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斬弔宣(あじあじじほうだん)

 犯罪国家が最近話題になっている。
 運動会、入港、六カ国お話会などである。何れについても、犯罪国家特有の何かに取り憑かれたような顔をした民が、傍若無人の行ないをしている。どうやら、その目的は、その支配者である菌症卑やらの組織の維持らしい。
 それにしても、理解に苦しむのは、運動会が開かれている国において、犯罪国家に対して市民団体が集会をしていただけで、犯罪国家の記者が行なった行動と被害者である国が謝罪をしたことである。被害国にはもっと毅然とした態度が望まれる。
 我が国についても、これは言える。例の入港である。どうして国交がない国の船を入港させるのかが分からない。現状について、犯罪国家の在日の民の団体は不満なようだが、相手は犯罪国家であり、もっと厳しい処置でも構わないと思われる。犯罪国家は人道などというが、例の拉致事件について、どう釈明するのであろうか。
 そういった意味からすると、最高学府において犯罪国家の民族学校卒業者に対して、入学資格を認める方向になっているが、これも理解不可能である。冷静になれば分かるが、菌症卑崇拝の教育が行なわれているのが実情である。本当にそうした学生を入学せることにより、安定した大学運営出来るのであろうか。この裏には、学生を確保したい思惑があると思われる。甚だ危険だとしか言いようがない。目先の利益に惑わされるべきではないだろう。
 ある本によれば、我が国の良さは、犯罪国家のようにダイエットを成功させる人が少ないことだという。ちなみに犯罪国家でダイエット出来ないのはあるひとりだけだという。
また、ある大臣は苦しい時には、今でも犯罪国家に残されている拉致された人々を思い出すという噂がある。
 こういったことを含め、国際社会の一員としての我が国の立場から例の犯罪国家に対する態度を考えるべきである。
(第百二十四段)
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by akasakatei | 2003-08-31 14:15 | 国際 | Comments(0)

納涼芝居評(ねずみこぞうかんげきひょう)

 八月納涼歌舞伎第三部は売り出しとともに、即日で完売したという。確かに、電話予約初日、なかなか繋がらず、午後になって漸く予約することが出来た。その時点で、土日の残り枚数は二階席の二等が数席という状況であった。後に聞いた話だと、観劇出来ただけで良しとしなければならないようである。
 その第三部だが、観客の目当ては『野田版鼠小僧』である。これは、今更書く必要もないが、一昨年上演された『野田版研辰の討たれ』に続く野田秀樹氏による歌舞伎作品の第二弾になる。
一昨年の演目では初日に観劇したが、終了後、観客が総立ちとなり、いつまでも拍手していた姿は忘れられない。画期的な作品だったことは確かである。
今回も前作同様に演じるのは中村屋である。この中村屋の人気と前作の評判が、今回入手し難い理由であろう。六月に中村屋のコクーン歌舞伎にも行ってきたけれど、そこでも中村屋の人気は凄く、特に、渋谷ということもあるが若い人が多く、また最後の演出といい、観客も楽しんでおり、アンコールの拍手が鳴り止まないほどであった。
期待を持たせる中村屋だが、今回も芸達者なところを見せ、野田氏のある人物の珍解釈とともに、一時間五十分余りを一気に運ぶ展開となっている。
(第百二十三段)
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by akasakatei | 2003-08-30 14:14 | 文芸 | Comments(0)

雨中月島遊(つきしまたんぼう)

 勝鬨橋を渡ると、月島である。
 この二十年の月日を感じる。高層マンションが目に付く。かつての月島はこうではなかった。また、コンビニもなかった。
 あの当時は木造の家屋が多く、それこそ生活臭を肌で感じられた。今、自分がどこかのニュータウンにいる錯覚さえ覚える。だが、1歩、横道に入れば、そこにはかつての月島が若干残っている。
 これらの背景を探れば、訪れなかった間に、地下鉄が二路線開通したことが大きい。都内からのアクセスは飛躍的に良くなり、その結果、いくつものマンションが建設されることになった。かつては、徒歩かバスで勝鬨橋を渡る必要があり、やや不便だったことは否めない。また、地価が下がり、都内回帰の人が増えたこともある。
 路地を右に左に適当に曲がり、方向感覚が可笑しくなる頃、雑誌によく掲載されているもんじゃ通りに出る。
 もんじゃ焼きを初めて食したのは、数年前、千住の写真家、国分寺の師匠、行徳の引越人らと浜松町でのことである。土手を造らなければいけないらしいのだが、鍋奉行がいなかったこともあり、店の女将が見かねて鍋奉行をしてくれたことを思い出す。
 昼下がりだからか、一段落しており、有名な店なのか、行列が出来ているところが数件ある。
 通りを抜け、またぶらつきながら勝鬨橋に戻ると、行く時には逆方向のために気付かなかったけれど、東京タワーが見える。見慣れた角度のそれではない。新鮮な思いで眺める。意外と近いことを知る。
(第百二十二段)
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by akasakatei | 2003-08-29 14:13 | 余暇 | Comments(0)

雨中勝鬨橋(つきしままで)

 八月納涼歌舞伎第三部の開場までには多少の時間があったので、月島を散策する。先ほどまでは曇っていたのに、雨が降り始めたけれど、これも一興である。
 今年は夏らしい陽気を感じないままに、甲子園の高校野球も行なわれている。新聞ではこのところ、冷夏の話題が採り上げられている。
今日は世間では盆休みの最後である。この休み中、雨ばかりであり、どこに行っても楽しめなかったのではないだろうか。
けれど、雨の景色も捨てたものではない。幸い、この国には四季があり、天気も考慮すれば、ひとつの景色を様々に楽しめる。
歌舞伎座から月島へ行くには、勝鬨橋を渡らなければならない。雨のそれを渡るのは初めてである。尤も、そう訪れているわけではない。
振り返れば、二十年振りか。
その頃は、勝鬨橋を今みたいに再び開こうという話は聞かなかった。そのためか、機械室のガラスは割られており、そこには昭和が感じられた。それがどうであろうか。今では、綺麗になって、整備もされている様子である。
橋の中央より見渡せば、合羽を着て釣り糸を垂れている連中がかなりいる。何が釣れるのかは知らないが、楽しそうである。日々の喧騒がそこにはない。
(第百二十一段)
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by akasakatei | 2003-08-24 14:11 | 余暇 | Comments(0)

宣疎有(へいわをしるほうほう)

 かつては怖いものについて「地震、雷、火事、親父」と言ったものである。この頃は聞かなくなったものの、なるほどとは思う。これに最近騒がしい戦争が入っていないのは、当時、戦争が聖戦だったからに違いない。
 今年は敗戦から五十八年目である。次第に忘れられているのは否めない。十代においては、米利堅と戦争をしていたことさえ知らないほどである。
 昭和四十、五十年頃までは、八月六、九、十五日には、どこかしらのチャンネルにおいて、戦争関係の番組を放送していたものである。子供心にも好きにはなれなかったが、その恐ろしさ、悲惨さは伝わってきたものである。それが今ではどうだろうか。学校の授業においても、その時間数の関係により、現代史にまで踏み込めないのが現状である。
 こうなると、自主的に知るしかない。これにはきっかけが必要だろう。塾や遊びで忙しい十代にはそこまでお膳立てをしなくてはならない。情けない限りである。
核家族がほとんどの現在では、家に祖父母が住んでいること自体が珍しい。また、地域社会も衰退している。日常生活においては難しい。そこで民俗学的に、この時期は丁度旧盆と重なるので、それを利用するのである。生死について、意識しなくても触れることになる。
(第百二十段)
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by akasakatei | 2003-08-23 14:10 | 国際 | Comments(0)

無提灯生活(しぜんへのかいき)

 海の向こう側では、大停電となり大騒ぎである。一時は、テロではないかともいわれたようだが、関係はないようである。
それにしても、現大統領は精力的に働いているといえる。大統領選挙からして様々な憶測が飛び交い、漸く大統領になって以降、テロや戦争など、予想もしなかった出来事が起こってくる。 
我が国で、仮にこうした危機が起こった場合、どうなるであろうか。例えば、今回の大停電について、対岸の火事としてはならないだろう。
普段は意外と忘れているが、機械文明とは当てにならないものである。テレビや冷蔵庫は当然使えず、パソコンや携帯電話なども果たしてどうであろうか。
我々は明治以降、あまりにも合理化を求める余り、機械に頼り過ぎてきた節がある。それらが使えなくなると、すぐに生活が出来なくなるのでは、この間は何だったのかと反省すべきだろう。
江戸時代までは機械に頼ることは出来ず、それでも立派な文化を残してきたことを考えると、我々は退化をしているのかもしれない。ここらで、本当の意味における生活を考えるべきに違いない。
(第百十九段)
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by akasakatei | 2003-08-20 14:09 | 産業 | Comments(0)

故郷情景新習慣(あかさかふどきたんじょうびかい)

 故郷の学級委員との再会に関して前段で触れたが、その時、全く知らなかった行事があったことを知る。
 誕生日会である。これに学級委員はかなりの回数呼ばれていたようで、また、当時の習慣で招待された者は自分のそれを開き、招かなければならなかったという。この行事を知らなかったことは、逆にいえば、交友の狭さを語っていることに他ならない。
 これについては、故郷以外でも同様だったのか否かは知らない。ただ、その頃のテレビ宣伝でMというハンバーガー屋が、誕生日会は自店で行なうよう働きかけていたことは記憶している。
 これによって、Mで行なうかどうかは別として、誕生日会が流行したのか。それとも、元々あった需要をMが自店に来るよう促したものなのか。その辺は詳しく調べないと分からないものの、故郷でそれが習慣化していたことは興味深い。
 それについて、佐貫の酒仙にも確認すると、どうやら八丁目が中心となっている。八丁目は、以前、屋敷町である。その頃はマンションが多く、比較的裕福な家が多かった。当然、自営業者は少なく、母親が家にいることになる。暇を持て余していたとも思われないが、これは調べてみる面白さはある。
 何はともあれ、生の声ばかりに重点を置くことは出来ないけれど、ある程度の目安にはなる。
(第百十八段)
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by akasakatei | 2003-08-17 14:09 | 余暇 | Comments(0)

故郷情景時(あかさかふどきさいかい)

 十六年振りに故郷の学級委員に再会する。勿論、待ち合わせ場所は故郷の小学校前である。
 最初、会うまでは、この年月を意識するあまり、何も話すことがないのではないか、と多少思っていたことも事実であるが、それはいらぬ心配で、顔を合わせた途端に子供時代に戻り、自然と言葉が口から出たのは不思議である。これは、財産、地位、名誉など大人の社会では邪魔なものが、それらに何の価値も感じない頃に知り合い、また、自我も発達していないため、お互いのあるがままを見せ合い、下手に構える必要がない仲だからに違いない。
 居酒屋に入り、近況報告の後、当然話は級友のことに及ぶ。そこで、意外だったのはお互いに覚えている出来事がまちまちだったことである。
 それでも、共通の思い出はある。当時は切手収集がブームとなっており、一緒に渋谷のデパートまで切手を買いに行ったことである。
最近でこそ、小学生のグループが渋谷を歩く姿をよく見掛けるけれど、当時は未だ珍しい光景であった。
 この背景を探ると、故郷では渋谷や水道橋、五反田方面などに電車に乗って塾通いをする子供が多く、地域の外に出ることに慣れていたこともあるし、地元の遊び場としてオリンピック以降に賑わい始めた六本木が近かったこともあるだろう。
 何はともあれ、子供の犯罪や事件が相次ぐ今日とは時代背景があまりにも違うことを実感する。
(第百十七段)
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by akasakatei | 2003-08-16 14:07 | 余暇 | Comments(0)

先生報門日(ごかていはいけん)

 ある有名人の家をレポーターが訪問する某テレビ番組ではないけれど、最近、友人・知人らの自宅を訪ねる機会が多い。基本的に、家族に気を使わせることになることもあり、外で会う方が気は楽である。とはいえ、相手がひとり暮らしとなれば話しは異なってくる。
 今回そういう機会があったひばりが丘の印刷屋、川越の図書奉行ともひとり暮らしである。
 そういった時に、感じるのはその個人が持つ世界観である。部屋のインテリアや装飾品などから伝わってくる。考えてもみれば、一国一城の主ともいえるわけだから、感心することでもないかもしれないけれど、今まで知らなかった一面に触れることは確かである。
 また、子供の頃、友達宅に行くと、その家特有の匂いがしたものである。あれはどういうわけだったのか。これが自営業をしているのなら、その業種特有の匂いを嗅いだとしても不思議ではないだろう。それが、普通の勤め人の家からもしていたわけで、疑問は深まるばかりである。
 これについては、機会があれば旧友である佐貫の酒仙や故郷の学級委員に訊ねてみようと思う。
(第百十六段)
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by akasakatei | 2003-08-15 14:07 | 余暇 | Comments(0)

大花火絵宴(すみだがわはなびのたのしみ)

 いよいよ第一会場で花火が始まる。残念なことに、このテラスは第二会場をメインとしているので、あまり観られない。特に正面の建物が邪魔をしている。周りの人も同意見である。爆撃をされているようだなと不謹慎なことを言う人もいる。確かに、その建物の裏でチカチカしていることもあり納得はする。
第一会場に遅れること二十分、第二会場でも始まる。正直、花火の名前と形が一致しない。それでも観ていると楽しい。こういうのは理屈ではないのだろう。 
さっき、近くのおじさんが口にした言葉を思い出す。要は、「花火は音も重要で、この付近のホテルでも部屋から花火は観られるが、音は聞こえず、全く気が抜けた感じがする」というもので成る程と思う。
 何時の間にか、屋形船の提灯の灯かりも消されている。代わりにカメラのフラッシュが焚かれる。気付けば、カメラを構える人がいる。その中には立ち上がる人もいる。それもいい年配者である。被写体をうまく撮りたいのだろう。後ろの人にとっては迷惑であり、幼稚園や小学校の運動会でカメラやビデオを構える迷惑な親を彷彿させる。千住の写真家がこうした現象に関し、どういった見解を持っているか訊いたことはないけれど、道徳心を忘れてはなるまい。
 八時二十分、和火が打ち上げられる。洋火のような色とりどりの派手さはないものの、時を経て、江戸の人が観たであろう花火を目にし、いつまでも大会が続くことを願う。網膜にいつまでも残るに違いない。
(第百十五段)
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by akasakatei | 2003-08-10 14:05 | 余暇 | Comments(0)