有事大心得(ふだんのこころえでは)

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(地方へ行くと足に困ることもしばしばだ:2016年4月10日撮影)


思うに、最近は、何事においても、小綺麗となり、一昔前のことが、通じなくなっている。
 こうしたことが、有事には、どう働くか。
 地震の避難場所では、トイレにも困り、水は貴重だという。
 勿論、そこでは、ひとりにおける場所にも限りがあり、プライバシーはない。
 地震さえ、こうした感じだから、今後、戦争になった際、この種のことが、様々に影響するのではないか。
 そうした意味でいえば、歴史上、かなり特殊な時代なのかもしれない。
 特に、若い世代では、これが普通だから、不便な世界は想像も出来ないに違いない。
 熊本の地震を報道で見ると、道路、鉄道、空港などが被災し、寸断され、行き来が出来ないと聞く度、かつての旅人を考える。
 そうした折り、ある地方が舞台の作品を読み、文学散歩を計画するものの、公共交通がなく、途方に暮れる。作品内では、地方私鉄があったが、今では廃止され、バスもまた走らなくなったようだ。車に流れたのだろうが、観光客が行けないということは、寂れる原因のひとつではないか。そう考えると、地方私鉄があちこちにあった昭和三十年代は、豊かな時代だったのかもしれない。
(第四千六百二十二段)
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by akasakatei | 2016-04-26 19:00 | 社会心理 | Comments(0)
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