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島役人(いのかわず)

先に某島における総務課の責任者が怒鳴り出したことに触れた。
その際、あまりにも訛りが強く、聞き取れなかったため、標準語で話すよう、伝えたところ、話せないの一点張りで、現代の国語教育に関してのお粗末さを知る。
国語教育とは、標準語を話せることを目的のひとつとしている。これが、公務員の幹部さえ出来ないとなれば、話せない人は更に多いに違いない。
それにしても、この総務課の責任者はかつてのイメージの公務員であった。
先では、問題点が異なったために触れなかったけれど、まず、問い合わせた者に対し、怒鳴った点で、公務員がサービス業との自覚は全くないといえる。
更に、この責任者への取次ぎに関し、最初に連絡した時は不在であり、職員に翌日の朝一番の連絡を頼んだものの、昼を過ぎても連絡がない有り様である。
仕方なく、こちらより連絡すれば、聞いていなかったと言い、悪びれた様子はない。この同じ職場にいながらの連絡の拙さは何か。
この時代、こうした役所仕事が未だあることを知る。正直、島だから、これで通っていると考えられ、呆れる外ない。
(第八百二十二段)
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by akasakatei | 2005-11-30 21:00 | 地域 | Comments(0)

拝復某君殿(いぎへのかいとう)

 先に、最近の結婚状況に関して触れたところ、旧友より異議が唱えられた。これについて再考する。
 彼の意見を要約すれば、理想とした専業主婦は古臭い観念で、誰もが良い暮らしのために共稼ぎを行ない、経済力は関係ないということであった。こうした結果、晩婚化に繋がっているという。
 ただ、この意見で、まず気付くのは、経済力に余裕がある層からの視点ということである。職のない人やある年齢になると仕事の減る派遣社員などの意見は反映されていないと思われる。女性に聞き取り調査を行なえば、派遣や契約社員が多いことが分かる。将来に対する不安を口にする。
 社会学的視点より、現状を分析すれば、それの最大の理由は、女性が相手の男性について、経済力を基準に選んでいることである。ここでの理想は、自分を養ってくれる男性である。女性は結婚により、現状の生活レベルが落ちることを嫌い、落ちるのならば、結婚する必要さえないと考えている。
 最近の男性の経済力は一部を除き、養えるほど楽ではない。
 同様の意見は、先日のある夕刊の論壇にも載せられていた。
斜に構えて社会を眺めないと、見落とすことになる。社会学においては、一般に常識と思われていることも、分析の結果、逆になることはよくある。現状調査を行なう場合、記入式で書いて貰う他に、面接方法も併用する。これにより、相互の補足し、理論を導き出す。
理論を現実に当て嵌めるのではない。
(第八百二十一段)
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by akasakatei | 2005-11-29 20:57 | 家族 | Comments(2)

将長正(てんのうせいのいぎ)

 首相の私的諮問機関である有識者会議は、皇位継承に関して第一子優先との決定をした。
 ここでは結論については触れず、この会議自体の意味を考えたい。
まず、皇位継承を少数で決めて良かったのか。国民の意見を反映しているとは思えない。
また、有識者の顔触れはどうか。どういう理由かは知らぬが、理系の人もいる。理系では有識者なのかもしれないけれど、畑違いだろう。
そもそも、これらの有識者会議の経過を見ていると、天皇制を前提としている。この存在意義について、意見が交わされた様子はない。
大学の文系学部において、天皇制の将来に渡る存続は疑問視されている。
第一に、それは平等という観点からである。皇族は生まれながらに、将来が保証されている。自由がないとはいっても、衣食住で困ることがないのはどうか。若者に職のない現在、これはやはり差別だろう。
第二に、公務のため、自由がないとはいえ、その公務は自分で考えるものではなく、教わりながら行なうもので、誰にでも出来るものである。
こうなると、特別の能力がなくても、その血筋だけで、全てが保証されるのは納得を得るには難し過ぎるだろう。今、改めて、見直す必要がある。
(第八百二十段)
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by akasakatei | 2005-11-28 13:21 | 政治 | Comments(0)

誤所裏(なまりつよしあるしま)

 先に某島における新住所表示に関することを書いた。
 対応した総務課職員は、個人情報保護のために教えられないとのことであった。
 そこで、課の責任者に訊く。
 結論からいえば、その責任者も同じ答えで、最後には怒鳴り出す。この態度、公務員としての自覚があるのか。
 納得出来なかったので、個人情報との関連で、県と内閣府、自治省にも問い合わせると、某島の対応は間違っているようである。
 この話をその島に住む関係者にしたところ、ある事実が浮かび上がる。何でも、役場の建設課の責任者が数日前に情報漏洩事件で有罪の判決を受けたという。
 このため、総務課を中心に情報が漏れないように、全ての情報を隠しているらしい。仮に、知りたい場合には文書で申し入れなければならない手続きを設けた様子である。
 ミステリーにありそうだけれど、あまりにも、閉鎖的な気の利かない田舎者的発想である。
 後、どこかの謎に包まれた集団にならないことを願う。
(第八百十九段)
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by akasakatei | 2005-11-27 21:02 | 地域 | Comments(0)

厄鳥流行病(とりのきょう)

 鳥インフルエンザが話題となっている。国際的にも、警戒し出している。
 最初、頭に浮かぶのは、鶏肉である。肉関連でいえば、牛肉を思い出す。こうなると、何を食べれば良いのか、と思考が外れていく。
 元に戻し、次ぐに浮かぶのは、鳥に触れないことである。鳥と遊ぶことはないものの、うっかり糞に触ることはありそうである。これなど、どうなのだろうか。
 何れにしろ、今や、世界との関わりは深く、アジアについては、経済面で無視出来ない状態となっている。とはいえ、アジア諸国における鳥インフルエンザに関する情報が行き渡っているとは思えない。
 我が国では、情報が溢れていると思っている人が多いけれど、実際にはそうでもない。持っている人とそうでない人との差が大きい。今やパソコンは誰でも持っていると思われているものの、調べると、意外とない家もあり、また、あっても使えない高齢者もいる。
 こうしたことを考えれば、アジア諸国での状態が分かるというものであろう。
(第八百十八段)
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by akasakatei | 2005-11-26 21:56 | 福祉 | Comments(0)

人間万事溶世中(はんざいれっとう)

 平成の大合併で、某島にある町が、今度、市となる。これに伴い、住所表示が変わる。
 ある情報によれば、これまで町以下にすぐに番地が続いていたのが、町名の後に地名が付き、三分割されるという。
 そこで、郵送する場合、どう住所を書けば良いのか分からないので、町役場に問い合わせる。それによれば、変更前と変更後について、教えることが出来ないという。何でも、個人の情報に関わるためとのことである。
 最近、個人情報を出して、断るところが多いけれど、こうした問い合わせも駄目なのか。
 思うに、過剰に反応し過ぎの感もある。学校の名簿も配布されず、国勢調査さえ、支障を来たす時代である。
 かつては、町内に住んでいる者、その家族構成や現在の状況まで、それこそ、子供さえ知っていたものである。
 こうした傾向は、匿名性が高くなるにつれ顕著である。匿名性で考えれば、車、パソコン、携帯電話が手に入り易くなるとともに、凶悪犯罪も増加し出した。
 正直、これらは便利さのみに目が奪われるけれど、マイナス部分に関しても考える必要がある。これまでに、我々は大切な多くのものを失った。
(第八百十七段)
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by akasakatei | 2005-11-25 21:06 | 地域 | Comments(1)

蛙蛞蝓蛇話(じゃんけん)

 二十日、新橋演舞場で音羽屋による『児雷也豪傑譚話』を観に行く。
前日、国立劇場で観劇後、新宿で佐貫の酒仙、川口の清掃職人らと飲み、二次会には参加しなかったものの、それでも、朝、寝過ごす。幸い、開演には間に合ったものの、この正月より楽しみにしていた芝居であり、観劇前夜の酒には気を付ける必要がありそうである。
今回の芝居は、最初、地方で上演された。当時より、評判が高く、今回、上手袖の二等席を漸く手に入れる。ここの席は斜めに観る感じのため、普通とは異なる印象となる。ただ、演奏家の顔が見えないのは残念である。
 演奏家といえば、大詰め、舞台中央後方で、鳴物が揃って、舞台を盛り上げていた。
 この場面は、火の粉四天が活躍し、視覚、音楽で印象に残っている。
 また、だんまりや宙乗り、歌舞伎特有の遊びなど、観たことがない人でも、楽しめる構成となっている。
(第八百十六段)
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by akasakatei | 2005-11-24 21:17 | 文芸 | Comments(0)

十三日天下(あけちのてんか)

 十九日、国立劇場に『絵本太功記』を観に行く。珍しい通しである。
この作品で有名なのは十段目の「尼ヶ崎閑居」である。これに関してはよく上演され、前に成田屋のそれを観ている。
内容は明智光秀の三日天下を描く。
今回、最初の予定では成田屋だったものの、病気再発のため、代わりに、成駒屋が初役で勤める。
成駒屋の最近の舞台を観ていると、色悪の印象が強く、どういった芝居になるのか、注目していたところ、主役の武智光秀を錦絵のように演じていた。今後、時代物が楽しみである。
ところで、この『絵本太功記』は元々浄瑠璃で、歌舞伎に移された義太夫狂言である。
この種の芝居は、毎回、上演中、居眠りしている人が多い。静かに寝ている分には構わないのだけれど、この日、隣席に座った年配の男性は鼾をかいており、あまりにも耳障りのため、周辺より白い眼で見られていた。
観察しているとほとんど寝ており、何しに来たのだろう、と思う。
(第八百十五段)
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by akasakatei | 2005-11-23 21:14 | 文芸 | Comments(0)

厭世庵(むじょうのながれ)

 久し振りに、『方丈記』、『徒然草』を読み返す。
 何れも無常観が流れている。これについて、初めて意識したのは、高校での古典の授業である。『徒然草』を勉強し、その世界に憧れ、教科書に出ていなかった箇所は文庫で探し、同時に、授業では採り上げられなかった『方丈記』は自己流で読んだ。
 厭世生活を求めたものの、どういう理由か、今でも世間と交流がある。
 正直、名誉や地位、そして金に塗れた人間関係に疲れ、それらを忘れられたら、どれほど楽かと思う。
 活字に飽き、思考に疲れ、図録が中心の新潮社から出されている稲田利徳氏・山崎正和氏の『新潮古典文学アルバム12 方丈記・徒然草』に目を通せば、そこには京の視覚的な世界が広がる。
 一度、仁和寺を始めとする縁の地に遊びたいと思うものの、箱根の山を越えること自体が億劫で、いつの日になるか分からない。
 精々、この文において自己流に、過渡期を観察するばかりになりそうである。
 とはいえ、最近では、文自体も書けない。これも先の理由による。誠に悪循環である。
(第八百十四段)
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by akasakatei | 2005-11-22 20:47 | 文芸 | Comments(0)

夜余暇(しめくくり)

 今月より仕事場の勤務時間が変更になる。これまでと比べ、一時間早くなった。このため、月曜は『水戸黄門』が始まる前に帰ることが出来るようになる。変わる前までは、印籠が出される時間であった。
 これに伴い、毎日の通勤時に顔を合わせていた人と会わなくなる。見知らぬ人なのに寂しささえ感じる。特に、朝、自宅近くで駅から自転車で来る金髪の兄ちゃんは、夜、反対に自転車で駅に向かって行く。夜勤の仕事だろうか。
 とはいえ、流石に早く帰れることは嬉しい。ゆっくりと食事、風呂が楽しめ、その後、自分の時間も出来る。早速、刷り上がったばかりの年賀状の宛名書きを行なったところ、数時間で仕上がってしまう。
 また、この文も、今までは休日に書き溜めておいたけれど、そうした必要もなくなり、休みを別のことに使えそうである。
 折角、得た時間であり、有意義に過ごさなくては無駄で、飲むことに使いたいとは思わない。それならば、読書や調べ物に使いたいと考える。
 (第八百十三段)
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by akasakatei | 2005-11-21 16:33 | 産業 | Comments(0)