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土郷泉双六押上(はんぞうもんせんどうちゅうおしあげ)

 待つほどもなく東武へ直通の南栗橋行きの電車が入ってくる。車内は日曜の午前中ということもあり楽に座れるくらいである。よくこの線は利用するので、いつもと変わらぬ印象しか受けない。地方の地下鉄は延伸する度に沿線住民が物珍しさも手伝い最初の休日にはかなりの混雑となるが、東京だからかそうしたことはない様である。
 大手町、三越前、水天宮前と過ぎ、いよいよ新線区間である。車内の様相が多少変わったのは清澄白河からである。かなりの人がホームで待っている。とはいっても、空いていた座席は埋まるものの、席を探せば、未だ見付かるという状態である。 
 考えてみると、これは当然である。この線は南北に繋ぐものである。これまでバスしかなかったルートに代わるものに他ならない。渋滞を計算しなければならないバスと比べれば、大方の乗客は地下鉄を支持するに違いない。
 開通区間は建設費を抑えるために、駅数が既線とは異なり少なくなっている。他線との接続駅にしか停まらない。このため所要時間は大幅に短縮される。
 事実、押上まですぐで、今後この方面に足を向ける回数も増えそうである。
(第八十一段)
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by akasakatei | 2003-03-30 13:21 | 余暇 | Comments(0)

土郷泉双六神保(はんぞうもんせんどうちゅうじんぼうちょう)

 弥生十九日、営団地下鉄半蔵門線の水天宮前~押上の六キロが延伸した。同時に、東武伊勢崎線の南栗橋まで乗り入れを行なう。これにより、東急田園都市線の中央林間から南栗橋まで一本で行けるようになった。半蔵門線の開業時から知っている者にとって、ここまでの年月は本当に長いものであった。約二十五年である。
 この線の完成が遅れたのは九段下付近の用地買収がうまくいかなかったことに尽きる。確か、建設に掛かる靖国神社付近の写真屋の一坪を巡って、地下鉄建設反対の署名が全国より何千と集まったと記憶している。
早速、次の日曜である二十三日に乗りに出掛ける。「暑さ寒さも彼岸まで」というが、前日は寒かったのに、この日はコートもいらないほどである。今回は神保町より東武の北千住までを乗ることにする。
 古本屋を巡った後、十一時過ぎにホームに下りる。最近、隣国で地下鉄火災があったこともあり、消化設備や駅の構造に目がいってしまう。神保町は比較的新しいけれど、それでももう十年は経過している。尤も、事故後の経過を見ていると、人災とさえ思える。何はともあれ、営団は来年度には民営化される。どこかの会社の様に、合理化で人を減らし、ホームで駅員の姿がなくなるのだけは止めて貰いたい。鉄道の使命は安全第一である。
(第八十段)
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by akasakatei | 2003-03-25 13:20 | 余暇 | Comments(0)

武都司油団(らんせのゆくすえ)

 米英とイラクとの間でついに戦争が始まった。この戦争の持つ意味は大きい。特に、国連を軽視してまでの開戦だけに後世への影響は想像以上に違いない。
 先日、澤瀉屋のスーパー歌舞伎を観劇した。スーパー歌舞伎は娯楽色が強いものの、その一方でテーマ性もある。今上演されているそれは『新・三国志Ⅲ 完結篇』である。この演目からも分かるとおり、乱世を舞台としている。
 これは九・一一のテロ時に『新・三国志Ⅱ 孔明篇』を上演していた澤瀉屋が続編として頭に浮かんだというが、改めて平和について考えさせてくれる仕上げとなっている。事実、芝居中今回の当事者に観て貰いたいと思ったほどである。
 某学会の某会長は金の力によってN平和賞を受賞するべく働きかけているようだが、真の平和とはそんなものではない。また、武力を阻止するべく現地に向かった人もあるようだが、米利堅のこれまでの行動を振り返った場合、要求はするが妥協をしない国であることは明白である。
 こうなると、この後、北についてどういう態度を示すのかに関心は移る。
(第七十九段)
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by akasakatei | 2003-03-20 13:18 | 国際 | Comments(0)

花暦学問所(ばかしあいしょうへいざか)

 ついこの間新年を迎えたと思ったら、もうすぐ花見である。現在でこそ、花見は桜となっているものの、これは時代によって異なる。例えば、江戸では梅や桃、山吹、躑躅、藤なども愛でており、一年中季節を楽しんでいたのは有名な話である。 
 それに倣い季節に応じて花を愛でいるが、どこに行っても年配の女性ばかりが目に付く。これは芝居も同様である。
 一般的にその層が元気であるとは、以前より指摘されていたことであるが、実際目の当たりにすると、今後の市場は如何にこの層を取り込めるかが鍵だと改めて思う。
 芝居や花について考えると、それらは美や非日常空間を楽しむものであり、現実主義が強いと楽しむのは難しく、こういったことからも男性は敬遠しているのかと予想される。逆にいえば、心に余裕がないと楽しめないということになる。
 現代社会は閉塞感が強いが、これは経済や政治などについ目が行ってしまうためで、今後もそれらが良くなるとは思えず、ここらで発想を転換させるべきであろう。
(第七十八段)
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by akasakatei | 2003-03-14 13:16 | 余暇 | Comments(0)

流素得(ときのしゅうい)

飛行場においてシステム障害が発生したために、飛行機の離着陸が出来なくなった事故があったけれど、改めて現代社会が脆いものの上に成り立っていることに気付かされる。冷静に考えれば、あのような鉄の物体が飛んでいること自体が不思議であり、それを自然な光景として捉えてしまっていることに恐ろしさを覚える。
昨年のM銀行のシステム障害でもこの社会での脆さをさらけ出したが、今回もまた電脳機械に頼りきった構図が浮かび上がった。どうしてそこまで、それを信じられるのか理解出来ないが、いざという時のために危機管理だけは二重にも三重にも想定しておいて貰いたいものである。
正直いえば、コンピュータは正常に動いているよりも、何らかの要因において異常をきたしている方が多いとさえ思われる。現に、個人で使用している電脳機械など一日に一回はどういうわけか障害が発生する。こうしたことがある限り、誰もが気軽に使えるものとは言い難い。復旧させるために、暇と費用をどのくらい費やしたであろうか。
それを相手にしていると疲れを覚え、昔ながらの生活が懐かしくなる。誰もがそう感じているのか否かは知らないけれど、巷では昭和の展示物や旧暦の書物が売れているという。これを機になるべく機械に頼らない生活を知って貰いたいものである。
(第七十七段)
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by akasakatei | 2003-03-07 13:16 | 産業 | Comments(0)