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詩誉駒(はるのうたげ)

昨夜、仕事帰りに東京駅で国分寺の師匠に車内で偶然出会う。昨年末にもばったり出会ったことを考えると、最近飲む機会が少ないけれど、縁遠くなったというわけではなさそうである。尤も、お互いに同じ路線を利用しているので、確率的には会っても可笑しくはないのであろう。
何はともあれ、今年初めて顔を見たこともあり、新宿の蕎麦屋で軽く杯を傾けることになった。
新宿では先週にもひばりが丘の印刷屋と酒を酌み交わしており、こう立て続けに新宿で飲むのは珍しい。訪れない最大の理由は騒々しいからである。静かに飲みたいと考える方である。そうなると、行く先は限られる。江戸を感じさせる店である。
 ところで、印刷屋は宇部出身で滋賀の芸術大学で学んだ経歴の持ち主だが、何かの話で握り寿司に話題が移り、西日本ではそれに稲荷寿司も含まれているという。東京では入っていないと説明すると、かなりの文化的差異を受けていた。
 地方で暮らした経験のあるさいたまの地主や横浜の幹事にその辺を尋ねてみると、どうやら出されたものがそれ自体であり、何の疑いもなく口にしていたようなのである。このため、ネタを覚えていないとのことである。
確かに、振り返れば東京の人間は地方の握り寿司を気にはしないし、また地方に行って食べようとも思わない。これは東京の食べ物と考えているからで、子供の頃、津で食べたそれに稲荷寿司があった時は、印刷屋ではないが、多少なりとも衝撃があったことは否定出来ない。
 思えば、それが食における比較文化論の最初だったといえるだろう。
(第七十六段)
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by akasakatei | 2003-02-28 13:14 | 余暇 | Comments(0)

川向梶見立(はなびうらない)

世界情勢が騒がしい。今年になって、未だふた月ほどなのだが、様々な情報が伝えられている。中でも、米利堅の宇宙船爆発と隣国の地下鉄火災は記憶に残る。
勘繰った見方をすれば、何れも某国が目の敵にしている国々であることから、その間諜の仕業でないかとさえ思ってしまう。その順番からすれば、我が国も近いうちに狙われるのではないだろうか。
その場合、どう対処するか。危機管理について、どうなっているか考えたことがあるだろうか。
大多数の人は考えたことがないかもしれぬが、こうした間にも首相周辺ではかなりの情報が入っており、国の舵取りが迫られているという。この時、民に何を伝えるかを決め、不安を煽るものは伝達されないことになる。
こうなると、何を信じれば良いのか判断に迷う。我々は自分の基準でつい物事を見てしまうけれど、世界はもっと複雑なのである。どのような場面に遭遇しても、冷静な判断を失わないように努めたいものである。
(第七十五段)
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by akasakatei | 2003-02-20 13:14 | 国際 | Comments(0)

似非近似陋(くさばのかげ)

巷で密かに人気なのが二宮尊徳である。かつてのそれには及ばないにしろ、その様式を真似る人が後を絶たない。その様式は幼名・金次郎時代のものであり、戦前においては修身や国語の教科書に採り上げられたほどである。また、どこの校庭にもその像があったものである。
それについて思い出がある。小学六年の時、毎週木曜の授業前に児童集会というのがあった。そこで各クラスの旗を作り、発表する催しがあり、クラスの旗が二宮金次郎のそれになった。理由は明白ながら、あの年齢でそこまで考えていたのかと思う。級友であった佐貫の酒仙は覚えているであろうか。
その様な二宮だが、最近のブームは些か眉を顰める。周りの迷惑を省みない輩が多い。朝のラッシュ時に東京や新宿などのターミナルの構内で歩きながら本を読む年配者、ホームの端を携帯電話片手にメールに勤しむ高校生、車内で薪の代わりに買出しを思わせるリュックを背負う大学生。何れも他人のことは眼中になく、自分のことしか考えていない連中であり、通称この人種を似非近似陋という。今増殖中である。
(第七十四段)
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by akasakatei | 2003-02-12 13:12 | 社会心理 | Comments(0)

大師本顛末(だるまことのなりゆき)

 世の中腑に落ちないことばかりである。
 先日の川崎における古書店の出来事である。その出来事とは簡単に言えば、万引きを見付かった中学生が咎めた店員の目を盗み、逃げる途中に踏切内で電車に轢かれ死亡した事件である。
この時の店側の対応について問題はなく、当然のことをしたと思うが、世間ではどういうわけか悪事を働いた中学生を庇うのである。電話やメールなど、店側に苦情が舞い込み、閉店にまで追い込まれることになったのである。罪を犯したのだから、償うのは当然である。それを未成年だから大目に見ろというのは合点がいかないことである。
最近は加害者の人権ばかりが強調され、被害者のそれが軽んじられていることについては以前触れたことがあるけれど、もっと変なことは、被害者側を中傷する輩が多数存在することである。
こうした中で、加害者の両親が店側に謝罪し、また報道された後、被害者側に奨励の言葉が届き、営業を継続するかもしれないことになったのが救いか。
この種のことは、羅列すればD愛護団体やJ団体など数多く存在する。もっと、常識を持って行動して貰いたいものである。
(第七十三段)
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by akasakatei | 2003-02-05 13:10 | 社会心理 | Comments(0)