2013年 02月 10日 ( 2 )

試験版:十二代目成田屋(なりたやのこうせき)

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(奥に見えるのは新歌舞伎座だが、その舞台の何と遠いことか:2013年2月2日撮影)


 十二代目成田屋が亡くなった。
 昨年末の十八代目中村屋の急死に続き、梨園にとっては損失だ。
 歌舞伎を初めて観た時を思い出す。どの演目、役者を観れば良いか分からず、結局、ひつとだけ知っていた役者名で選んだ。それが成田屋だ。
 それが二千年六月の『番町皿屋敷』だ。この時、面白いと思わなかったならば、これほど芝居を観続けなかったに違いない。
 成田屋で印象に残っている芝居は、やはり荒事や時代物である。そうした中、意外な芝居にも出演している。
 二千一年の『たぬき』でのユーモアな役は、イメージと異なり、こうした役も出来るのかと思った。
 二千二年の『鶴賀松千歳泰年(上意討ち)』は新作に近く、場が変わり、それまでの時代物より荒事になったのには驚かされた。
 何れも、闘病以前の話しである。
 そのような意味で、二千四年の海老蔵襲名公演での『勧進帳』は楽しみであった。
 これは、以前にも触れたけれど、いつも大きく見える成田屋が大きくなかった。
 復帰後、記憶に残るのは、二千八年の山城屋との『京鹿子道成寺』である。この名跡が、江戸東京でひとつの舞台に立つのは初めてだった。
 最後に観たのは、一昨年七月の『勧進帳』である。
 今後、市川宗家はどのようになるのか。成田屋は大らかな役者だった。若い成田屋に期待したい。
(第三千四百五十一段)
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by akasakatei | 2013-02-10 08:58 | 文芸 | Comments(0)

十二代目成田屋(なりたやのこうせき)

 十二代目成田屋が亡くなった。
 昨年末の十八代目中村屋の急死に続き、梨園にとっては損失だ。
 歌舞伎を初めて観た時を思い出す。どの演目、役者を観れば良いか分からず、結局、ひつとだけ知っていた役者名で選んだ。それが成田屋だ。
 それが二千年六月の『番町皿屋敷』だ。この時、面白いと思わなかったならば、これほど芝居を観続けなかったに違いない。
 成田屋で印象に残っている芝居は、やはり荒事や時代物である。そうした中、意外な芝居にも出演している。
 二千一年の『たぬき』でのユーモアな役は、イメージと異なり、こうした役も出来るのかと思った。
 二千二年の『鶴賀松千歳泰年(上意討ち)』は新作に近く、場が変わり、それまでの時代物より荒事になったのには驚かされた。
 何れも、闘病以前の話しである。
 そのような意味で、二千四年の海老蔵襲名公演での『勧進帳』は楽しみであった。
 これは、以前にも触れたけれど、いつも大きく見える成田屋が大きくなかった。
 復帰後、記憶に残るのは、二千八年の山城屋との『京鹿子道成寺』である。この名跡が、江戸東京でひとつの舞台に立つのは初めてだった。
 最後に観たのは、一昨年七月の『勧進帳』である。
 今後、市川宗家はどのようになるのか。成田屋は大らかな役者だった。若い成田屋に期待したい。
(第三千四百五十一段)
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by akasakatei | 2013-02-10 08:56 | 文芸 | Comments(0)