金地位名誉(もうじゃのどくが)

 我々は常に先のことを考えて今を生きていると思われる。けれども、多くの人は、実際には、思いもしなかった人生を歩んでいるのではないか。今年、「想定内」という言葉をよく聞いた。そうした人生を歩んできた人は何人くらいいるのだろう。
 前者のような人は、出勤を控えた日曜の夜には、このまま人生が終わることに虚しさを覚えるに違いない。
 つい、過去を振り返り、間違った選択を悔やみ、残された時間に不安を覚えるはずである。
 どうして、我々は最良の選択をしたのに、後悔することが多いのか。人生とは後悔の連続ともいえるかもしれない。
 こうした背景を探れば、人により事情は異なるが、まず、現在、満たされた生活を送り、それを守ろうとして将来に対し不安になるともいえる。日常が壊れることを怖れているのである。
 また、もうひとつは、本当に不幸の連続という場合である。こちらの方は本人を取り巻く環境の問題となる。
 何れについても、予想し切れなかった出来事がその原因である。これは行動の選択における失敗を意味するものの、情報が溢れている現代社会において、他人の行動を予想するのは難しい。
 特に、営利を目的とする組織に身を置く者は、日々、こうした中で生きており、選択の失敗の結果、いつ不幸が訪れるか分かったものではない。
 このように考えると、笑っていられるのは身分が保証されている者か、人事や財力を握っている者である。最後に笑うことが出来るのは、欲が人一倍強い者だけである。
(第七百五十五段)
[PR]
by akasakatei | 2005-09-24 16:23 | 産業 | Comments(4)
Commented by water_dragon_ver3 at 2005-09-23 16:31
ここにははじめてきましたが、なかなか面白いですね。
お気に入りに入れておきます。

「想定内」と人がいう時に、はたしてそれは本当に「想定内」であったのか。
そういう問題もありますけどね。
堀江氏の場合は、(そうだったのかぁ?)、という事でおさまりましたが。
Commented by akasakatei at 2005-09-23 21:19 x
有難う御座います。
確かに、「想定内」、この使い方に関しては注意が必要と思います。
今後も宜しく御願い致します。
Commented by water_dragon_ver3 at 2005-09-24 03:05
言葉の使い方と言うのは確かに面白いものです。
ニートという言葉や概念を作る事で、全体の失業の問題が個人の能力や責任感の問題に、
気がつかない間にシフトしていった。そういう事もありました。
良い頭をあまりよろしくない事に使う困った人達がいるのでしょうね、恐らくは。
話は違いますが、

> 人は外見ではないと言うけれど、実務では少なくとも嘘である。
(第五百八十九段)

これには共感いたしますね。
更新頑張ってください。
Commented by akasakatei at 2005-09-24 10:48 x
有難う御座います。
初心の斜に構えた視線を忘れずに、これからも更新したいと思います。
<< 荒夏病退散(しんしんかつ) 災害徒歩験(てんさいへのそなえ) >>