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故郷情景夏(あかさかふどきゆうだち)

 暦ではあと一週間もすれば秋である。だが、彼岸まで暑さは残る。尤も、最近の気候はおかしいので、急に涼しくなることも考えられる。こうなると、人間とは勝手なもので、四季らしさを望んでしまう。
 それに関しての楽しみ方は人それぞれである。だけれど、現在のそれはレジャー面中心である。これは寂しい。かつては生活において楽しんだものである。自然を感じた分、良かったのではないか。
 確かに、その頃は冷房もなかった。今と比較すれば、暑く、蒸したと思うものの、それは誤りである。というのも、どこの家や会社にも冷房はなく、それから出る熱などなかったからである。今ほど気温は高くなかったのである。
玄関や窓を開け、そこから台所に抜ける風は心地良かった。軒には風鈴を吊るし、風がそれを揺らした。これは日本家屋でなければ出来ず、木造建築を見なくなった現在では懐かしいものとなってしまった。これもまた涼しくする工夫に違いない。
また、打ち水や夕立などで気温が下がると夏らしさを感じたものである。特に、昼下がりに入道雲が生まれ、空が暗くなり、雷が鳴り出すと、一気に強い雨が降り始める。家人が慌てて窓を閉めに走る。窓越しに眺めていると、激しさを増していくが三十分もすれば小降りとなって、段々と空が明るくなる。その頃はもう夕方近くである。
窓を開ければ、蝉の鳴き声が耳に入ってくる。鼻からは大地が洗い流された匂いがする。これは好ましかった。
 だが、こうしたささやかな楽しみも世の中が物騒になったために出来ない。現在、都内で夏に窓や玄関を開けたままにしている家を見つけるのは難しくなってしまった。
(第三百三十五段)
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by akasakatei | 2004-07-31 20:50 | 余暇 | Comments(0)

善悪業(はずべきこと)

 草加の交番前における暴行事件に対する埼玉県警署員の態度は、警察官として必要な条件を欠いたものとしか言いようがない。その後も、不祥事が目立つ。組織として問題があるのではないだろうか。
 外国人の犯罪や罪もない人が襲われるような治安が不安な時こそ、警察は安心して暮らせる町作りのために仕事をしなければならない。
 埼玉だけでなく、これは各都道府県の警察に共通していえることである。あまりにも、警察官に相応しくない人間を縁故で採用するため、この種の問題が生じる。
 こうした一方、福井豪雨による義捐金が各地より集まっている。中でも、一等の二億円の当たりくじを匿名で福井県に送った人には驚かされた。この世にそうした人が未だいること自体が嬉しい。金が物言う世の中となって久しいが、かつての尺度を持って生きていることは大切であり、心が豊かな人と感じさせる。これこそ、生きた金の使い方である。
 これを聞いたであろう裕福な層は恥じるべきであろう。かつての人なら「金冷えで腹下し」というところである。 
 だからといって、何かを行なう度に有名人がわざわざマスコミを呼んで発表するけれど、それは野暮以外の何者でもない。単なる売名行為である。
(第三百三十四段)
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by akasakatei | 2004-07-30 20:48 | 社会心理 | Comments(0)

故郷情景医(あかさかふどきいしゃ)

 故郷で過ごした時と比べ、現在地に移ってからの方が時間的には長くなっているものの、なかなか土地に溶け込めない。特に、感じるのは、引っ越して以降、水が不味く、家族全員が病気勝ちになり、様々な医師の門を叩く回数が増えたことである。
 この土地の水が合わないということか。一度飲んで、腹を下してから、生水は敬遠している。
 それにしても、あの頃はどうしてあれほど丈夫だったのか。
 病気の記憶を辿ると、小学校低学年までは風邪で頻繁に医師に行っていた。その後は小学六年の春休み、高校一年の秋に行ったのみである。かなり丈夫であった。事実、中学時代は皆勤であった。
 これには子供時代を知る掛かり付けのF先生も驚いていた。ここまで丈夫になるとは思っていなかったのだろう。
このF先生には思い出がある。あれは幼稚園の頃か。注射を打たれた。かなり痛く泣いた後で、船のシールを貰ったことである。それにはタンカーなどがあった。帰り際、先生が笑いながら、患者用の丸椅子に貼ったシールをこちらに見せた記憶がある。
他には外科のU先生である。こちらは小学校で右手首を骨折し、保健室の先生に連れて行かれて以来、社会人になってからも時々世話になっていた。威勢の良い先生だったが、年のために診察を止めたと風の噂に聞いた。今でも右手首を見る度に、U先生を思い出す。
(第三百三十三段)
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by akasakatei | 2004-07-29 20:47 | 余暇 | Comments(0)

故郷情景蕎麦屋(あかさかふどきそば)

 故郷での食べ物屋の思い出の続きである。
祖父には他に蕎麦、天婦羅、中華、とんかつ屋など行き付けの店があった。ここに鮨屋を上げていないけれど、祖父と店に入った記憶がないからである。鮨はいつも出前であった。また、ここで注意しなければならないのは、先に書いた食の中で、天婦羅だけは故郷ではなく、わざわざ新橋の老舗まで行っていた。
 あとは故郷であり、中でも蕎麦屋は手軽なこともあり、結構連れて行って貰った。
 これには二軒の行き付けがあり、昼夜によって行く店を変えていた。昼や出前を頼む時は江戸清、夜は長寿庵であった。どちらの店に行った時も、まず日本酒を飲み、その後で蕎麦を注文していた。この二軒の店を使い分けていたのはその雰囲気によるものか。
前者は店が狭く、行くのが昼時分だったこともあり殺気立っていた。後に、ここは平成に入ってから建て直したと聞いた。
一方、後者は店内も広く、長居が出来、ゆっくりと飲むには適していた。また、その表には甕があり、そこにはいつも金魚や目高が泳いでいた。子供は生物が好きであり、それだけの理由で長寿庵の方が好ましかった。
それにしても、幼稚園に行くか行かないかの子供を相手に、祖父は何を考え飲んでいたのだろう。その最中に、これという話をした記憶もない。ただ、黙って杯を傾けていた。だからといって、不機嫌だったわけではない。
(第三百三十二段)
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by akasakatei | 2004-07-28 20:45 | 余暇 | Comments(0)

故郷情景鰻(あかさかふどきうなぎや)

最近、国分寺の師匠との間で新橋にある鰻屋に行こうとの話が出ている。それが一向に進展しないのは、互いのスケジュールによる。このままでは、たぶん今回も企画のままで終わってしまうに違いない。
 考えれば、自らの財布を痛めて鰻を食べたのは数回しかない。敷居が高いこともある。最近ではチェーン店も出来たけれど、やはり、鰻は注文を受けてから捌き、出てくるまでの間は、漬物で日本酒を飲み、静かに待ちたい。
 こう考えるのは、子供の頃、祖父に連れられて行った故郷の店がそうした店で、着物の女将がおり鰻屋とはそうしたもののイメージがあるからである。大体、夕方の開店と同時に店に入っていた。それにしても、どのくらい待ったのだろうか。待ち草臥れ、何回も祖父に確認した記憶がある。
 鰻屋の中は今から思えば、かなり落ち着いた雰囲気で、誰の作かは知らないものの、焼き物があった。待っている間、それらを珍しい物を見る目で見回していたことは確かである。
 鰻が運ばれてくるのは、空腹を通り越した頃で、その味は今でも覚えている。山椒を掛け食べていると、会社帰りの人で賑わい始める。ということは、待ち時間は一時間近くである。今からすれば、この時間の流れは貴重である。大人になると、なかなか味わえないものである。
(第三百三十一段)
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by akasakatei | 2004-07-27 20:45 | 余暇 | Comments(0)

故郷情景書店員(あかさかふどきほんや)

 六本木にある青山ブックセンターが破産を申し立てられた。故郷とは隣町だったこともあり、よく足を運んだものである。品揃えは美術書が中心で、子供にとってはそれほど面白くなかったものの、他の書店と比べ空いていた。
 他の書店は、六本木交差点の角にあった誠志堂、あとは一ツ木にあった金松堂である。どちらも古いけれど、誠志堂はここ何年間に店仕舞いをした。
 今、故郷に書店が何軒あるかは知らないけれど、子供の頃にそう不便を感じなかったのは、本を手に取る習慣がなかったからに違いない。それでも、何かの拍子に行くことはあった。記憶にあるのは、店員の接客の悪さである。平気で、客を怒鳴っていた。
 そうした中、一番印象に残っている店員は、赤坂駅の出入り口の隣にあった金松堂の支店にいた。二十代前半くらいだったか。
 彼の名前も知らないし、話したこともない。ただ、いつも黙々と仕事をしており、よく上司に怒られていた。レジ近くには、「帰る時には電気を消すように」との張り紙があった。働くことの厳しさを知ったものである。
 故郷から現在地に引越し、何かの用事で久し振りに故郷を訪れたところ、自転車で配達している彼の姿があった。その風貌は子供の頃に見た時と変わらず、万年青年との言葉が頭を過る。
 この支店も何年か前に閉店となり、彼が本店に移ったのか否か知らない。偶にラーメン屋になったその前を通り過ぎると彼を思い出す。
(第三百三十段)
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by akasakatei | 2004-07-26 20:41 | 余暇 | Comments(0)

納涼雑談笑(もうしょをわすれ)

 名古屋場所は横綱の優勝で終わったけれど、横綱の取り組みの中で、魔法でも使ったのではないかと思われる一番があった。岩木山関との相撲がそれで、アニメで見掛けるような魔法でも使わないと百七十キロはある岩木山関を一瞬のうちに飛ばすことは不可能なような技であった。
 魔法でなければ、気か。気といえば、関係があるのか否か知らないが、朝起きると居間で家人が太極拳をしている。手の先に神経を集中させている。テレビで観たそれとは多少動きが異なる。訊けば、蚊を追っているとの返事である。
 紛らわしいこと、この上ない。
 紛らわしいといえば、ある晩、佐貫の酒仙より電話が掛かってきた。何でもスナックに行って来た帰りだという。
 「そこの娘が根性悪くて」
 同情していたら、どうも話が噛み合わない。よく聞けば「本上まなみに似て」と言っている。呂律が回っていないため、分からなかった。
 酒仙の姿を見ていると、酒を飲んだ時は自身も気を付けなければと思う。尤も、それは酒に限ったことではない。
 ある休日、怪我をしたので地元の大学病院の急患に行ったところ、熱が三十九度近くの風邪の先客がいた。看護師によれば担当医は緊急手術中だという。先客が怒っていたところ、彼女曰く「それだけの元気があれば大丈夫」
 何はともあれ、体の調子には気を付けたい。暑いからといって、冷たい物ばかりでなく、温かい物でも大量に飲めば、胃液が薄まり腹を下す。安心は出来ない。
(第三百二十九段)
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by akasakatei | 2004-07-25 20:39 | 余暇 | Comments(0)

納涼雑談暑(もうしょにたえかね)

 先日、都心では観測史上最高の三十九・五度を記録した。丁度、その時間は表にいたけれど、アスファルトの上ではもう少し高かったのではないかと思われる。あれは今までに経験したことがない空間であった。腰の辺りに特に熱気を感じ、空気が揺れているような感覚に襲われたほどである。
 こういう時は、泥鰌汁や甘酒で暑気払いをしたい。暑い時こそ、暑いものである。だが、泥鰌は勿論として甘酒も家には買い置きがない。そこで、家にあるもので代替になる物を探す。お中元の品の中からカルピスが出てくる。これに湯を注ぐことにする。
味わっていると、家人が来て何を飲んでいるのかと訊く。中身を知ると、湯で割ると酸が強くなり、歯に悪いという。歯は大事である。また、新たな代替を探さねばなるまい。
 多少涼しくなったものの、それでも気温は高い。こういう時に堅苦しい話は聞きたくない。芝居でも夏は若手が中心で、納涼歌舞伎としている。それを見習うことにしたい。
先に北総鉄道について書いた。あの段で訂正個所を発見した。次に記す。
 都市基盤整備公団から北総鉄道に譲渡としたが、正しくは、北総鉄道ではなく、千葉ニュータウン鉄道に譲渡である。そこから、北総鉄道が線路などを借りた形で営業をしているのである。
 鉄道に関心がない者からすれば、どうでも良い話であるが、こういう時でないと気楽な話は書けない。
(第三百二十八段)
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by akasakatei | 2004-07-24 20:38 | 余暇 | Comments(0)

鷽鳥沙(とうけいのした)

 貧富の差は広がるばかりである。その中間が少ない感じである。これが、現在の晩婚化や未婚率の高さ、少子化に繋がっているのは疑いようがない。
 先日、柏で佐貫の酒仙に会った時、どこかのテレビ番組で調査した結果、少子化の原因のひとつとして、「三十代の独身男性は二十代前半の女性を求め、また、三十代の独身の女性は同世代の男性を求める」と言っていたという。
 その調査について、サンプルの選び方をどうやったかは知らないけれど、ある程度疑う必要はある。調査とは、元々完全なものではなく、質問文ひとつとっても、こうした結果を得たいとする調査側によって、誘導されてしまうことがよくある。統計や調査結果を見る時は気を付けなければならない。
 社会調査ばかりでない。他にもこうしたことは多い。広い視点からすれば、世の流行についても、業界によって踊らされているだけである。それを知らずに消費しているのである。
 先日、経済白書が発表された。今やこれを信じている者はほとんどいないけれど、かつてはそうでもなかった。現在の傾向は悪くない。良いにしろ、悪いにしろ、政府は国民を自分達の決定方向に向かわせようとする。議論の末ならば問題はないものの、実際はそうでもない。我々はもっと考えるべきで、テレビやインターネットの情報ばかりに流されるのではなく、書物や様々な人の意見を聞いた上で判断をする必要がある。
(第三百二十七段)
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by akasakatei | 2004-07-23 20:37 | 社会心理 | Comments(0)

是為勤(こだいよりかわらぬやくにんの)

 参議院選挙は自民党に厳しい結果となった。この敗因については、年金問題もそのひとつに違いない。
 ある未納していた大臣は選挙前、「個々に通知しないから未納が生じた。社会保険庁に問題がある」と発言した。これはおかしい。自己責任の時代ではなかったのか。それに関して忘れた、知らなかったと政治家は発言するけれど、そこに反省はなく、他者への責任転嫁ばかりである。自分で調べ、手続きを行ない、納めるのは個人の責任であろう。責任感がないため、先のような発言になる。
 だからといって、社会保険庁の責任がなくなるわけではない。未納問題は、かなり以前より分かっていたはずで、手を打たなかったのは何故か。
 知り合いの元国務大臣の秘書によれば、税務署にしろ、個人についての支払い状況は把握しているものの、ひとりひとり追及していると、費用やその他の面で赤字となるので、督促を行なわないという。督促するのは、悪質な場合らしい。
 こうした考えは止めるべきで、税は平等なものでなくてはならない。今の税法は、どう考えても納得は出来ない。高所得者からより徴収するようになっているものの、それによって高所得者が生活に困ったとの話は聞かない。その反対の低所得者が税金を払うのも困っているとの話はよく聞く。この不公平感は何とかならないものか。高所得者に対する課税が甘いのではないか。たぶん、政治家に高所得者の関係者より課税に対して圧力があるに違いない。
(第三百二十六段)
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by akasakatei | 2004-07-22 20:35 | 政治 | Comments(0)