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ポストにチラシが入っている。
クリアファイルに入っていたものの、取り出すと、水に濡れた跡がある。 察するに、クリアファイルに入れる前に濡れたと思われる。入れる際、確認をしないのか。 今回のチラシの内容は、調査協力のお願いとあり、お願いする以上、失礼と考える。 例えば、サービス業において、物を買って貰う場合に、利用者にチラシを渡すとする。それが汚れていたらどうか。お願いします、と言われても買う気は失せるに違いない。 利用して貰うには、如何に、不快にさせないかが最初のポイントである。 ただ、チラシが勿体ないというだけで、再利用すると、クレームに繋がる可能性もある。 本来、勿体ないからというのは、評価される点なのだが、我が国においては、それは忘れられている。 些細なことだが、心理的に、自分だけ不当な扱いを受けたと捉えるためだろう。 チラシに関し、更にいえば、個人商店が元気ならば、必要ないものだ。撒かなくても、利用者が特売日などを知っているからだ。 (第三千二百一段) 何ヶ月か前、新宿での落語会に触れた。会場は倉敷料理の店であった。
その後、昼に一回訪れたが、先日、初めて、夜に行く。久し振りに会った知人と一緒だ。 知人は、製薬会社を定年後、現在はビルの管理人の仕事をしている。仕事先で知り合った。 知り合ってから、五年以上経過している。杯を交わすのは初めてだ。あまり飲まないという。 この店のお勧めは、魚介だ。コースを頼んだところ、まず、鯨の刺身が出る。次に出始めた鱧、そして、ままかりの酢漬けが続く。 最後に、鮒飯としたが、細かくした鮒に野菜がたっぷりと入ったもので、胃に優しい。 尚、知人は理系出身だが、文学方面にも明るく、井上靖文学に関し、話しをする。 また、某新聞で連載が開始された「人減らし社会」の話しとなる。 その中で、法律に触れないように、企業で人を入れ換える仕事をしていた法科大学院出身者が登場するけれど、法科大学院もまともなことを教えているわけではないとの結論となる。自然科学同様、行動科学に疎い法学、経済学、経営学などは間違った方向に学界が進み始めている。何れ、更に、社会を行き詰らせるに違いない。 その翌日、故井上靖氏の話しが出たことで、久し振りに、本の町、神保町を訪れる。丁度、「神田(エコ)すずらんまつり」が行なわれている。 かなりの人だ。復興支援も兼ねているという。ある文具店では、猫に関する小物を集めており、つい中を覗く。 店を出ると、少々疲れを覚え、老舗の洋菓子店に入る。ここでは、スタッフより店員という名称が相応しく、経験豊富そうな女性が何人かいた。 (第三千二百段) 以前、大学病院で、親知らずを抜歯したことに触れた。一週間後、抜糸に行く。その際、歯科では首から下に前掛けをさせるものと思っていたが、その準備もなく、治療が始まる。服が汚れるとは考えないのか。
更に悪いことには、糸が埋もれてしまい、時間を要する。 帰り際、状態が悪いらしく、一週間後にまた来るように言われる。 会計のため、待合室に行く。そこでは、男性の年配患者が「院長に会わせろ。」と医師や事務局長、看護師らに言っている。どうやら、スタッフのひとりが過ちをしたようだ。 ただ、見ていると、患者は座り、医師は上から見下ろし、腕を後ろに組んでいる。「私がこれほど言っているのに、駄目ですか。」と完全な上から目線である。事務局長は「私が話しを聞きます。」と言うが、事務局長では話しにならないから、院長に合わせろと言っているのに気付かないのか。看護師は「本人も反省しています。」と言うが、問題は患者の受けた苦痛だろう。 患者の気持ちが分からずに、治療が出来るのか。この大学病院には前から期待するものがなく、紹介でもなければ、行くことはまずない。 (第三千百九十九段) 地元におけるよく行く飲食店の店主によると、揚げ物は自宅で作るのが難しく、外で食べるか、スーパーの総菜売場で買った方が良いという。家庭で上手に出来るのは、唐揚げくらいらしい。
温度の問題か。 これまで、外で揚げ物を食べようと思っても、初めての店だと、油の切り方がどうなっているのか分からず、結局、食べないことが多い。特に、天麩羅はそうだ。 そうした折り、学芸大学へ行く用があり、夕方、目に入ったとんかつ屋の暖簾を潜る。 実直そうな五十代の夫婦が経営している。 それほど大きな店ではなく、駅からやや離れているにも関わらず、持ち帰り用を頼む主婦、それに自転車で来た父子が店に来る。町のとんかつ屋として、親しまれているようだ。 肝心の味は、近くにあれば、昼に酒を飲みながら、寛ぎたくなるものだった。 作り方を見ていると、鍋から出した後、主人が何度も大きく油を切り、それも関係するのか、衣に特徴があった。 (第三千百九十八段)
雨の中、調布市グリーンホールの大ホールへ行く。梅沢富美男劇団の旗揚げ公演である。開場の三十分ほど前に着く。
今回、この公演に来たのは、単純に、梅沢富美男氏の舞台を観たことがないからだ。そのためだけに来た。 平日の昼間ということもあり、来ているのは年配者ばかりだ。それも友人、知人と来ている。 こうなると、上演中、私語を交わされ、煩いだろうと覚悟する。 それにしても、雨で年配者ばかりなのだから、多少早く開場しても良いのではないかと思う。 それにより、中でグッズも売っているようだから、利益に繋がるのではないか。 開場し、早速パンフレットを購入しようと思ったところ、担当者が携帯電話で通話中であった。 やる気を疑う。 公演内容は、芝居、歌謡、舞踊となっている。 芝居は人情劇、舞踊は『鳴神』を元にしたものだ。 幕間、隣に座ったおばさんがチョコレートをくれる。 (第三千百九十七段) 先に、旅行会社の不手際に触れた。
その二日後、責任者より連絡がある。連絡があったのは、責任者の休日明けだ。 対応が遅い。 サービス業としての自覚があるのか。 また、掛かって来た電話も一方的で、この責任者には何を言っても無駄という感じしかなかった。 顧客を減らしていることに気付かないのか。 話していると、早々に切りたがっているのが分かる。 その場を繕うより、苦情には長い目で考えるべきだろう。 ネットでチケットを売っているのではなく、店舗を構えているのだから、その利点を生かさなくてどうするのか。 何れにしろ、温もりのある商売の仕方でなく、今後も不快な思いをしそうなので、利用することはない。 それにしても、旅立ち前に、こうした思いをすると、今度の旅はどうなるのかと考える。 旅とは、計画の段階から始まり、当然、切符や旅館の手配などもそれに含まれる。旅行会社は、楽しみを扱っていることを認識する必要がある。 (第三千百九十六段) 下の歯の親不知を抜く。神経がぶつかっているということで、掛かり付けの歯科医が、近くの大学病院を紹介した。
大学病院では、まず、歯の状態を調べた後に抜歯となるが、空きがなく、ひと月後となる。 抜歯は一時間ほどだったものの、麻酔をしているため痛みは感じない。それでも、器具を使う音や歯科医と助手の会話が聞こえ、この間、中途半端な状態で、抜歯を中断された場合、どうしようかと考える。 抜歯後、国領の世捨て人に会う。 先に触れた通り、最近は、夜勤の仕事をしているという。 日中もほとんど寝られず、かなり身体的には辛そうだ。 唯一、世捨て人にとって、収穫があったというのは、仕事場は品川用水跡近くで、地形的にも高低があり、昔の地図と比べることが出来るくらいとのことだ。 尚、世捨て人の職場の雰囲気を訊くと、古い体質なのか、十二時間以上、仕事をしている者もいると答える。その割りには、社員同士が朝に顔を合わせても、挨拶もせず、誰が見ても分かるという仕事をしている者は珍しいみたいだ。 (第三千百九十五段) 喫茶店、古本屋、ちょっとした飲み屋が揃っているのが、暮らし易い町だ。ここで言う店とは、個人経営でなければならない。チェーンになると、画一的で、人工的な匂いしかせず、足を向ける気になれない。
これらの条件に、付け加えるとすれば、銭湯か。時には、広い風呂に入りたくなる。 先日、東横線の学芸大学へ行った際、意外なことに、古本屋と銭湯は条件が揃っていた。残念なことに、駅前に喫茶店が見当たらなかった。 その時、銭湯に入った。今時、珍しい彫り物の人が目立った。 最近、都内において、再開発も盛んで、喫茶店がない町も多く、寂しいことだ。 チェーンの店はあるけれど、落ち着かない。また、椅子も座り難く、長時間いられない。 チェーンは全般的にマニュアル化されており、一見、対応がしっかりしていそうに見えるものの、実際には対処が出来ていない。 先日も、ある旅行会社に、切符を頼んだ。家人が出来上り予定の翌日に取りに行った。その際、担当者がおらず、二週間後という。家人への回答に納得が出来ず、責任者を出すように電話をする。責任者はおらず、あれこれ言い訳しかしない。何故、火に油を注ぐのか。 迷惑を掛けたことを何とも思わないのか。 (第三千百九十四段)
夕方、電車に乗っていたところ、隣りに、六十前後の女性が座る。驚いたことに、鞄より買ったばかりらしいお握りをふたつ食べ始める。
食べる際、肘が当たる。普通、領分を侵さないよう、肘を脇に付けて食べるものではないか、迷惑なこと、この上ない。 迷惑といえば、先に触れた映画館でも、上映が終わり、出ようとした時、前を歩く大学生らしい男女が周囲を考えずに立ち止まるので、男が手にしていたジュースの容器が脇に当たる。 別の日、郊外電車のホームで列を作り、列車を待っていると、キャリーバックを持った七十後半くらいの女性が横から割り込む。この時も、犬の散歩の如く、キャリーバックを身体に付けて乗り込まないので、後ろが迷惑する。 その数日後、小学校低学年らが教師に引率され、地元を歩いていた。信号待ちで、その集団に巻き込まれた。渡る時、教師が駆け足と号令を発し、自ら、後ろ向きで走る。 六十人くらいが一斉に渡ろうとする。このため、横断歩道の向こう側は、一般の人が歩けないくらいとなる。 物事を理解していない者ばかりだ。 (第三千百九十三段) 銀座において、二本の映画を楽しむ。
まず、『レンタネコ』を銀座テアトルシネマで観る。これは猫が出て来るから、足を運ぶ気になった。猫に癒される寂しい人々の姿を描く。 これを観ていると、最近、疲れていることもあり、癒されたいと思う。 次に、スバル座に向かう。『この空の花 長岡花火物語』が上映されている。花火が内容と思い、観たものの、かなり重いテーマで、考えさせられることが多々あった。というのも、元々、花火は火薬を使う点では、爆弾と変わらないためだ。 そうした点においては、江戸で花火が発達し、武器にならなかったことは評価されても良い。 それらを使う戦争は、今でもあちこちで行なわれており、犠牲者が出ている。 作品内では、爆弾を落とす方は逃げる人が見えておらず、想像力がないとしていた。ある意味、正しく、今の政治家にも当てはまるだろう。 (第三千百九十二段) 夕方、ひとりで目黒駅近くのファミレスに入る。案内された席は、女子高生の五人組の隣であった。
かなり騒々しく、店員にここで良いかと訊かれた際、別の席にして貰おうかと思ったほどである。 にも関わらず、そこにしたのは、どこの席でも煩く感じそうだったためだ。それだけ、声が大きいということだ。 女子高生らは、周辺にある学校の生徒だ。それほど、勉強をする型ではないらしく、携帯電話で話しをしている。 何の話しかと思えば、見知らぬ男らと連絡をし、趣味などを訊き、SNSを確認している。 男は三重の伊勢の高校生と名乗ったようで、県庁所在地が津だと言っている。 それにしても、放課後にファミレスに入り、このようなことで暇を潰しているとは何を考えているのか。 一時間ほどして、高校生らは帰ったが、この間、男の話しばかりであった。 親の顔が見たい。 (第三千百九十一段) 某日の夕方、日比谷の日本記者クラブへ行く。大学時代の恩師と会うためだ。恩師とはいっても、ゼミではなく、講義を受講していただけだ。
恩師はブログを持っており、そこにコメントを書き込んだところ、今回のこととなる。 尚、この席には国領の世捨て人も同席する。世捨て人とは、小学から大学まで同窓であり、この講義も受講していた。 世捨て人は、ファンドに買われた会社を希望退職後、求職しており、某社より夜勤での事務で入社しないかとの話しがあったようだ。とはいえ、世捨て人の話しだと、ひと月は、社会保険にも入れず、待遇は悪く、察するに、定着率が悪いから、そうした手続きをしないで、試すつもりだろうという。この後、初出勤らしい。 恩師とは、二十年振りの再会で、ここでは飲食も出来、杯を交わすこととなる。 世捨て人も飲んでいたが、果たして、この後、大丈夫なのか。 恩師とは、政治、経済の話題となる。 途中、偶然ここに来ていた恩師の元同僚も席を囲み、今後の展望を話す。 (第三千百九十段)
明け方、腹痛で目覚める。
前夜は、国領の世捨て人に付き合い、焼き肉屋へ行った。その際、正肉以外に内蔵系も口にした。 トイレに向かうと、かなり緩い。 焼き肉屋へ、ほとんど足を向けない者にとって、この種の腹痛は、何かで当たったのではないかと錯覚する。 自分で焼くのだから、生焼けであってもおかしくはない。 それに、吐き気さえする。 どう見ても、食中毒ではないか。 とはいえ、ある筋によると、焼き肉を食べた後、腹が緩くなる者は多いようだ。そういえば、以前、佐貫の酒仙とモツ鍋を食べたところ、酒仙は夜に何度もトイレに通ったと聞いたことがある。 これは、どういったことだろうか。 考えると、内蔵系は脂が多く、その影響とも考えられる。今回もハツ、ギアラ、ミノ、ハラミなどを食べた。 何れにしろ、普段、食べ慣れていない物なので、腹が驚いたに違いない。 (第三千百八十九段) 関越自動車道におけるバスの事故に関し、チケットを売った旅行会社が、利用者にメールで感想を求めたという。自動送信のままだったというけれど、それに気付き、自動送信を解除するのが、一般的な心を持っている人ではないか。
そうしなかったのは、利用者の気持ちを無視していたからに他ならない。日頃、利用者のことについて、金を払う財布くらいにしか、考えていないのではないか。 科学技術が発達するに従い、こうした人間が多くなり、想像力が働かなくなっている。 東電の原発事故も同様だ。 また、現代社会の貧困問題も根底に、そうした要因がある。 誤った考えを脳に刷り込まれた連中が、政治家や財界、官僚になっている現在、外因がない限り、社会を変えて行くのは難しいだろう。 とはいっても、昨年の震災に外因を期待したものの、結局は何も変わらず、それ以上のものでないと、変えて行くのは難しいと思われる。 (第三千百八十八段)
昼時の郊外電車に乗ったところ、隣りに座った女子大生が、手にした菓子箱よりエクレアを取り出し、食べ始める。
前に座った二十代半ばくらいの女性は、鞄からお握りを出し、口に運び始める。 ここは公共の場のはずだ。 電車に乗っていると、自らの常識がおかしくなったのかと思う場面に遭遇することが、このところ続く。 別の日、中学一年くらいの着飾った女子数名が前に座った。 そのうちのひとりが、鞄から市販されている胃薬の錠剤の瓶を出す。 十年以上前、栄養ドリンクを飲む中学受験する小学生にも驚かされた。それに似たものがある。 後日、駅構内を歩いていると、連休のためか、小さい子供を連れた夫婦が多い。 乳幼児は、周囲を気にせず、歩く。突然、前方に出て来られると、ぶつかりそうになり危険だ。親ももっと注意をすべきだ。 先に触れた映画館では、子供が目立ち、それだけで疲れを覚えた。 (第三千百八十七段)
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