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疑生物触合(じこまんぞくどうぶつあいご)

 蜂と犬、烏、鼠は嫌いである。
 江戸年中行事追体験において、花と触れる機会が増えたものの、そういう場所では大概、蜂が飛んでいる。恐怖を覚える。子供の頃に、刺されたのが未だにトラウマとなっている。
 犬も同様である。追い掛けられたことがある。
 烏や鼠は、直接的に害を加えられたことはないものの、人を馬鹿にしているようで、好きではない。
 生物で比較的好きなのは魚か。動物嫌いなのかもしれない。
 逆に、佐貫の酒仙は、一緒に歩いていて猫を見掛けると、すぐにちょっかいを出す。
 先日も同様に、上野の繁華街で、その時は川口の清掃職人もおり、酒仙が猫に構っている間に、気付かないで先に行ってしまったことがある。姿を見失ったと思ったら、後ろから走って来た。
 このように猫を相手にしたがる傾向が酒仙にはある。尤も、猫はすぐに逃げる。
かつて読んだ本によれば、猫にとって、見知らぬ人間が近付くので、すぐに逃げようとする時、かなりのストレスを感じるという。これにより、命を縮めているらしい。
 酒仙の行なっていることは、本人は気付かぬが、猫には傍迷惑な行動といえるだろう。
(第七百五十一段)
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by akasakatei | 2005-09-20 09:45 | 社会心理 | Comments(0)

不可解鏡語(ふしぎさひゃくばい)

 世の中、不可解なことが多過ぎる。
 例えば、最近では、銀行に口座の残高を確認しても、なかなか教えて貰えず、登録の電話番号に折り返すと言う。自宅にいるならば、それでも構わぬが、勤め人は会社にいることが多く、不親切である。常識が欠如しているともいえる。
このように思われないためには、まず、土日祝祭日にも対応を行なう必要がある。会社員を無視した感じで、平日だけにしか対応しないから、常識を疑われるのである。
会社員無視といえば、先日の衆議院選挙において、結局、候補者らの演説を全く聞かなかった。一体、どこで行なっていたのか。
また、選挙公報が自宅に配られたのも遅く、投票日の数日前で、期日前投票をした者にとっては、何を参考にすれば良いのか。配られた選挙公報は、この時点で廃棄物以外の何物でもない。知る機会が奪われている。
結局、投票では、小選挙区においては候補者自身を知らぬため、比例を基準に考える他なく、無所属の候補者にとって、不公平感は拭えない。
(第七百五十段)
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by akasakatei | 2005-09-19 13:14 | 情報 | Comments(0)

合理化的真手法(ななしの)

 新聞の株式欄を眺めて思うのは、この十年間くらいに耳慣れない会社が増えたことである。営業譲渡や合併、それらが日常的に行なわれ、最早、元が何だったのかさえ覚えていない。その良い例が銀行だろう。これについては前にも触れた。迷惑なこと、この上ない。
 ところで、先に、プロバイダーの話しを書いた。これも知らぬ間に、企業が変わっていた。こうした事実に関して、企業、特に、多くの個人を相手に商売している会社は、広く知らせる必要がある。経験でいえば、使っているプロバイダーや銀行は、この認識が欠如しており、迷惑ばかりを掛けられた。
 こうなると、利用者が企業に持つのは不信感だけである。一度持たれたこれを取り除くのは難しい。企業はこれを知らねばならない。
 また、譲渡や合併により、常に名前が変わること、これは利用者を悪戯に混乱させるばかりである。
 現在の経済情勢を考えると、合理化を求めて身売りがあっても可笑しくはないものの、外資系企業のようにあまりにもそれが続くと、合理化によるデメリットは考えないのかと思う。
 外資系の手法は、正直、我が国における国民性には合わず、実際、小売業やパソコンメーカーが撤退している。
 こうしたことを考え、理論を現実に当て嵌めるのではなく、現実を見据え、手法を導き出さなければならないと思われる。
(第七百四十九段)
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by akasakatei | 2005-09-18 11:05 | 産業 | Comments(0)

天狗杯(よかどう)

 年と共に、酒の好みが変わってきた。二十代前半はウイスキー、その後、ビールになり、今は純米酒である。とはいえ、料理や季節により飲みたい酒は変わる。
 こう書くといつも飲んでいると疑われるだろう。そのようなことはない。自宅で飲むのは、家人に付き合い、正月くらいである。外でも、付き合い以外は飲まない。まず、ひとりで飲むことはない。
 これは酒に対して、自分の中における占める位置が低いからで、酒に多くの金を費やしたいとは思わない。
先日、虫聴きで佐貫の酒仙と会った時、この種の話しになる。酒仙は、生活において酒が楽しみのようで、かなり遣っている様子である。会社の同僚も、それが一番という人が多いという。
確かに、我が国は酒に関しては寛容である。「酒の上での出来事」ともいう。だからといって、酒だけで人生が終わるのも、どうかと思う。
仮に、余暇を酒だけで過ごすとなれば、何れは健康面に影響を及ぼすに違いない。こう考えてくると、少子超高齢社会における医療費の負担は重くなる。
かつて、バブル経済時代には、余暇の過ごし方が問われた。最近では、ほとんど耳にしない。これは誰の懐も寂しいためであろう。それが安易に酒を求めるのか。一度の人生、過ごし方を考える時が来ている。
(第七百四十八段)
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by akasakatei | 2005-09-17 22:13 | 福祉 | Comments(0)

謎国民審査(かいばつのひげき)

 この十一日は衆議院議員選挙であった。また、最高裁判所裁判官国民審査もあった。
 ここで疑問なことがある。
 期日前投票・不在者投票において、衆議院議員選挙と最高裁判所裁判官国民審査の期間は何故異なるのであろうか。何か、合理的な理由があるのか。
 大体、当日に足を運べないから、事前に投票を行なうわけで、これだと二度足を運ぶことになる。逆に考えると、最高裁判所裁判官国民審査は軽く扱われているともいえる。今回、投票所に行くまで、これがあることを知っていた人がどのくらいいるのだろう。
 ここで思うのは、裁判官の工作である、というのも、これまでに最高裁判所裁判官国民審査により罷免された裁判官はいないとはいうものの、用紙に×を付けられるのは心情的に不快で、三権分立とはいえ、裁判官は世間を知らぬ者が多く、改正案が出たとしても、圧力を掛けているのではと思ってしまう。短期間にすれば、その数は限られる。
 前にも書いたけれど、最高裁判所裁判官国民審査において、誰が筆頭に名前を載せるかで、争っているという。有権者は裁判官を知らないけれど、×を付けないと勿体無いとの心理が働き、前に名前を連ねた裁判官ほど×が多いらしい。
(第七百四十七段)
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by akasakatei | 2005-09-16 22:35 | 政治 | Comments(0)

疑接続業者(あくぶんよこぶん)

 プロバイダーより郵便物が来る。
 何やら、細かい文字で色々と書かれている。それによれば、十月より会社が変わるようで、それに伴い、利用者においても、何やらパソコンの変更をしなければならないらしい。
 とはいえ、文そのものが横文字ばかりで、要点が一向に分からない。連絡先も、別会社のものがふたつ書かれ、どちらに連絡すれば良いのかと迷う。ひとつひとつ確認する他ない。
ひとつを選び、フリーダイヤルに連絡をする。同じ思いの利用者が多いのか、全く繋がらず、仕方なく、PHSで有料ダイヤルに掛ければ、こちらは五分ほどで担当者と話せる。
 まずはふたつの会社について訊ねるも、こちらも何が分からないのかさえ掴めていない。問答をしている間に、こちらの知りたいことは、技術的なものと思われたらしく、そちらの番号を教えられる。不満は残るものの、要は使えれば良いわけで、その技術部門に関し、手取り足取り教えてくれるのかを確認すれば、親切に教えるという。
 本当か否かは分からぬが、信用はしていない。意味不明な文を送って来た時点で、ユーザーに対する扱いを疑う。
 こうなると、頼りにするのは友人知人らとなる。十月一日、この日は出来れば、ご足労願いたいものである。願えない場合、以上のような理由により、この文も最後となるかもしれない。
(第七百四十六段)
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by akasakatei | 2005-09-15 22:01 | 情報 | Comments(1)

池上本門寺奥庭(しょうとうえん)

 三日、池上本門寺を訪れる。目的は、期間限定で公開されている松涛園である。
 本門寺は日蓮宗四大本山のひとつである。我が家の宗派は日蓮宗だが、信心深くないこともあり、この寺をこれまで訪れたことはない。名は何度も耳にしているものの、わざわざ足を向けようとの思いもなかった。
 東急池上線の池上で下車し、門前通りを歩けば、十一時過ぎだというのに、飲食店は開いている。鮨屋が目立つ。
 十分ほど歩くと、男坂が見えてくる。下から上を見上げると、本山のひとつということもあるけれど、大きな門が見える。上からの見晴らしは良さそうである。尤も、実際に上がると、最上よりも真ん中辺りの方が良い。
 犬の糞の不始末者に対する警告が張られた門を潜ると、境内は広く、題目を唱えている十代の集団や参拝者がいる。
 その傍らを通り、奥庭だった松涛園を目指す。
 それは遠く、途中、幾つものコンクリート製の建物を見る。古い寺でこれは興醒めである。
 松涛園は、江戸の頃、勝海舟と西郷隆盛が城明渡しに関して会見した場所と言われている。今ではその碑しかない。このふたりにより、江戸が守られたのに、その後、百年も経たない間に東京が焼け野原になった愚かさをつい考える。
(第七百四十五段)
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by akasakatei | 2005-09-14 23:08 | 余暇 | Comments(0)

米国二百十日(いっかのあおさ)

 先日より、アメリカにおけるハリケーンの被害を目にすることが多い。正直、アメリカは他国への介入をするよりも、自国における心配をするべきではないかと考える。
 被災地は無法地化しているという。説明もなく、テレビや新聞を目にすると、黒人が多いこともあり、発展途上国の感じさえする。
 確かに、我が国においても、阪神や新潟での大地震の時、被災地では少なからず、人の手による害があった。
 だけれど、今回のアメリカのそれは、道徳心の低さは勿論、社会的な格差を改めて見せ付けた。
 アメリカのそれについては、今に始まったことではないものの、十一日の衆議院選挙結果によっては、我が国も近い将来、その方向に向けて、国は政策を行なうであろう。
 小さい政府により、国民に貧富の差が出た時、それはこれまでの安全が保証されないことになる。というのも、機会の平等が奪われ、底辺の人々が生活水準を上げることは最早不可能になる。そうした人々の住む地域が生まれるだろう。
 強い者を優遇するこのような国が果たして、住み良いといえるだろうか。
(第七百四十四段)
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by akasakatei | 2005-09-13 22:04 | 国際 | Comments(0)

敗者復活戦(あしきふうしゅう)

 プロ野球のレギュラーシーズンも大詰めである。ホークスを応援する者にとっては、これから始まるプレーオフから目が離せない。
 昨年は、悔しい年であった。今年はどうか。
 どの球団が三位になるかによって、昨年のようになるか否かが決まると思われる。
 三位になる可能性のある各球団は九月初旬の時点で、勝率五割以下である。これらの中には、ホークスが苦手としている球団もある。
 仮に、こうした球団が日本シリーズに出場し、日本一になったとしたらどうなるか。
 昨年ならば、球界の盟主と言っていたセ・リーグにおける巨人のオーナーが怒っていたことであろう。
 だけれど、今後は分からない。何しろ、常勝を義務付けられているのに勝てない。ということは、三位でも、日本一になれる可能性のあるプレーオフを導入するのは時間の問題であろう。
 実際、何ヶ月か前に、検討すると報じられたものの、その後は何も伝わって来ない。検討されているかどうかも知らないが、何れ、巨人のオーナーのひと言で、すぐに決まるに違いない。
(第七百四十三段)
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by akasakatei | 2005-09-12 12:25 | 余暇 | Comments(0)

東京広小路(こうがいへいがい)

 夏休みが終わり、仕事場の最寄駅である東京駅も大分落ち着いて来た。
 八月の間、不慣れな利用者が多く、閉口した。特に、前にも書いた通り、中央線ホームは利用者無視の設計ということもあり、何度となく、危険な場面に遭遇する。
 エスカレータの上で行き先を確認する人、こうした人はそこで立ち止まれば、後の人がどうなるか考えることも出来ないのか。将棋倒しになる可能性もある。
 また、ここ数年、キャリーバッグによる旅行者が増えた。これにより、ひとりの占めるスペースが広くなった。これは、ただでさえ混んでいる構内では邪魔である。
 更に、子供連れも迷惑であった。自動改札において、切符の必要のない子供に切符を入れさせるのはどうか。子供が遣りたがるからといって、常に混んでいる駅であり、周囲の邪魔になるだけである。
 子育てに冷たい社会と我が国は言われるものの、子育てをしている者も、一方的に甘えるのではなく、周囲への気配りなど見直す必要がある。
 以上、様々に書いてきたけれど、その根底には公共の場の意識が足りないことである。老若男女は関係ない。どういう躾を受けてきたのかと思う。これも、郊外に住む人が増え、普段、密室である車にしか乗らないからだろう。
(第七百四十二段)
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by akasakatei | 2005-09-11 14:10 | 余暇 | Comments(0)