細かい羽音がする。これを耳にすると物事が手に付かなくなる。その正体は蜂の仲間である。親指大で黒い。刺されたら、命を落とすものと思われる。
部屋を確認すれば、入られた様子ではない。未だ外のようである。外部なのに内部にまで聞こえるその羽音はどうであろうか。その生命力が分かるというものであろう。
蜂の仲間は嫌いである。かつて刺された恐怖が残る。
それで思い出すのは、故郷における春の小運動会である。当然屋外である。屋外には、小学校だと花壇がある。そこの前に、児童の席が設けられるのだが、丁度花の時期である。様々な虫が飛んでくる。この中には蜂もいる。特に、熊蜂が大きいので目立つ。
これが頭上近くを何匹も飛び回るのである。生きた心地もしない。大人ならば席を移るところである。悲しいことに、その年齢の子供は先生に服従する。文句ひとつも言えない。もう少し人間として扱って貰いたかったと思う。
こうなると、小学校とは何だったのか。児童の気持ちが分からずによく指導をしていたものである。公立だったので、それこそ役所仕事だったのか。
更に、体罰も日常的で、セクハラ教師もいた。凄い環境だった。苦情がなかったのは時代のためか。今なら、教育委員会に通報されるところである。
(第二百七十八段)