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答稽楽(ないかくさいてん)

 大物政治家らが年金を忘れ、または知らなかったという。果たして本当だろうか。そのようなことはないに違いない。新聞に年金の文字が踊らない日はない。それに若者さえ関心が高い話題である。それをそうした言い訳だけでは、誰も納得しないだろう。
 車内や飲み屋に行っても、このニュースで持ちきりである。口から泡を飛ばしながら、皆吠えている。それだけ、国民は怒っている。
 事の発端は例の女優から始まったことだけれど、社会保険庁のいい加減さはどうだろうか。詳しく調べる必要があるし、未加入や未納の人がいれば、すぐに手を打つべきである。
 それにしても、現内閣はよく続いている。支持率も結構ある。財政も悪く、構造改革も上手くいってはいないが、外交関係だけは国益に関するため報道も大きく目立つため、よくやっていると思わせるからだろう。確かに、北朝鮮やイラクなどの問題は難しく、最近の首相経験者ならばどう対処したのか。尤も、一説によれば、誰がやっても同じで、現内閣が続いているのは偶然だという。それはよく見掛ける支持率調査に関係する。その調査が事件後に行なわれるケースが多く、このために支持されていると勘違いしているとの理由である。
 統計学で完全な調査はない。電話、郵送、聞き取り、記入など、どこかに欠点はある。それは、調査時期に関してもそうだろう。ただ、何かの後に調査を行なうのは一般的で、偶然ではない。やはり、これもその力量といえ、物差しとして無視は出来ない。とはいえ、首相個人で持っている印象があるのは否めない。
(第二百四十三段)
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by akasakatei | 2004-04-30 17:33 | 政治 | Comments(0)

史捨夢(ふでのさきより)

 システム手帳を使っている。その住所録が汚れてきた。引越しや携帯電話の買い替えによる番号の変更など、連絡を貰う度に、修正を加えてきたものの、どれが本当のそれか分からなくなってしまった者もいる。
 東青梅の地主や佐貫の酒仙、横浜の幹事、それに川越の図書奉行らが特にそうで、中でも、酒仙はメールアドレスを何回も変えるので、PHSで確認しないと現在どれだったのか分からないほどである。
 これを機に新しく書き直すことにする。新宿の東急ハンズに行くが、意外に住所録の種類が少なく、またメールアドレスの記入欄が狭い。ひとりで幾つも持っている時代なのにどうしてだろうか。
 それは兎も角、この際なので、削除や追加などもする。この作業は年賀状と似ているものの、いつどのような時に、助けて貰うことになるか分からず、結構難しい。ただ、迷わず削除出来るのは、過去に付き合っていた女性らだけである。たぶん、年齢からいって、結婚し、名前や住所は変わっているだろう。役に立たないのなら、書き写す必要はない。
 それにしても、書いていると、何年も年賀状だけの遣り取りしかないのに、その頃を思い出し、こちらから連絡したくなるのは不思議である。現状がいつも最悪のため、その時は消したい過去だったに違いないが、無事に超えられたということで美しく見えるのだろう。
 もっと前向きにならねばなるまい。
(第二百四十二段)
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by akasakatei | 2004-04-29 17:32 | 余暇 | Comments(0)

黄昏夕暮歌(あおいかなたに)

 『豆腐百珍』を調べていると、佐貫の酒仙より連絡がある。久し振りに東京に出てきたので、飲まないかという。
 昨年までなら迷わずに行くところである。ただ、今年は書くことに集中したかったので、なるべく控えている。それに、年とともに、次の日までアルコールが残り、苦しむのが分かっている。体力勝負である。体格の良い酒仙との時は尚更である。
 とはいえ、会うのは二月以来であるし、この機会を逃せば、しばらくは会えないだろうから、ひと風呂浴びてから待ち合わせの新宿南口に向かう。
 それにしても財布が軽い。今、財政は火の車である。懐から「ひもじい」と泣き声が聞こえる。自己嫌悪になる。酒仙には先に懐事情を伝えているが、今までの経験から予算内では無理に違いない。
 それを考えると、明日から当分は困窮した生活にならざるを得ない。石川啄木や山上憶良を思い出す。
 黄昏気分で杯を交わす。
 最近、酒仙との話題は身体の調子加減がほとんどである。どうも陰気臭く、益々気が滅入る話題である。それでも、そこから話は広がり豆腐の話になる。
 先に書いた疑問、木綿と絹漉しに関しての料理における使い方だけれど、酒仙によればどうも違うらしい。酒仙は自信を持って否定する。出る前に、『豆腐百珍』を調べたところでは、その辺についての記述はない。江戸でそれらの製法が完成していたのか否かは知らぬが、結局どうなのか、もう一度文献に当たる他ない。
(第二百四十一段)
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by akasakatei | 2004-04-28 17:31 | 余暇 | Comments(0)

豆腐味求道(もめんときぬごし)

 普段、何気なく食べている物に豆腐がある。先日、口にしてふと考えた。木綿と絹漉しがあるけれど、どう料理では使い分けているのか。
 ある本によれば絹漉しはなめらかだという。となると、どういった料理か。
 家人によれば、味噌汁は木綿で、冷奴は絹漉しらしい。
 こうなると、食べ比べたくなる。
 そこで豆腐屋に行こうと思うものの、住んでいる辺りにはない。この近くの人はスーパーで買うしかないようだ。ここでまた疑問が湧く。
 消費者は豆腐を使い分けているのだろうか。
 昔なら、豆腐屋が相談に乗ってくれただろうが、今では自分流の人が多いと思われる。
 ここで、故郷にあった豆腐屋を思い出す。古い店で、裸電球が吊るされていた。客の求めに応じて包丁で芸術的に大きさを分けていた。客は持参したボールにそれを入れて貰う。水がこぼれないよう、静かに客は後に作られている行列を縫い店から出る。イメージとしては、『君たちはどう生きるか』の描写に近い。
 なかなか良い図である。一般的に、豆腐屋というとラッパと流しが定番だけれど、これも悪くはない。
 そういえば最近、隣町から豆腐屋が車で売りに来る。豆乳や湯葉も扱っているものの、自然のものを原料に使っているからか、値段が張る。このため、滅多に車を停める人がいない。庶民の味方だった豆腐も高くなったものである。
(第二百四十段)
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by akasakatei | 2004-04-27 17:29 | 余暇 | Comments(0)

故郷情景商店街(あかさかふどきあきないふうけい)

 最近、故郷もすっかりオフィス街のイメージになってしまったけれど、かつては結構住民もいた。その多くは昔から住んでいた人達である。古い家ばかりで、今みたいに個人宅で三階建ての家はなく、どこも未だ戦後の雰囲気を残していた。勿論、商店街も家族経営で、チェーン店は進出していなかったし、第一、スーパー自体が珍しかった。だから、学校でも、あの子は何屋の誰とすぐに分かった。この商店街は確か七丁目商店街と言ったと思う。
 その七丁目商店街だが、日曜日はどこも休みで、本当に静かであった。これは、店が閉まっているからなのか、それとも、人がいないから開けないのかは知らないけれど、住民は土曜ともなると、日曜の分まで買い置きをしていたものである。
 当然、これでは活気が生まれるはずもない。こうした状態に危機感を募らせたのか、他の商店街も集まって「盛り上げる会」なるものが結成されたものの、相変わらず、日曜はどこも休みであった。
 それでも、「Aまつり」が年に一回開催されるようになった。残念ながら、そのまつりの印象もただパレードを行ない、どこで何が行なわれていたかまでは知らない。住民でさえこうだったのだから、果たして今でも続いているのだろうか。故郷の学級委員にそのうち確認してみたい。尤も、先日の新聞によれば、人を呼ぶために街頭で結婚式を挙げるカップルを募集、とあったから、盛り上がっていないことだけは疑いようもない。
(第二百三十九段)
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by akasakatei | 2004-04-26 17:28 | 余暇 | Comments(0)

故郷情景緑(あかさかふどきあきち)

 空き地の思い出を続ける。当時、自宅周辺には幾つもあった。先にも触れた通り、裏がそうで、また、自宅前もそうだった。更に、子供の足では多少あったものの、かつて書いた聖パウロ学園の跡地も空き地だった。
 何れも、野球が出来るほどの広さがあり、草もある程度伸びていたので、虫採りもした。バッタや蟋蟀、それに、蜻蛉がよくいた。一度、虫かごいっぱいに蜻蛉を採って、それらを大空に向かって放したところ、様々な色で天が埋まり綺麗だったことを覚えている。
 けれども、それらの空き地もやがて建物へと変わっていく。このため、一時はあちこちで工事中であり、騒音には悩まされた。それに伴い、元々、地盤が弱い地域だったこともあって、家が傾き始めたほどである。経済を追うばかりでなく、企業は昔からいる住民の迷惑を考えるべきである。地域に根付かなくてどうするのか。
 閑話休題。こうした空き地の他に、氷川神社や檜町公園もあったので、遊び場には困らなかった。それらに関しては、前にも書いたことがある。
 神社では甲虫や蝉、蝸牛、それに木の実の採集、公園では池で魚釣りをした。何れも、緑が豊富であった。これは江戸と関係がある。どちらも、当時の地図を眺めていると、現在の場所に、氷川明神、松平大善大夫として名前が出て来る。時間を超えて、江戸の一端に接することが出来たのは貴重である。今になって、そう思う。
(第二百三十八段)
 
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by akasakatei | 2004-04-25 17:27 | 余暇 | Comments(0)

故郷情景黒塗車(あかさかふどきせいじかごようたつ)

 故郷にはかつてハイヤーの基地が幾つかあった。黒塗りの車が何台も止まっており、それは壮観であった。特に、現在、国際新赤坂ビルがあるところはハイヤーの前は系列の観光バスの車庫だったこともあり、かなりの広さであった。 
とはいえ、馴染みがあったのは我が家の裏の会社である。物干しに上がれば全てを見渡せ、時々、系列のタクシーが止まっていたりすると、子供心にも物珍しさから嬉しかったものである。
 このハイヤー会社には生まれる前から関係している。というのも、母が出産で病院に入る時に、利用をしたという。勿論、記憶にはない。
今から、思えば都内によくあれだけの敷地を確保出来ていたものだと思う。尤も、小学校に入学してしばらくすると、何れも移転した。土地の値上がる時期だったのだろう。裏も例外ではない。そこにはホテルが建設されたことになった。
 それが着手されたのは、移転からどれくらいだろうか。確か、二、三年は空き地となっていて、近所の子供にとって、これほどの遊び場所はなかった。事実、蜻蛉を追い掛けているうちに、蜂に刺され、それ以来、蜂が怖い。
 また、ある夏の日曜日、商店街が中心となり、無料の金魚すくい大会が開かれた。当日は、よくも集まったものと思われるほどの人であった。何しろ、金魚の水槽に着くまでに一時間以上並ばなければならず、それでいて、金魚すくい自体はすぐに終わってしまうのだから、これでは大学病院と変わらない。ところで、未だに覚えているのは、すくった金魚を入れる器が、豆腐に使う四角い白いパックだったことである。
(第二百三十七段)
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by akasakatei | 2004-04-24 17:26 | 余暇 | Comments(0)

久厳呈(わこうどへのはなむけ)

 新年度が始まり、ひと月近くが流れた。町で新入社員や新入生をこの時期よく見掛ける。初々しいが、困るのはラッシュ時における電車の乗り方を心得ていないことである。
 新社会人の場合、同期の連中と集団で出社するようで、同じ電車に乗りたがる傾向が見られる。このため下車駅において、仲間が降りて来るのを待つため、他の乗降客の迷惑になることこの上ない。仲間思いは良いが、気を遣うことも必要である。
 一方、学生は車内での大声が目立つ。また、上京した学生だと、電車の乗り方や駅でのマナーを知らないのさえいる。
 これらを考えると、若者が滅多に利用しないために、公共の場での振舞い方を知らないのだと推測される。情けない状況である。確かに、自動車ならばプライバシーは守られるかもしれないが、そこには社会はない。事実、ハンドルを握ると、その多くは偉くなったと錯覚しがちである。
 ところで、この時期、他に目に付くのが会社訪問をする学生である。昔と異なり、今ではインターネットが中心なようだが、それでも、自分の目で見るのは重要である。地図を片手に、着慣れていないスーツに、俄かに黒髪に戻した感じで、外見だけを繕った付け焼刃というのがすぐに分かる。その証拠に、午後ともなれば、付き合っているのだろう、バイクでのふたり乗りや人目を憚らないふたりだけの世界に入り込んでいる男女がかなりいる。
採用担当の立場なら、即不採用にするだろう。いくら能力があっても、最低限のことは守らなくてはならない。社会では大切なことである。
(第二百三十六段)
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by akasakatei | 2004-04-23 17:25 | 教育 | Comments(0)

小利古見値(まつだいへのいさん)

 食事を終えて表に出ると、さっきは気付かなかったけれど箸屋がある。毎日使うものだが、専門店まであるのかと覗く。一般的なものから鉛筆や電車の形をしたものまで、様々である。またディスプレイで面白いことを見付ける。横にするイメージがあるけれど、それを縦にしておくと、まるでテレビの育毛剤のCMにおける髪の図にそっくりで、妙な気分にさせられる。
 箸屋を出、近くにある子供用の和風玩具の店に入る。こういうところには縁がなく、新しい発見の連続である。張子の虎が置いてある。今の子供にとって、刺激は少ないだろうが、ゲームやテレビばかりに夢中になるより良いだろう。
 幾つかの店を冷やかしていると、いつの間にか、表参道を過ぎて渋谷である。
 ここで家人に頼まれていたものを探しに量販店へ足を向ける。どこあるのか分かず、売り場案内を眺めていると、民具とある。興味半分に、探し物の後、立ち寄ってみる。
 蚊取り線香の看板や古時計、それに佐貫の酒仙の父親が欲しがっているちゃぶ台があったりする。その多くは懐かしい。ついこの間まで、日常的に使っていたものばかりである。
 ある学者によれば、これから価値が出るのは新聞の折込チラシだという。特に、風俗学では重要な資料らしい。確かに、その通りで、残している人は少ないに違いない。何に価値が出るのか分からないものである。
(第二百三十五段)
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by akasakatei | 2004-04-22 17:24 | 余暇 | Comments(0)

裏原宿遊行(じんぐうもうで)

原宿から表参道を経由して渋谷を歩いた。土曜の午後だったので、凄い人であった。若者の姿が目立つ。何れも奇抜な格好である。八十年代、原宿は関東近辺から集まる竹の子族で有名だったが、その流れを組むのだろう。
 当時、竹の子族に対する大人の印象は悪かった。確かに、あの前後より社会の秩序が保てなくなってきた感はある。
 久し振りに歩くと、人の波に飲まれ、町を観察する余裕すらない。それに昼食が未だであり、飲食店も探したいものの、それどころではない。ただ、視線の端でブティックやラーメン屋を捉えるだけである。若者らはどこに向かっているのだろうか。
この界隈では最近、裏原宿に人気がある。確かに、人波を逃れるべく、横道に入れば、木造のクリーニング屋がある。店の前には、ブレーキが棒状の自転車がある。かつてよく業務用で見掛けたものである。ここは、看板にクリーニングを掲げているけれど、昔の洗濯屋の方が似合う。
 また、出来上がったばかりのコンクリート製の邸宅前には立派な柳がある。これは木造建築こそ相応しい。住民が柳はそのままに、建て替えたのだろう。残念である。
 路地を曲がっている間に道に迷う。都内では、こういう場合でも、どこかに出るので便利である。
 と、民家を改造したような沖縄料理店前に出る。昼なので丼しかないけれど、空腹だったこともありそこに入る。こういう店の良いところは、ディスプレイや使っている食器などが勉強になることである。チェーンでは望めない点である。
(第二百三十四段)
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by akasakatei | 2004-04-21 17:24 | 余暇 | Comments(0)