2009年 12月 08日
医者へは一番で診て貰うように出掛ける。
先日は、耳鼻科が開くのを待つ。
この時期は寒く、些か辛いものの、込むから仕方がない。
通りを眺めていると、犬の散歩をしている年配女性が通り過ぎる。
植え込みの側で、犬が座り込む。
女性が怒っても、効果がない。犬に言葉が分かるのか。
ついに、綱を電柱に結び付け、置いて行く。犬が吠え出す。犬は目が良くないはずである。匂いで気付くのか。結局、それを何度も繰り返す。
次に通ったのも、年配女性である。携帯電話で新宿の電飾が綺麗だと言い、誰かを誘っている。
二十メートルは離れているのに、内容がよく分かる。それにしても、電飾にそれほど関心があるのか。
暫くして、漸く男性が現れる。四十代か。南海ホークスの帽子を被っている。この年代では珍しい。
ちょっとした時間だけれど、面白い。
次は、誰が通るか。
(第二千二百九十一段)
2009年 12月 07日
佐貫の酒仙と、故郷の学級委員を偲ぶべく、彼の通っていたエレクトーン教室と塾へ足を向ける。そこには酒仙も通っていた。
まず、前者は北青山の団地だという。
ここは昨日歩いた神宮外苑とも近い。天気予報が雨のため、あまり人は出ていない。
次に、千駄ヶ谷の裏を抜け、鳩森八幡の富士塚へ登る。ここへは以前にも来た。
塾は原宿と渋谷の間ということなので、木造家屋が残る道を探しながら、大通りを越える。
中学の脇を入ると、これまでは閑静だったのに、急に、小娘らがのんびりと歩く道に出る。地下鉄が完成すると同時に、近辺より訪れる人が増え、逆に歩くのにも不便な町になったと感じる。
ところで、目的の塾は山手線の外ということで、線路を横切らなければならないものの、人の流れのため、表参道を経由し渋谷まで行ってしまう。
ここで、やっと線路を越える。
塾は別の場所へ移ったようで、塾の看板はなくなっていた。
(第二千二百九十段)
2009年 12月 06日
講師のモーリー・ロバートソン氏は、予定を一時間もオーバーするほどの熱意で、世界の繋がりを解明する。
印象としては、所謂、社会的ジレンマ論である。
帰路、飯田橋駅付近で、酔っ払いらが話しをしている。耳に、故郷の中学名が飛び込む。
明日は、佐貫の酒仙が出て来て、故郷の学級委員を偲ぶ予定である。縁の地を巡る。
翌日、多少早く、家を出る。
酒仙が来るまで、再訪していない場所を中心に歩く。
桑田記念公園裏を歩く。ここら辺は個人宅が密集する。
その後、産土神に参拝する。知らぬ間に飲み物の自販機が境内に置かれている。昔は売店があった。子供の頃に、一度だけ、親に買って貰ったことがある。
七丁目の路地へ向かう。
ここら辺には、幼稚園から小学二年まで同級生だった甲が住んでいた。先日、甲の弟が俳優になったことを知る。苗字と音羽屋の親戚であることで判明する。
(第二千二百八十九段)
2009年 12月 05日
市ヶ谷駅近くの土手には、児童公園らしきものが出来、遊ばせている人もいる。住人がどのくらいいるのか。
夕方に国分寺の師匠と飯田橋で待ち合わせをしている。母校の図書館で暇を潰す。正門前にはガードマンがおり、柵も設けられ、大学にあるべき自由が感じられない。管理され、窮屈である。
広かった構内も整備され、更にコンクリートで固められた。
本を一冊読んだ後、飯田橋へ行く。
東京大神宮付近は相変わらず、若い女性が多い。その近辺に残る二軒の木造家屋は良い意味で味わい深い。
駅で国分寺の師匠と会う。
日本歯科大でのモーリー・ロバートソン氏の講演会に参加するためである。
国際情勢に関し、話すという。
ミュージシャンとのことである。
それにしても、友人と講演会に行くのは、学生時代以来である。青梅の地主らと文学関係のそれに出た。
関心分野が師匠とは異なるので、このような場を一緒にするとは思わなかった。
(第二千二百八十八段)
2009年 12月 04日
千駄ヶ谷の裏を歩こうと思い、南新宿で下車する。ここから代々木は裏道があり、結構近い。
予備校に行っていた頃と比べ、売り地が目立つ。
信号を渡り、北参道方面に出る。明治神宮へ向かうのか、七五三らしい親子を何組も見る。ここから国立能楽堂はすぐである。
その裏に、女子高生が何名かいる。何かと思えば、塾があった。
左折をすると、グリーンモールで、銭湯があり、この界隈も再開発中のようだけれど、一車線道路であることを考えると、拡張計画でもあるのか。
角に字が消え掛かった東京新詩社跡の杭がある。
更に、進むと鳩森八幡に出る。
この辺りになると、神宮外苑で、丁度、銀杏の季節である。
権田原より安鎮坂へ入り、四ッ谷へ足を向ける。右手は御所である。
この日は、風があるものの、暖かい。散歩する人も多い。
四ッ谷では、先日行けなかった五番町を歩く。
風で黄色の落ち葉が舞い、空を見上げると、青との色が映える。
(第二千二百八十七段)
2009年 12月 03日
口内炎で、食欲がない。
日々、体力の落ちていくのが分かる。
ただでさえ、疲れ易いのに、職場における常軌を逸した連中に、更に、振り回される。
これらの連中の行ないに関しては、以前にも触れた。
ふと、最近のアニメにおける周囲に巻き込まれる常識人の主人公を思い出す。
アニメでの周囲は、本当に常識が通じない人物ばかりが出て来る。
お話しの世界なら、それは許される。
実際、学生時代に文学に興味を持ち、学校を舞台とした作品を二十年ほど前より書いている。
その登場人物は、先のようなものばかりである。
書いている本人としては、疲れはない。それが、現実となると、どれほど、疲れるかを改めて知る。
何だか、この頃では、書いたことが現実に起きているのではないかとさえ感じる。
何れにしろ、一番疲れるは理不尽な上だろう。権限があることを強調しているにも関わらず、結局は何も自分では決められない。最後は、責任を下に押し付ける。漫画的な人物である。
(第二千二百八十六段)
2009年 12月 02日
休日でも五時過ぎには目覚める。十一月は珍しく、予定が入っていない。ゆっくり寝ていても構わないのだけれど、六時半過ぎには家を出て、町歩きをしている。
流石に、雨だと考える。地図が広げられない。
それでも、例えば、仕事場近くの図書館で借りた本を返すためなどと、理由を付け、都内へ向かう。
天気予報では、一日中、雨だという。
真っ直ぐ、図書館へ行くつもりだったものの、車内でトイレに行きたくなり、四ツ谷で電車を降りる。
用を済ませ、空を見上げれば、小雨である。
急に、番町付近を歩きたくなる。
改札を抜け、雙葉学園の脇を通る。七時過ぎだというのに、既に、登校している生徒もいる。
五分も歩くと、雨がまた降り始める。ここら辺は御屋敷町である。切絵図だと、武士の名前ばかりが並ぶ。
千代田女学園の周囲は静かで、マンションが目立つ。
六番町、二番町、四番町、一番町、三番町と歩き、行人坂へ出る。東郷元帥記念公園近くになると、この付近の女学校へ通う生徒らがこちらに向かって来る。市ヶ谷から来たのだろう。
(第二千二百八十五段)
2009年 12月 01日
最近、よく利用する和菓子店は、仕事場近くと故郷近くの店である。
このうち、前者は昼休みに行けることもあり、月に一度は利用している。
ここの菓子に関しては、以前にも触れた。
季節毎に並ぶ商品は変わるけれど、先日、ここ数年通っていて、初めての菓子に接した。
柿どうみょうじである。
中に、柿の餡が入っているという。
和菓子は見る楽しみもあり、そうした意味では、柿に見立てた菓子を眺めているだけでも面白い。
今回、他にきみしぐれも購入する。これもあれこれと想像出来る。
これらのような季節の菓子も良いけれど、御遣い物にするには日持ちがしない。こうした時は焼き菓子に限る。ここの焼き菓子のうち、どら焼きは量もあり、食べた感じがする。
やはり、手土産とするには、自らも食べて納得したものでないと駄目だろう。
先達て、友人のところへも手土産とした。
(第二千二百八十四段)
2009年 11月 30日
雨の日における朝の満員電車では、傘の持ち方も知らぬ者が少なからずおり、こちらが気を遣わなければならない。
濡れないように他人に対し、気を付けるのは当然で、平然としている者を見ると、朝から腹立たしい。
他人への気配りが出来ない者が、何と多いことか。
こうした連中に限り、吊り革に掴まっており、降りる際に、勢い良く放すものだから、すぐ後ろの人に当たる可能性もある。
どのような躾をされたのか、親の顔が見たい。
それに、車内をどのように心得ているのか。
年々、マナーは悪くなるばかりである。
察するに、相手の気持ちまで考えられないのだろう。
昨今の風潮も影響しているはずである。
競争社会においては、必然的に、自己中心となる。
それを称賛する者は、他人が信じられず、常に、疑って生活しているに違いない。
信じられるのは、金だけとなり、形ばかりの家族を形成し、子育ても投資的な意味合いでしかない。
(第二千二百八十三段)
2009年 11月 29日
十一月十二日、天皇の即位二十年記念式典が行なわれる。
交番、都バスに日の丸が掲げられている。
交番は兎も角、都バスは何だか不思議な感もする。花電車の名残か。
とはいっても、都バスでも祝祭日には日の丸を掲げるのだから、これは当然なのかもしれない。
仕事場付近でも、日の丸を揚げている建物がある。
それにしても、故郷にいた頃、旗日に日の丸を掲げる家は確かにあった。
小学校でも、一年時の担任がその意味を語り、掲げるように教えていた。
ところで、この日、朝一番で郵便局へ行ったところ、記念切手を買う人が並んでいた。
こちらは、貯金の係に用があった。そこで、顔馴染みの局員より「記念硬貨が発行されたのでどうか。」と勧められる。
記念切手を買いに来た人がそれを聞き、交換すると申し出ていた。
改めて、天皇に関する人気を知る。
(第二千二百八十二段)