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地中店買物(もぐらにまけじと)

 普段、地元にデパートがないこともあり、まずその地下を利用することはない。比較的利用するのは博多の地下である。訪問する度に寄る。そこで鶏飯を購入する。来月も寄ることになるだろう。
 つまり、それに関しては熱心な利用者ではない。関心はあるものの、財布の紐を緩めてまで買おうという気はない。これは家人が買い物を済ませていることもある。これ以上、エンゲル係数を上げたくもないからである。
 秋祭りのある日、故郷の学級委員より飲みに誘われる。丁度、神楽の笛だったこともあり、それを伝えると、飲む場所は学級委員宅になり、肴をデパートの地下で二千五百円分を見繕うようにとのことである。
 初めてのお使いではないけれど、久し振りに何を買うかで緊張する。大体、そこに出店する店は有名なところが多いものの、名前に踊らされる方でもないため、何がそこの売り物かは知らない。
 値札と品を見比べながら、各店を回るものの、どこも同じものを並べ、名前も横文字を使っていることもあり、味付けなど非常に分かり難い。結局、最終的には、試食をさせて貰う。
 その結果、思うのは魚関係の種類が少ないことである。これは物足りなかった。並べられていたとしても揚げ物が中心である。また、煮魚があったとしても多少値段が張っている。これは各店で扱っていないから、高くしているのであろう。
 何はともあれ、勉強にはなった。
(第三百九十六段)
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by akasakatei | 2004-09-30 20:56 | 日記 | Comments(0)

悲過疎(なみにのまれ)

 新宿で行なわれているピカソ展に行く。浮世絵に関心はあっても、洋画にはない。たまたま通りかかったら、開かれていただけである。
 さて、高層ビルにある美術館にエレベーターで上がれば、東京が一望出来る。
 こういう場合、人は住んでいる場所を探す。東京タワー以外の建物について詳しくは知らず、それを基準に考える。このところ、都内では再開発の名の下に、あちこちでビルが出来ているものの、印象に残っている建物は少ない。これは独自性が感じられないからだろう。関係者は猛省すべきである。外観はガラス張りで、どこもデザインに工夫が見られない。
 そういう観点からすれば、これから見るピカソは独創的である。かつて、ピカソはそれこそ、写真に負けないくらいの絵を画いていたものの、ある時、それでは絵の価値がないことに気付き、作風を変えていったという。
 事実、絵の前に立つと、それは伝わってくる。だけれど、普通の絵を見慣れた者にとっては、解釈に時間が掛かってしまう。尤も、こうした解釈は本来必要ないものではある。文字に置き換えようとした時点で、絵の面白さが半減しているに違いない。
 周辺を見渡せば、誰もが評論家のように納得した顔をしている。それにしても、芸術を鑑賞する際、どうして難しい顔をするのか。これが足を遠退けさせている一因かもしれない。
(第三百九十五段)
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by akasakatei | 2004-09-29 20:59 | 日記 | Comments(0)

風目桶(かくだいふくしゃ)

 アメリカの今回の戦争について、国連のアナン氏は違法とした。これに関して、アメリカ大統領は批判をしている。
 大統領のこうした態度を見て、思い出すのは、読売球団の前オーナーである。彼もまた唯我独尊的であった。
 不幸なのは、自分が行なっている行動がどういった結果を全体にもたらすか分かっていないことである。考えているのは、自分の利権ばかりである。
 これについて、象徴的なアニメがある。深夜放送の『爆裂天使』である。これには、どう考えても前オーナーと現都知事を足したようなキャラクターが都知事として出てくる。そして、自分の気に食わないことに対しては弾圧的な態度を取る。
 また、ここにはアメリカ大統領も登場する。彼もまたアメリカの利権のために、驚くべきことを行なう。
 詳しくは作品に譲るけれど、これは全く歌舞伎的発想である。前にも触れたけれど、最近の作品にはこうしたものが多い。
 ところで、歌舞伎といえば、先日、中村福助丈が出演する映画『娘道成寺 蛇炎の恋』を観た。映画館へ足を運んだのは何年振りだったか。正直、かつては腰が痛くなったものだったけれど、今は改善されていた。
 この映画に興味を持ったのは女形である成駒屋が珍しくスクリーンに出たからに他ならない。成駒屋は初めて観た女形であり、その分、印象に残っている。カルチャーショックは今も忘れられない。
(第三百九十四段)
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by akasakatei | 2004-09-28 20:56 | 日記 | Comments(0)

賽之思川原(つむにつまれぬ)

 思川に先輩の子供ふたりを投げ落とした容疑者について考える。
 容疑者によれば、アパートに転がり込んできた被害者家族を迷惑に思っていたという。また、先輩によると、呼ばれたので甘えてしまったらしい。
 このふたりは、かつての暴走族仲間で、その関係もあって上下関係は厳しかったと見られる。これらから察すると、どちらの言い分も矛盾しており、自分に都合良く解釈し、話しているのではないか。
 どちらにしろ、その昔、自分が撒いた種であることには変わりがない。それが、今回の結果となったわけである。
 世間では、先輩の亡くなった子供に対する同情ばかりである。今の状態だと、容疑者は最悪の判決を受ける可能性すらある。尤も、裁判官は変革を嫌う傾向が強いから、従来通りかもしれない。
 ところで、今回もまた児童相談所や警察は機能しなかった。繰り返される悲劇である。これについて、今後どう対応するのか。家庭のことなので、入り込めなかったとも考えられるものの、各地で似た対応の結果、子供の命が奪われている。ただでさえ、少子化であり、これで益々子供の数が減り、我々の老後が厳しくなった。
(第三百九十三段)
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by akasakatei | 2004-09-27 20:59 | 日記 | Comments(0)

職業野球説(もんだいかいけつめいだい)

 プロ野球の続きである。
 ある雑誌によれば、今回の騒動の裏には、読売の前オーナーが、一リーグにするべく、オリックスのオーナーに近鉄との合併を持ち掛けたことが発端という。どこまで信用出来るか分からないけれど、読売の体質を考えれば有り得ない話ではない。
 獲得予定の大学野球の投手に金銭を渡していたことからも分かる通り、読売は球界全体よりも、自分の利益を優先していることは疑いようがない。野球をつまらなくさせているのが、読売ということにどうして気付かないのだろうか。
 こうしたことを考えれば、当初に前オーナーが描いた青写真がここまで話が拗れるとは予想していなかったに違いなく、球界の膿を出すには最適だったと思われる。
 あまりにも、球界のバランスや体質がおかしかった。これにより、健全な経営が望まれる。
 それにしても、不況が言われて久しいのに、今頃になってこの種の問題が出てきたのには驚いた。遅過ぎた感もある。選手もまた観客動員が少ないのに、年棒が上がることに疑問を持たなかったのか。もっと、世間的常識を持って貰いたいものである。夢を与える職業とはいえ、不況においても聖域という場所がないことを知らなくてはならない。
(第三百九十二段)
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by akasakatei | 2004-09-26 09:02 | 日記 | Comments(0)

職業野球解(もんだいかいけつへのすじ)

 前段の続きである。
第四に、球団数である。近鉄の選手が救済されるならば、十一球団でも構わないと思うものの、選手側は来季からの新規企業の参入を希望している。これに関しては、ライブドアと楽天が表明している。ということは、仮に来季からの参入を認められたとしても、審査の結果、どちらかが若しくは両社とも断られるということだろう。両社とも相応しくなかったならば、どうなるのか。
これらの結果、ストになったわけだけれど、ここでもまた球団側はストにおける損害賠償を検討しているという。これは経営者側が選手側を先に書いたように考えているためだろう。
選手会は労働組合だったと思っていたけれど、違うのか。労働組合ならば、労働組合法第八条によって、正当な争議行為の場合には賠償請求は出来ないとされている。
これについて、裁判で争ったならば、さてどうなるのか。勿論、これまでの判例にはない件だけれど、どこからか類推してくるのか、それとも、新たな解釈を示すのかが注目される。
尤も、ある程度の予想は付く。裁判官は、自宅と裁判所の往復で毎日が過ぎ、社用車での送迎のため寄り道もしない人達である。当然、世相にも疎く、また世間と乖離した判決と思われる。こうした中、時代劇のように世間を知っている裁判官が担当すれば、面白い判決も期待出来るに違いない。
(第三百九十一段)
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by akasakatei | 2004-09-25 06:48 | 日記 | Comments(0)

職業野球題(もんだいかいけつへのみち)

 プロ野球のストにおける球団側と選手側の意見を聞いていると、何が論点だったか見えなくなってくる。それについて整理する。
 まず、目に付くのは選手の高年棒である。これが財務を悪化させているのは疑いようがない。夢を売る商売とはいえ、この時代背景や観客数の少なさを考えれば高過ぎるだろう。
 第二は、経営者側の選手に対する態度である。発言より見下ろしているのは明白である。これは選手を下請けの個人商店の店主と考えているからだろう。この関係は対等といえず、経営者側が優位となっている。このため、選手側と最近まで話し合おうとはしなかったに違いない。
 第三に、コミッショナーの存在である。裁定する権利はないということであったけれど、それでは何のための機関か分からない。発言を聞いている限りだと、経営者側の意向ばかりに耳を傾けていたようである。
 また、法律の専門家だったこともあるが、「理屈の世界で生きてきた者にとって、感情の世界は不愉快」ということだけれど、それではコミッショナーは日常を無感情で生きているのかと問いたくもなる。
以前より触れているが、行動は予測出来ないものである。合理化を第一とする経済学でも最近では、行動科学を応用しつつある。法律学もその時期ではないか。裁判を見ても分かるが、現実と乖離した判例が多く、専門家以外には誰も納得はしていない。
こうしたことを考えれば、レジャー業のコミッショナーに畑違いを起用したのは問題であろう。まだ行動科学者関係の方が良かったかもしれない。
(第三百九十段)
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by akasakatei | 2004-09-24 22:56 | 日記 | Comments(0)

煎耐嫌(ぎじたいけん)

 この休日、新宿駅西口のみどりの窓口に行く。来月、名古屋と福岡に行く予定なので、その切符の手配である。
 連休の初日だけれど、珍しく七人ほどしか行列を作っていない。ここはフォーク状になっていることもあり、すぐに順番が来ると思っていたものの、それは間違いであった。窓口には担当が三人いるけれど、ひとりの発券に十分以上を費やしている。
 聞いていると、客が希望の列車が満席であれこれ相談を持ちかけているようである。何れも年配者である。
 どうして、満席の場合を想定して来ないのか。このため、折角の機械が遊んでしまう。後ろでつい考える。JRもチラシやポスターで呼びかけるべきである。また、購入者も備え付けの時刻表があるのだから、一旦、列を離れ、列車を調べてから並びなおすべきである。これが他人に対する気配りであろう。
 このような結果、行列は長い時で三十人ほどになり、順番が来たのは並び始めてから三十分経った頃である。改善が望まれる。
 最近、どこのみどりの窓口に行っても混んでいるけれど、不慣れな客が目立つ。このため、そこを敬遠し旅行会社を利用することもあるけれど、JRに不慣れな社員が多く、ちょっと複雑な経路を依頼すれば、間違って発券されることもしばしばである。経由や乗り継ぎにおける割引などが弱い。こうした経験から、余程のことがない限り、餅は餅屋に任せている。
(第三百八十九段)
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by akasakatei | 2004-09-23 10:26 | | Comments(0)

はじめまして

はじめまして、赤坂亭風月です。
Blogにやっと引っ越すことが出来ました。

これからよろしくおねがいします!

いままでの日記
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by akasakatei | 2004-09-23 10:25 | 日記 | Comments(0)

職業野球初罷業(けつれつのさきには)

 プロ野球史上初のストを見ることになるとは、今シーズン開幕まで考えたファンはいなかったに違いない。どういう理由にしろ、滅多に見られないものである。
 その是非は兎も角、ストという言葉を聞くのは何年振りか。かつては、春先になると、旧国鉄や私鉄のストで慌ただしい雰囲気になったものである。それも何時の間にか聞かれなくなって久しい。
 その騒がれていた時期は丁度小学校の低学年の頃で、給食を調理する人達が通勤出来ずに、代わりに菓子パンが配られたことがあった。確か、ひとり葡萄パンが二個であった。子供心にも寂しさを感じたものである。満腹に程遠かったこともあるが、更に、それを増幅させたのはその雰囲気であろう。食べ始めてから終わるまでに十分掛からなかったのではないか。
 この時の影響はひどく、生活に直結していた。それと比べれば、今回は生活への影響はまずないものの、ファンにとっては精神的に面白くないだろう。中には、禁断症状が表れる者がいてもおかしくはない。
 今後、これがプロ野球の人気にどう影響するか楽しみである。この時期、大学野球の秋季リーグや高校野球の秋季大会が開かれている。そちらに移行するのか。それともラグビーや大相撲に移るのか。結局は、そのままプロ野球を応援するのか。目が離せない。
(第三百八十八段)
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by akasakatei | 2004-09-22 19:35 | 余暇 | Comments(0)