社会的本音(りえきをださないにんげん)

 
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(いつの時代も:2016年8月7日撮影)


有名私立中学を出た父親が、息子を受けさせようとして、挙げ句、殺してしまう事件があった。
 その父親は、現在、トラックの運転手という。ネットでは、夢を託したのかの話しになっている。
 親子といえば、先の相模原における障害者施設事件では、障害があっても大切な子だと訴える人が結構いた。
 この事件関連では、今でも、新聞において、識者が色々と書いている。
 命は平等だ、いらない人間などいない、という論理が目立つものの、社会では、利益を出さない人間は必要ないと言われる。
 企業では、有無を言わさず、首を切られ、所詮は、綺麗事だと思う。
 察するに、心では誰もが必要ないと考えているのではないか。
 ただ、それを口にすると、批判されるため、閉ざしているだけだ。
 特に、利益重視の大企業の経営陣や社員、それに、アメリカ的思考の連中などは、その類が多いと思われる。
 そうでなければ、社会的弱者がこれほど叩かれるはずがない。
(第四千七百四十六段)
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by akasakatei | 2016-08-28 19:25 | 社会心理 | Comments(0)
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