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砂羅場(てのひらより)

今年も残り数日である。思えば、最後まで「タメグチ」ばかりである。この一週間を振り返る。
電脳機関のOSが壊れ再インストールする羽目になった。そのため、蔵書記録が全て消えてしまった。
また、前回体調を崩したことを書いた。その時、肝臓とアレルギーの血液検査を行なったのだが、その結果、GPTがおかしいので、B型とC型肝炎の検査並びにエコー検査も年明け早々することになった。それが持病となっているさいたまの地主と佐貫の酒仙にそれらを訊ねると、かなり厄介なようである。
そこで、つい先日購入した暦で運勢を調べる。それは生年月日を基準にするものだが、如月三日のため、やや戸惑う。というのも、節分までの人は前年になるからである。
注意をする。確かに、消化器、肝臓に注意となっている。ついでに、検査日のそれも確認すれば、暗い気持ちを戒めており、また、冒険するなら覚悟が必要とある。どう解釈するか。
暦事典を紐解くも、ついつい拾い読みばかりしてしまう。事典や辞書の楽しさはこうしたところにある。
何はともあれ、そうしたことは忘れることにする。来年は、江戸開府・歌舞伎四百年である。様々な行事が予定されている。是非嬉しい意味での「タメグチ」になることを望む。
(第六十七段)
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by akasakatei | 2002-12-27 12:59 | 余暇 | Comments(0)

仁寿通(まちかどのことぶき)

師走は呑むのに忙しい。この七日は、佐貫の酒仙と開通したばかりの東京臨海高速鉄道りんかい線の天王洲アイルから大崎間を乗った後、御茶ノ水に出、居酒屋に四時間近くいた。
また、先日は日本橋の管理人と錦糸町に行き、二軒ほどハシゴをした。この他にも未だあるが、健康には良くない。
昨日、どうも胸の調子が可笑しく、仕事場近くの医師の門を叩くことになった。
そこは初めてである。ただ、開業して一年くらいだというのは開業時にDMを貰っているので知っている。更に、その内容に注目すべきことがあったので記憶に残っている。それは、診察開始時間が八時半ということである。これは時間が無い者にとっては有り難い。
そこで、その日一番に診察して貰ったのだが、他に患者がいなかったこともあり、三十分ほど先生と話しをした。
最近、待ち時間が長く、診察時間の短い診療所や病院が多いけれど、こうした対話は人相手には重要であろう。
数年前に世間を騒がせた患者の取り違えや患部の勘違いなどは、こうした基本を忘れているからに他ならない。事実、身内でもJ大の付属病院において、危うく反対の目を手術されそうになった例もある。
こう考えると理想の医療とは、まずかつての町医者のように家族構成やら、病歴まで把握しているということに違いない。こうした方向に進まねばならないだろう。超高齢社会とともに地域医療はより重要になっている。
(第六十六段)
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by akasakatei | 2002-12-20 12:57 | 福祉 | Comments(0)

京橋情(えどのぜんい)

本当に可笑しな世の中になったものである。
 京橋の路地を昼下がり歩いていたら、ひと目で日雇い労働者と分かる白い角刈りが近付いてきた。東北訛りが強く、何を言っているのかほとんど理解出来ない。 
 最後まで聞いていたら、五百円を貸してくれと言う。そこだけはどうしてか理解出来た。見知らぬ他人に貸す金は生憎持っていない。自分の生活だけで精一杯なので、当然断った。
 それにしても、何を考えているのか。ところどころ理解出来たことを繋ぐと、埼玉の熊谷より京橋まで歩いてきたが、その道中交番を筆頭に、見知らぬ人に金を無心してきたというが、誰も貸してくれないらしい。
 それが普通だろう。京橋に何の用かは知らないけれど、もっと世間を勉強する必要があるだろう。江戸では伊勢参りに行くなら一文も持たずに可能だったが、今では異なる。
 同様のことに、よく難民らへの募金を駅で集めているのがいるけれど、そうした時間があるなら、自分でバイトでもしてそれを払ったらどうか。人の情けに縋るのは、この競争社会では難しい。
 誰でも自分が一番大事であり、自己犠牲など蒙りたいものである。それは美しいことでも何でもない。
(第六十五段)
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by akasakatei | 2002-12-13 12:56 | 社会心理 | Comments(0)

末広門双六喜路(はちのへどうちゅうめいしょ)

旅に出た以上、戻らなければならない。今回は日帰りである。だからといって、往路と一緒では詰まらない。帰路は、盛岡まで第三セクターになった在来線を行くことにする。
今度の電車は十五時十一分で間があるが、そうのんびりとしてもいられない。まず、切符を買わねばなるまい。普段なら発車直前で構わないが、何しろこの人出である。どうなるか分からない。
予想通りというべきか、券売機はみどりの窓口同様行列である。並んでいるのは、年配者ばかりである。それが不慣れなタッチパネル形式の販売機を扱うわけだから、ひとりに付きかなりの時間を費やす。係員もいるものの、行列について整列など行なわないものだから、行列があちこちで分かれ、にっちもさっちもいかない状態である。
こういった点、第三セクターになったためのサービスの低下であるが、他にも目に付く。切符は盛岡までは買えず、目時までしか買えないことである。これは目時を境に八戸寄りは青い森鉄道、盛岡寄りはIGRいわて銀河鉄道となったからである。これではいちいち目時以南に行く人は精算をしなければならないことになる。
仕方がないので、目時まで購入する。車内は初日だからか、ワンマン運転のはずなのに、案内係がいる。そうした人がいるなら車掌として乗務させ、車内精算をした方が効率的に良くないか。実際、盛岡では精算のためかなりの行列が出来た。
また、車内広告でIGRの一日乗車券の案内があるものの、ほとんどが無人駅であるのに、駅窓口で販売中は如何なものか。更に、これでは八戸方面より乗車する人にとって、購入することは難しい。
きめ細かいサービスを行なわないと、存続は厳しいだろう。第三セクターが各地で倒産している。殿様商売では利用者は逃げていく。
(第六十四段)
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by akasakatei | 2002-12-08 12:55 | 余暇 | Comments(0)

末広門双六馬返(はちのへどうちゅうあがり)

盛岡を過ぎ、延伸開業区間に入る。駅に停車する度に太鼓を叩く音が聞こえる。どうやら、列車が到着する毎に下車客を歓迎しているのだろう。最近、新線開業時によく見かける光景である。
こうした民俗芸能に触れるに付け思うのは、誰も関心を持っていないということである。確かに、旅人からしたら観光化された芸能に接しても嬉しくはない。民俗芸能とは、庶民の信仰より生まれたものであり、生活に結びついてこそ、その価値がある。
それを知っていれば、別名郷土芸能というだけで、その場に相応しくもない催しを行なわないはずである。
案の定、八戸のそれは凄く、甚だ場違いな感じであった。
コンコースは人で溢れており、太鼓がコンコース内に反響し、騒々しいことこの上ない。
ある男性は、売店で新幹線開業を報じる新聞を何種類も購入していたかと思えば、みどりの窓口は新幹線に乗ろうと切符を求める人で長蛇の列である。
全く立錐の余地もない。逆にいえば、それだけ悲願だったということであろうか。
それにしても、土産物屋がなかったのはどうしてか。元々、八戸は市の中心ではないからか。もし、そうだとするならば、只の乗換駅というだけで終わってしまうに違いない。
(第六十三段)
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by akasakatei | 2002-12-06 12:54 | 余暇 | Comments(0)

末広門双六名物(はちのへどうちゅうちゃや)

さて、出立前にひと仕事してきたこともあり空腹を覚える。勿論、朝食は仕事前に済ましている。それに十一時半を過ぎている。空腹で当然であろう。
 乗車前に東京駅に隣接してある某デパートの地下で弁当を購入してきたので、その包みを開ける。鉄道の旅では、やはり駅弁が定番なのかもしれないが、量的に物足りなさがある。特殊弁当であり、珍しいものが詰まっているのは確かなのだが、値段を考えたらデパートの地下に行ってしまうだろう。
その地下は巷において、現在「デパ地下」と言って、人気があるという。しかし、冷静になると、デパートは全体的に不人気であり、そこだけ人が群がっている気がする。 
兎角、人相手の商売は難しい。鉄道も同様である。かつては、鉄道の旅における楽しみのひとつに食堂車があった。なかなか座れなかったものである。それが今はどうだろうか。食堂車自体を知らない者もいる始末である。誰がこうした時が来ると予想したであろうか。
尤も、所要時間の短縮が食堂車の廃止、駅弁の衰退を招いていることに疑いはない。その分、目的地に早く到着するわけだから、その地で美味しいものを楽しんだ方が良いに決まっている。第一、「はやて十一号」の乗客もその多くは、車内で弁当を広げることもなく、十二時二十二分着の仙台で下車した。乗ってくる人はあまりいない。
(第六十二段)
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by akasakatei | 2002-12-05 12:53 | 余暇 | Comments(0)

末広門双六出立(はちのへどうちゅうふりだし)

 このところ、内田百閒先生の作品が相次いで文庫で復刊され、売れ行きが好調だという。喜ばしいことである。文庫目録を捲ると分かるけれど、今の文庫本で、本当の意味における文庫はどれだけあるであろうか。純文学などほとんど読めなくなっている。そういった観点から、好ましいのである。
 早速、文庫で求める。氏の代表作といえば、やはり『阿房列車』シリーズであろう。
 その影響か否か知らないけれど、漸く青森県まで延伸され、その名の通り東北新幹線になった初日に八戸まで行くことにする。
 生憎の雨模様である。本来なら始発で行きたかったのだけれど、満席でそれは叶わず、東京十時五十六分発「はやて十一号」の客となる。
 百閒先生とは異なり、誰も見送りには来ない。友人らに出発の日時は伝えておいたのに、これは寂しい。尤も、来て貰ったとしても照れ臭いだけかもしれない。
 車内はほどよく空いている。また、車掌による検札も基本的になくなり、煩わしさが解消される。基本的にというのは、自動改札を利用した場合に検札がなく、それ以外についてはこれまで通り行なわれる。この日よりシックな制服を改めた車掌が、そうした乗客に声を掛けていく。
 いつの間にか大宮を過ぎる。ここら辺でも人家が途切れることはないものの、心理的には、かなり遠くまで来たな、と錯覚してしまう。何しろ、最近では山手線内しか出掛けないことが多い。
 また、一方ではその速度に圧倒され、本当に東京を出たのか、と実感が湧かない。
「はやて十一号」は十四時四分に八戸に到着予定である。
(第六十一段)
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by akasakatei | 2002-12-04 12:52 | 余暇 | Comments(0)