空襲後人心(くうしゅうをわすれると)

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(この付近では忘れられた東京が見られる:2016年5月19日撮影)


先日、根津辺りを歩いた際、和服で扇子片手の年配男性を結構見る。
 そのうちのひとりは、女性を連れている。これも和服だが、年齢がかなり離れている。父親と娘という雰囲気でもない。
 小津映画に出て来そうな感じだ。
 こうした光景を見ると、つい杯を傾けたくなる。
 杯といえば、地元のよく店で、他の常連と言葉を交わした。
 東京オリンピックの話しになる。
 必要ないとのことだ。
 必要ないで思い出したのが、我が国での米軍だ。先に、沖縄における米軍関係者の女性殺人に触れた。
 これを機に、米軍が出て行くことを希望するが、それと裏腹に、現政権が、自衛隊を強化させ、戦争に備えることもあり得る。行政と立法も分かっていないから、何をするかの想像も出来ない。
 何れにしろ、平和的な解決を知らない連中ばかりが、政権や財界にいるから、始末に負えない。
 そうした中、山手大空襲の日を迎える。
 当時の写真に残された亡くなった人を見れば、アメリカの非道が分かるというものだ。
 今回、広島を訪れるアメリカ大統領は、アメリカの国民を考え、謝罪しないようだが、そのような考えでいるから、いつまでも平和にならない。
(第四千六百五十五段)
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by akasakatei | 2016-05-29 19:05 | 社会心理 | Comments(0)
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