来線に乗り換え、西広島へ向かう。
 改札を出ると、時に日が差すものの、雪が止む様子はない。三分ほど歩き、広電西広島(己斐)に着けば、続々と電車が入っては出て行く。
 まず、宮島寄りにある隣の東高須に行くことにする。こういう機会でもないと、まず下車しないだろう。
 車の往来が激しく、反対のホームに行くのも苦労する。
 これは、次に向かった福島町でも同じで、かなり車が幅を利かせている感じである。
 福島町より西広島まで歩いて戻る。雪が横より降り、太田川に掛かる橋ではこちらに向かい雪が降り付ける。
(第八百四十九段)
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by akasakatei | 2005-12-27 19:11 | 地域 | Comments(0)

上川口残月(よあけのなかで)

 福知山は未だ闇に包まれ、隣の上川口に行く電車まで一時間ほどある。高架化されたのは福知山近辺だけれど、変化を知るには高架が途切れる箇所まで行かなければならない。
 この間、コンコースに飾られた福知山駅の歴史のパネルを眺める。今とはかなり違う。今回、隣接する北近畿タンゴ鉄道のホームは高架化されなかったけれど、数年後には高架化される予定で、その頃はもっと変わっているに違いない。
 上川口に向かう電車は闇を走る。車窓には満月が見える。六時を過ぎたというのに、夜明けの気配すらないものの、それでも、ホームに立った時には、山の遥か向こうが紅に染まり始め、紫の雲が棚引く。
 この辺の夜明けは好きである。十年以上前にも見たことがある。清少納言を思い出す。
 目を反対に転じれば、山の上に残月がある。電線が邪魔しないので、視界が良い。
 こうした時は、現代では貴重である。福知山への電車が来るまでの間、この光景を焼き付ける。
(第八百四十八段)
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by akasakatei | 2005-12-26 19:10 | 地域 | Comments(0)

駅町変化夜(まちのうつろい)

 国内の鉄道を全線完乗した後、この記録を保持するには、新線開業や線路付替えにも訪れなければならず、常にアンテナを張っておく必要がある。
 そうすると、最近では高架化される場所も多いようで、その完成のニュースや分社化などの情報も引っ掛かって来る。
 これらのうち、分社化は兎も角、高架化は全線完乗に関していえば、参考記録の感じであるけれど、町の機能面で考えれば、これは重要で、なるべく足を向けるようにしている。
 十六日の東京二十一時十分発の寝台特急「出雲」で福知山に向かう。先月二十六日に、福知山が高架化されたからである。
 開放型B寝台に乗るのは久し振りで、その感想からいえば、トイレの狭さが気になる。
 また、今回、旅行会社に切符の手配を依頼したところ、何も指定しなかったためか、上段であった。これは梯子を使わねばならず、高齢者にとっては敬遠したくなるに違いない。
 こうした点を改良しなければ、益々客離れするだろう。振り返れば、B寝台のソロがあれば、それをいつも利用している。
 「出雲」が福知山に着くのは五時二十分である。
(第八百四十七段)
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by akasakatei | 2005-12-25 19:08 | 地域 | Comments(0)

行三景(ふしぎのしゃかい)

 株誤発注により儲けた証券会社が、あるひと言により利益を返上している。日頃、競争社会と言っているこの世の中なのに、合法的にも関わらず、悪いイメージを嫌い、返上しているようである。
 それならば、市場原理とは何かになってくる。
 正直、我が国では、完全な競争社会は向かないということだろう。というのも、我が国特有の価値観があるためである。最近、それが薄れた感がするのは、野暮な輩が増えたからに他ならない。かつて、それは嫌われたものである。
 先日、何ヶ月振りかで、仕事場近くのある路地を歩く。ここには昭和三十年代の美容院跡、今はある企業が事務所として使っている建物がある。それが改装されていた。
 また、懐かしいものが消える。周囲は高いビルで、ここだけ開発を逃れたのはバブルが弾けたからだろう。当時、野暮な人間が多く、それが殺伐とした今に繋がる。
 こうした反面、例えば、中央線の東京駅における夕方のラッシュでは整列を行ない、到着電車の乗客を完全に下ろした後、一旦、ドアを閉めてから、折り返しをしている。平常ダイヤなら、納得するものの、いつも三分ほど遅れているのに、律儀に行なう必要があるのか理解に苦しむ。
(第八百四十六段)
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by akasakatei | 2005-12-24 19:07 | 産業 | Comments(0)

富有核(けんじゃのしん)

 耐震偽装に関する国会の証人喚問は早かった。恐らく、身辺に被害者がいたのであろう。そうでなければ、これほど迅速に動くはずもない。それは拉致事件を見ても明らかである。
 つまり、富裕層に弱いのである。このため、公的資金も使われるようである。我が国は自己責任の国と言っていたのは誰か。
 この問題でいえば、被害者は安易に業者を信じ過ぎた気もする。競争社会の現在では、裏で何かを行なっていると考えるべきだろう。マンション問題についての本は世間でいくらでも出版されており、容易に察しが付く。
 今更、騒ぐほどのことではなく、マスコミは大袈裟ではないか。これもまた、身内にいるためだろう。
 マンションに縁のない庶民の目からすれば、身の丈に合った生活をしていれば、こうした被害に遭わなかったのではないか、と思う。
 少子化、超高齢社会において、住宅事情を考えれば、今後、余剰が出て来るに違いなく、値段は更に下がるのではないか。これについては、前にも書いたことがある。
 何れにしろ、今回の件で政府、政治家などの本心が見えたわけである。
(第八百四十五段)
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by akasakatei | 2005-12-23 19:05 | 産業 | Comments(1)

刈守真支配(ろうどうせいさく)

 前段で景気回復に触れた。これが広がるのは未だ先としたものの、九十年代以前の雇用形態のようになるとは思われない。人を増やす可能性はあるが、正社員は恐らく増やさないだろう。人件費を削った企業が経費を増やすとは考え難い。現状と変わることはないと考える。
 それでは、消費面はどうか。
 予想としては、景気に関係なく、富裕層は緩む。それ以外はどうか。この十五年近く、先行きの見えぬ社会を生きてきたこともあり、簡単には緩まないのではないか。
 となると、マスコミや政府が煽るだろう。これにより、消費が増える可能性は否定出来ない。
 政策とは、人々のためでなく、それを担当する者が自己の利益のために行なうものだからである。
 何れにしろ、庶民は政治においては蔑ろにされている。
 先の選挙では、自民党が大勝した。これは首相人気で、ほとんどの投票者は将来を考えていなかったのではないか。
 その目指すところは小さい政府で、これは富裕者を優遇する。更に苦しい生活をそれ以外は強いられる。
 こうなると、首相はM・ウェ―バーが言うカリスマ的支配ともいえる。
(第八百四十四段)
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by akasakatei | 2005-12-22 19:04 | 産業 | Comments(0)