仏教縁(ぶっきょうのおしえ)

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(かつて寺社に溝はなかった:2016年6月5日撮影)


比叡山において、暴力事件があったという。僧にあっては、ならないことだろう。
 そうした折り、成田屋が得度したと報じられる。
 最近の成田屋を見ていると不思議ではなかったが、数日後の会見で納得する。
 切っ掛け、これが仏教でいう縁というものなのだろう。
 一般的に、生まれてから死ぬまで、我々は、かなりの人に会っているものの、縁が続くことは稀だ。
 本来は、大事にすべきものに違いない。
 そういえば、先日亡くなった恩師も、退職後は、これまでの縁云々と言っていた。
 と、ここで思い出したのが、縁でも悪縁だ。悪縁とは、なかなか切れないもので、浮気もそのひとつだろう。噺家が、浮気会見をしていた。
今や、この類いばかりが報じられる。
それにしても、よく浮気をすると改めて思う。疲れないのか。
悪いと思ったら、縁切り寺に駆け込むべきだ。
(第四千六百七十二段)
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by akasakatei | 2016-06-15 19:51 | 社会心理 | Comments(0)
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