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狂世界(うみのそとから)

 先日、島根県で「竹島の日」が制定された。これに対し、韓国は怒っており、挙句には解決済みの戦争による賠償まで言い始めた。何を考えているのか。
 竹島はかつてより我が国の領土であり、今更、韓国が領土を主張するのはおかしい。
 テレビで観る限り、韓国内におけるそのデモの様子はおよそ主権国家とは思われない。未来への友好は難しく、今後も腹の探り合い状態であろう。
 同じ頃、アメリカからライス国務長官が来日した。目的のひとつは牛肉の輸入再開についての圧力である。どうして安全でないものを押し付けようとするのか。
 仮に、輸入されても消費者は買わないだろう。健康を害してまで、食べたいとは思えない。下院の議員らは再開しない場合、我が国に対し、経済制裁を加えると言っている。だけれど、これは逆効果だろう。アメリカに対する世論を悪くするだけである。これに気付く必要がある。
 実際、アメリカのイメージは悪くなっている。この前も、中央線の車内で、女子高生らが「アメリカの大統領は戦争好きで嫌い」と話していた。国際問題に関心がなさそうな十代にまで言われたアメリカとは何なのか。強いアメリカのために他国を犠牲にする国益優先で、本当に世界の信用が得られるのか問われている。
(第五百七十八段)
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by akasakatei | 2005-03-31 20:57 | 国際 | Comments(0)

文取形(もじのいきおい)

 この文は、下書きの段階では縦書きである。このため、横書きにすると、恐らく細かいニュアンスが違った意味で伝わると思われる。
 それを知っていながら、何故、縦書きにしているのか。
 元々、我が国における文は縦書きが基本だからであり、横書きにすると、それ自体に違和感を覚えるからである。新聞や文芸作品、その多くは縦書きである。
 どうして、ここでは縦書きが出来ないのか。大いに疑問を覚える。
 大学生になり、それまで理数系の科目以外に横書きの文を読んだことがなかった者にとって、横書きの論文ほど読み難いものはなかった。尤も、卒業する頃にはそれにも慣れてしまい、別段、苦にはならなくなったけれど、好ましいとは思っていない。
 好ましくないといえば、前に、佐貫の酒仙にこの文に写真を入れないのか、と訊かれたことがある。
 写真は文の助けにはなるものの、逆にいえば、それは文に力がないということである。確かに、写真を添えれば、この文も読み易くなるかもしれない。だけれど、表現としては写真より文で行ないたい。そうした気持ちでこれを書いている。
(第五百七十七段)
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by akasakatei | 2005-03-30 21:02 | 文芸 | Comments(0)

美早論(びこそよゆう)

 街中で聞いた話しである。
 語り手は怒っていた。
 何でも、その人は会社の出勤前に定期的に予約制の美容サロンに通っているらしい。
 ある時、慣れない新人が担当したため、終了時間を五分オーバーしたという。これだけならば、仕方がないと思える。
だけれど、その人の怒りが収まらないのは、丁度、その日は自宅で使うケア用品が切れていたので、事前にその旨を伝えていたにも拘わらず、帰り掛けに用意がなされていなかったからである。更に、その担当者本人が、施術終了後には、ロビーで待っているように言ったものの、何時まで待っても現れず、漸く来た時には忘れていたという顔をしていたとのことである。
これが事実とすれば、サービス業としては御粗末である。この会社の名前も耳にしたけれど、ここでは、大物芸能人がCMをしている会社としておく。
それにしても、この事例におけるミスはどうか。二重、三重のミスをしている。呆れる外ない。これは、日常、スタッフ間で情報の交換をしていないためである。
顧客が勤務前に来ているという情報をまず知っていれば、施術を急げ、それにより時間にも余裕が生まれ、後々の怒りまでは買わなかったと思われる。風通しを良くし、スタッフ全員で良くしようという気概がないと、今の時代に生き残ることは難しいだろう。
(第五百七十六段)
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by akasakatei | 2005-03-29 21:12 | 産業 | Comments(0)

幽錆症(ひそかのなげき)

 郵便局の話の続きである。
 最近は、全国各地に郵便局があることもあり、一般の企業でも代金の支払いに使うことが多くなった。だけれど、問題がないわけではないようである。
というのも、ある経理を担当している人から聞いた話だけれど、入金の確認をしようと思い、記帳したところ、請求書を送った覚えのない人からの払い込みがあった。確認したところ、それは窓口の人間が払い込みの処理をする時に、入力を間違えたようだという。これは基本的なことである。気が緩んでいるのではないか。もっと、お金を扱っている自覚を持つべきだろう。
更に、この経理担当者によれば、配達証明をよく使うものの、戻って来た配達証明書には、印の抜けや送付先の間違い、配達日の記入漏れが目立つという。その度に、連絡をしなければならず、時間の無駄だと零す。
これらは初歩的ミスだろう。どうして起こるのか。
しかし、彼によれば初歩的ミスはこれらだけではなかった。
ある時、住所不明で戻って来た郵便物があり、これについて、宛て先人に確認すると、引っ越してはいないという。郵便局に確認させると、これもまた郵便局のミスであった。ふたりの郵政外務職員が配達したものの、見付からなかったという。どこを探していたのか。
 何れにしろ、郵便局への不信感は高い。これもまた民間と異なり、危機感がないからだろう。
(第五百七十五段)
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by akasakatei | 2005-03-28 21:13 | 産業 | Comments(0)

幽錆曲(ひそかのなみだ)

 先日、郵便局の対応について書いた。あれから二日後、郵便局に関して、また問題が生じた。
 今度は、こちらから送った普通郵便が先方に届かなかったのである。調査を依頼することにする。今回は前のことがあるので、まず責任者に取り次いで貰おうとしたところ、電話口に出た女性が用件を聞く。
 用件を伝えると、「相手の住所が不明ならば、送付先に戻って来るので、なくなることは絶対ない」と言う。こちらとしては、先の誤配の例もあり、その可能性がある旨を伝えると、漸く取り次ぐ。が、待てど暮らせど、相手が出て来ない。出たのは五分くらいしてか。更に、驚いたことに、それは別の課の人間である。
 先日のことが未だ活かされていないようである。どうなっているのか。
 この件から、また数日後、ATMで記帳をしようと思い、通帳を入れたところ、機械がページを確認しろという。もう一度、入れ直しても同じ結果である。仕方なく、係員呼出ボタンを押す。何回か押しても来ないので、大声で呼ぶ。
 来た職員の説明によれば、通帳が汚れているか、磁気がおかしい可能性があるという。挙句には、「拒否された場合、汚れている時には消しゴムで消せば良い」とのことであったが、記帳の度に消しゴムを持って来る人間がいるとは思えない。常識的な言動を望む。また、この場合、明らかに機械がおかしい。それを考えず、利用者の責任にするとはどういう了見であろうか。
(第五百七十四段)
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by akasakatei | 2005-03-27 12:28 | 産業 | Comments(2)

食流儀(したのろんど)

 ある夜、酔った佐貫の酒仙から電話が入る。
 話しの内容は、江戸年中行事追体験の打ち合わせから、自然と前回のことになる。
 酒仙によれば、「湯島での盛り蕎麦がしょっぱかった」という。訊けば、蕎麦を全て蕎麦猪口に持っていったという。生醤油と大根の絞り汁を自分で加減する必要があることは確かなものの、汁が辛いと思えば、蕎麦の先だけを蕎麦猪口に持っていけば良いだけのことである。
 初めての蕎麦屋だと、手繰る前、まず蕎麦と汁の相性を確かめるのが普通だろう。しなくても、最初に口に入れた時に、どういう蕎麦か汁かは分かるだろう。何が何でも汁を使わなくても良いのである。
 この後、話しは鮨の食い方になる。酒仙はシャリに少しの醤油を付けるという。
 子供の頃は、確かに、シャリを醤油皿に付けていたものの、中学頃から、ネタに付けるようにしている。というのも、握り方が悪いのか、シャリを醤油に付けた途端に崩れる鮨屋もあり、これなど食べ難くて仕方がない。シャリの理想は、口に入れたと同時に広がることと思われる。
また、口に入れる時、ネタが舌の上になるようにしている。これはネタを味わいたいからである。同時に、新鮮か否かも分かるためである。
 尤も、食べ方は人により異なるものであり、その人が美味しければそれで良いことである。他人が干渉することでもない。
(第五百七十三段)
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by akasakatei | 2005-03-26 21:13 | 余暇 | Comments(0)

遠相原学舎(たまのそら)

 母校の野球部において暴力事件が発覚した。上級生が下級生をバットで殴っていたという。よく死ななかったものである。大学の運動部が事件を起こす場合、大体被害者は死んでいる。これは相撲部屋と異なり、体罰について手加減を知らないからだという。そういう観点から、今回は珍しいケースに違いない。
 在学中、スポーツ推薦の体育会の連中とは交流があったけれど、当時、そうした話しは聞かなかった。あまり強くない水球部やバドミントン部などの連中だったけれど、それでも、先輩の言うことを聞かないと丸刈りとのことであった。
 彼らと交流を持つようになったのは、英語の授業が切っ掛けである。出身学部は学力別で英語のクラスを決める。これが三年生まで続く。振り分けられた先には、体育会か付属高校からの連中ばかりが集まっていた。顔見知りにならない方が不思議である。
 こういう連中ばかりが集まったこともあり、授業はなかなか進まず、二年の時に担当になった小手指のとっつあんは「馬鹿者」ばかりを最初の頃、連発していた。とっつあん以外は講師だったから、そう気にもしなかったのだろうが、教授だったとっつあんには我慢がならないことだったと思われる。尤も、夏休み明けにもなると、とっつあんも諦めたのか、それとも元中学教師だったからか、話しが脱線するようにもなってきた。卒業後、とっつあんにはかなり世話になった。
 そのとっつあんの専門は日欧交渉史で、我々が在学中には年に何冊も本を出していた。それが最近出していないなと思っていたら、今回講談社学術文庫の新刊案内に載っていた。その頃を懐かしく思い出す。
(第五百七十二段)
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by akasakatei | 2005-03-25 20:58 | 教育 | Comments(0)

日本武尊観(えんぶじょうにて)

 十三日の昼、新橋演舞場へスーパー歌舞伎『ヤマトタケル』を観に行く。宙乗りがあるためか、ネットで予約出来るようになったためか、予約初日の十時二十分頃に電話が繋がったものの、土日の三等席は満席であった。このような事情から、今回は一等席である。
 この作品はスーパー歌舞伎の第一作で、今回の見所としては、主役が市川右近氏と市川段治郎氏のダブルキャストという点である。この日は市川右近氏が主役を勤めた。
 観ていて思うのは、病気で休養中の師匠、市川猿之助丈に体形が近く、また、口跡もそっくりであり、演じているのが師匠ではないかと錯覚すらする。
 最近のスーパー歌舞伎とは異なり、本物の火や水を使わないけれど、それを旗や布で表現している。なかなか目新しい。
 スーパー歌舞伎には各々テーマがある。この作品は「天翔ける心」である。これは猿之助丈や原作の梅原猛氏、また主人公のヤマトタケルのことを現しているという。確かに、何事にも捕らわれない精神は重要である。作中では鉄と米により、地位や名誉を求める大和の人に対し、征伐相手が批判をしている。これは現代社会への警告でもあろう。
 この作品の初演から二十年近くが過ぎた。当時これを観た人々の衝撃は凄かっただろう。一日も早く猿之助丈の体調が戻り、そのスーパー歌舞伎をまた観たいものである。
(第五百七十一段)
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by akasakatei | 2005-03-24 20:56 | 文芸 | Comments(1)

鳩舞空(へいわへのねがい)

 新宿に平和祈念展示資料館がある。資料によれば「戦争体験の労苦を語り継ぐ広場」とある。東京大空襲から六十年を経て間もない十二日に訪れる。
 場所は住友ビル内にある。入場料は無料である。ここでは主に恩給欠格者や強制抑留者、それに引揚者のコーナーがある。
正直、戦争については知らない世代である。また、身内で戦争に行った者もいない。祖父は長男ということで、免除になっていた。ただ、当時七歳くらいであった父親より故郷での空襲の様子を聞いただけである。それによれば、今は縁を切った父の弟が逃げる途中に転び、必死に起こしたこと、また、我が家の近くでは空襲で亡くなった人がほとんどいなかったことなどである。当時、故郷には連隊があり、狙われても不思議ではなかったと思われ、亡くなった人が意外に少なかったのは運が良かったとしか考えられない。
ところで、館内で印象に残るのは抑留者のコーナーにある強制収容所の再現展示である。ここにある人形は動き、ちょっと異様な感じさえする。火の見張りがナイフを動かし、夜鍋に励む。その側で寝ている者は布団の中で寝返りを打つ。
それにしても、意外と見学者は多い。二十人近くはいた。尤も、そのほとんどは年配者である。若い人の中にはアメリカとの戦争を知らない者もいる。この悲惨さを知るべきである。
(第五百七十段)
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by akasakatei | 2005-03-23 21:13 | 政治 | Comments(0)

上下流水道(だくりゅうのみなもと)

 本格的に花粉が飛び始めた。薬を飲んでいるため、そうひどい状態でもないのだけれど、それでも朝十時前後に鼻水が出る。後から流れ出る。困ったものである。
 それと同時に、腹痛も始まり、三十分毎にトイレに駆け込む。原因を考えると、前日の牡蠣フライか、それとも、夜の十時過ぎに襲名披露から戻り、小腹が空いたので、ご飯を食べた結果、胃腸に負担が掛かったのか。何れにしろ、思い当たることが多い。
 上と下から流れ出て、忙しいことこの上ない。
 このような状態のため、ここのところ、身体に力が入らず、何もする気になれない。食も細く、食べる気さえ起きない。ただ、布団に包まっていたいと願うばかりである。
 だけれど、こういう時に限り、野暮用が多く、今月の土日は家にいられない。マスクをして出掛けるものの、一度、鼻水が流れ出すと、暫くは止まらない。つい、いつ流れ出すかが気になり、野暮用が疎かになる。
 これは一種の神経症であろう。よく電車に乗っている時にトイレに行きたくなったら、どうしようかと心配する人がいる。それと似たものに違いない。
 気にしないことが一番なのだけれど、この症状にそれは難しい。
(第五百六十九段)
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by akasakatei | 2005-03-22 21:09 | 福祉 | Comments(0)