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新聞によると、かつて経団連の会長を務めた財界人が、再び、自社の社長をするという。
思うに、この人物は現在の日本をここまでおかしくさせたのに、未だ、反省していないようである。本来なら、自社のこととはいえ、断るべきだったと考える。 大体、非正規社員に対し、実態と法律が合っていないと、強引に法律を変えさせようとした人間だ。人の心理が分かっていない。これで経営者が務まるならば、生まれた家さえ良ければ、誰でも出来る。 それにしても、こうした人間を経団連の会長にしたのだから、選んだ方の見識も疑われる。 経団連についていえば、原発を推進させ、結果、破滅への序曲まで導いたのだから、お詫びをすべきにも関わらず、詭弁で逃げようとしている。 今の経営者を見ていると、人物的に優れている者は少ない。果たして、子供向けの伝記に残る者がいるのか。 単なる金の亡者ばかりである。 (第三千九十五段) ふと見回すと、駅の待合室やデパートの休憩場所など、飲食や喫煙が禁止となっている場所が目に付く。
後者については以前より増えていたけれど、前者は最近のことか。 思うに、持ち帰りの出来る店が増えるに従い、マナー違反も目立ってきたに違いない。 これに関し、考えられないことばかりだ。 平気で満員電車に持ち込み、座席ではなく、立って飲む連中もいるほどである。飲むだけではなく、中には、食べる者さえいる。 迷惑を考えないのか。 先日も、日曜の朝、某ハンバーグ店より小学生が大きな紙袋を抱え、ひとりで出て来た。 察するに、家族の朝飯を買いに来たのだろう。 育ち盛りのいる家庭において、朝より、こうした食習慣は考えさせられる。 何れにしろ、今後も禁止場所は増える可能性がある。 持ち帰りの出来る店は、客のためを思ってというより、儲けのために、そうした販売をしたのかもしれないが、結果的には、飲食出来る場所を減らすことになった。 (第三千九十四段) 小学三、四年時の担任は、以前にも触れた通り、忘れ物ばかりしている児童に対し、頭から、プラカードを下げさせ、立って授業を受けさせた。他にも、字の汚い児童にクラス全員の前で注意した。体育でも、跳び箱の出来ない児童を全員の前でやらせ、悪い点を指摘させていた。
思うに、人権のない指導であった。 人権がないといえば、我が国におけるそれは、最早感じられない。 窮乏している人は、国より棄てられている。 そうした一方で、底辺層ばかりを増やした政治家や官僚、財界人に関し、責任を問う声は少なく、未だ、学者として、重宝する向きがある。 正常な感覚なら、表舞台に出て来られないはずだ。 感覚が狂っているといえば、原発事故以降、会合の議事録が作成されていないという。 こうなると、鼻糞ほど残っていた信用もなくなり、何を言っても信じられない。 大体、原発事故の関係者を事故前と事故後で入れ替えないから、おかしな話しとなる。 これが、更なる悪い結果となった。 (第三千九十三段) 国領の世捨て人宅は、東京新聞を購読している。朝日新聞の専売所が配達を任されており、集金の度、朝日新聞にしないかと言われるらしい。
先日、世捨て人が留守番をした際、初めて集金人と顔を合わせたという。 サービスをするというから、何かと思えば、洗剤や発泡酒とのことで、「それでは満足度が低い。」と言ったところ、集金人は混乱したみたいだ。 思うに、サービスの使い方を間違えている。 「では、どうしたら良いのか。」と逆に問われ、東京新聞を購読する理由を述べたと話す。 その良さは東京の記事が多いところだ。また、古典芸能の記事も充実している。 それを聞いた集金人は、文京区にある浮世絵博物館の券を見せた様子だ。 世捨て人のヒントが伝わっていない。 最後に、世捨て人は「次回もやり取りを楽しみましょう。」と言って、帰って貰ったようだ。 翌朝、朝刊のポストへの入れ方が変わっており、「朝日新聞をどうやっても取らせるべく、新しい担当になったのかもしれない。」と世捨て人より連絡があった。 (第三千九十二段)
一月二十九日、新宿ピカデリーで、映画『しあわせのパン』を観る。
最初、観る予定はなかったものの、新聞での紹介を目にし、観る気となった。パンカフェが舞台で、そこを訪れた客達の人生を描くとあったからだ。それに、四季を通してともあった。 尤も、配役を知った際、本当に楽しめるのかと思ったのも事実だ。これは、いらぬ心配であった。 更にいえば、余計なものを描かない分、パンフレットを読み、知ったこともある。 これについては、冒頭とも関係するのだが、パンフレットを手にしない人にとってはどうか。 結果からすると、最後に良い意味で裏切られる。完全に、異なる視点で観ていた。 観た後、暫く、座席より立てない。 帰りに、パンを食べたくなる。 尚、来ている人は、五十代くらいの人が多い。若い女性も多少いる。 そうした中、独り言を繰り返す男性がいた。何を考えているのか。 (第三千九十一段) 先日、津の親戚へ行った際、左肩を痛める。自動車のスライド式ドアを閉めようとしたところ、ロックが掛かっており、肩に負担が掛かった。
東京へ戻り、地元の整形外科へ行く。 整形外科は、普段、年配者が多いけれど、この日は、頭髪を後ろで束ねた髭面の筋肉隆々の五十代男性も初診で来ていた。 顔が腫れており、受付がぶつけたのかと確認すると、殴り合いをしたという。 受け付けが看護師に確認すると、脳神経外科の方が良いとのことであった。 一体、どうして殴り合ったのか。 処方箋を貰い、薬局へ向かうと、「肩凝りですか。」と薬剤師に問われる。 薬局を出、駅に向かうと、電車が遅れている。地震の影響らしい。 ホームに交代するためにいる運転士に、次の列車がいつ来るのかと訊くと、「分からない。」とのことであった。 遅れた列車で都内へ向かい、所用を済ます。 帰路、昨年末、南武線の稲城長沼から南多摩までの立川行きの線路が高架化されたこともあり、京王稲田堤まで乗り、稲田堤より府中本町まで乗る。 既に、昼を回り、よく足を運ぶ地元の蕎麦屋へ寄る。店主の息子は鉄道会社で車掌をしている。先ほどのことを話すと、「小田急は殿様商売だからね。」と応じる。 (第三千九十段) 会社帰り、地元で信号を自転車で渡ろうとする中学生とぶつかりそうになる。中学生は片手にドリンク剤を持っての片手運転だ。危険で仕方がない。
最近、周囲を考えない者が多過ぎる。 以前にも触れた通り、満員の駅構内の乗り換え口でゆっくりと下を向きながら歩いている者がいる。何かと思えば、片手で音楽のプレイヤーの操作をしている。 どうして危険な場所なのに、わざわざ耳栓をするのか。 情報が入って来ないことに気付かないとすれば、危機感がない。動物なら、襲われている可能性もある。 これも企業が儲けのため、必要ないものを商品化したからだ。 そういえば、先日の映画『ALWAYS 三丁目の夕日′64』を観た際、幸せに関し、問い掛けていた。こうした物が溢れ、出世することだけが本当に幸せなのか。 今の世の中は、欲望だけで生きている者しかない。 大体、アメリカを手本にするから間違う。その思考回路には納得の出来ないものが目立つ。すぐに自己正当化したがる傾向がある。 (第三千八十九段) 新聞を読んでいたところ、富裕層が増えているとの記事を目にする。どうやら起業する人が多いようだ。
また、役員と一般社員との間で、所得に格差があって当然と考える人も増えている様子だ。 違和感がある。というのも、何かあった場合や業績の悪化に関し、責任を負う役員は少なく、大体において、下の責任にする。何のために高給を貰っているのか分からないケースがほとんどだ。 更にいえば、赤字になると、すぐに社員の給与を減らし、人員削減をしようとする。真の意味で、経営に対し、責任がない。社員に負担を掛けての経営改革は、己の未熟さを露呈しているようなものだ。社員は不幸だ。 世のため、人のために働く経営者は少なく、専ら、自分のためだ。質が落ちている。 世間は、こうした実態を異常と思わない人ばかりらしく、疑問である。何故なのか。 教養がないからだろう。 それがあれば、アメリカ流の経営を歓迎することはせず、選挙においても、もっと考えて投票するはずだ。 正に、後世、平成は笑われる時代に違いない。 (第三千八十八段)
先に、伊勢神宮へ行った際の名物に関し触れた。名物以外にも、甘酒を酒屋で、居酒屋では白魚の塩辛を楽しんだ。
酒屋内には、かつて内宮を走っていた路面電車の写真がいくつか飾られており、撮影したという店主と話しをする。「今、走っていれば。」ということであった。廃止されたのは、昭和三十年代頃と教えてくれた。 また、伊勢で思い出すのが、芝居の『伊勢音頭恋寝刃』だ。一度だけ、観たことがある。 現地において、あまり触れられていないのは残念だ。それだけ、芝居を観ない人が多くなり、忘れられたに違いない。古市周辺は、明治以降、衰退したという。 ところで、津の親戚に行った時、昼に鰻屋へ連れて行って貰った。県内での消費量が多いことを知る。 夜は、泊まっているホテルにある日本料理の店の個室で、親戚らと会席料理を食べる。トイレへ行き、部屋を間違える人が二時くらいの間に、五人はいた。驚かされる。 案内が分かり難いのか。 (第三千八十七段) ![]() (写真は五十鈴川御手洗場:2012年1月23日撮影) 津で一泊し、二十三日月曜日、伊勢市へと足を延ばす。 宿泊するホテルに荷物を預け、外宮に向かう。 今回、親戚より特別参拝券を貰った。これだと、中に入れて貰える。尤も、服装は正装に近いものが要求される。 最近のお伊勢参りは、外宮に行く人も少なく、そのためか、外宮から内宮へとあちこちに書かれている。 参拝後、バスで内宮へと移動する。歩いても面白くなさそうな道を走る。 内宮はかなりの人で、駐車場は満車となっている。団体のバスも目立つ。 団体客の後に続き、正宮を目指す。 正宮では、外宮同様、中に入れて貰うものの、ここでは待たされる。 参拝後、おかげ横丁を歩く。様々な店があり、どこに入るか迷う。そこで参宮歴史館おかげ座にまず入る。江戸の伊勢参りを映像と担当者の説明で伝えてくれる。 来ている人は年配者が多い。 そこを出た後、名物である伊勢うどんと手こね寿司を食べる。店の客は年配女性ばかりだ。平日に来ているということは、夫は仕事に違いない。 食後、煙管や和の植物を扱う店を覗く。 伊勢市までの帰路は、古市経由で歩く。渡り廊下が残る旅館や櫻木地蔵が途中にある。かつては賑わっていたのだろうが、今は、時々車が通るだけだ。 夜、この辺りの名物である鮫のたれやうつぼなどを個人経営の居酒屋で食べる。 (第三千八十六段) 津で一泊し、二十三日の月曜日、伊勢市へと足を延ばす。
宿泊するホテルに荷物を預け、外宮に向かう。 今回、親戚より特別参拝券を貰った。これだと、中に入れて貰える。尤も、服装は正装に近いものが要求される。 最近のお伊勢参りは、外宮に行く人も少なく、そのためか、外宮から内宮へとあちこちに書かれている。 参拝後、バスで内宮へと移動する。歩いても面白くなさそうな道を走る。 内宮はかなりの人で、駐車場は満車となっている。団体のバスも目立つ。 団体客の後に続き、正宮を目指す。 正宮では、外宮同様、中に入れて貰うものの、ここでは待たされる。 参拝後、おかげ横丁を歩く。様々な店があり、どこに入るか迷う。そこで参宮歴史館おかげ座にまず入る。江戸の伊勢参りを映像と担当者の説明で伝えてくれる。 来ている人は年配者が多い。 そこを出た後、名物である伊勢うどんと手こね寿司を食べる。店の客は年配女性ばかりだ。平日に来ているということは、夫は仕事に違いない。 食後、煙管や和の植物を扱う店を覗く。 伊勢市までの帰路は、古市経由で歩く。渡り廊下が残る旅館や櫻木地蔵が途中にある。かつては賑わっていたのだろうが、今は、時々車が通るだけだ。 夜、この辺りの名物である鮫のたれやうつぼなどを個人経営の居酒屋で食べる。 (第三千八十六段) この日は、夜、美濃の役人と杯を交わす予定だ。その前に、汗を流そうと考え、予約した名古屋のホテルに戻る。
東山線の改札を出ると、ミッドランドスクエア辺りに出る。建物案内を見ると、上階に映画館がある。 映画館へ行くと、この日に初日の『ALWAYS 三丁目の夕日′64』も上映されている。シリーズ三作目だ。 チケットを買うと、耳の遠そうな男性年配者が結構来ている。 スクリーンの前に座り、改めて来場者を見ると、二十代くらいのカップルも多い。年配女性は少ない。 作品は3Dという。観るのは初めてだ。眼鏡を掛けると、下がって来る。確かに、立体感はあるものの、それほど、良いものなのか。 作品自体は、前作より良く、幸福を考えさせられる内容だ。都電や新幹線の映像も上手く処理していた。 夜、役人と会う。今回はいつもとは異なる店で杯を重ねる。 ところで、今回は伊勢参りも兼ねている。今まで行ったことがない。江戸時代は一生に一度は行ったらしい。知らないのもどうかと考えた。ただ、その前に母方の親戚がいる津へ寄る。 久し振りの津は、かなり変わっており、墓地や川などが記憶とは違っている。記憶通りのものは、山だけだった。 (第三千八十五段)
朝食後、名古屋発八時五十分のあおなみ線で金城ふ頭を目指す。リニア・鉄道館へ行くためだ。
開館前なのに、既に、子連れの行列だ。 開館し、中に入ると、新幹線やリニアの車両が並ぶ。子供より、懐かしさで喜んでいる親が目立つ。 ここでは抽選制でシュミレータが体験出来る。 申し込むと、在来線の運転が当たる。ただ、別に百円を払わなければならない。 運転は見習い編を選んだものの、結構、難しい。 次に、リニアの時速五百キロが体験可能という部屋に入る。五百キロを知ると、三百キロでも遅く感じる。 名古屋へ戻り、大須へ出る。 ここは何年か前にも訪ねた。あの時は早朝の日曜だった。 さて、土曜の午後はどうか。地上に出ると、ゴスロリ系の格好をした十代の女性を見掛ける。 大須観音近くの大須演芸場の前を通り、昼食を以前に入った喫茶店で食べる。当時は、特撮番組のロケに使われた直後だった。その頃と比べ、メニューは減り、統一された。 その中で、珍しそうな小倉ホットケーキにする。 口にすると思っていたほどの違和感はない。 再び、町を歩く。大須は、東京でいう原宿、秋葉原、巣鴨を足したような町と聞いたことがある。商店街のアーケードを実際に歩くと、そうした人々が多い。 (第三千八十四段) 一月二十日、東京十九時発「のぞみ257号」で名古屋へ向かう。先月、名鉄常滑線太田川付近が高架化され、それに乗るためだ。金曜夜の新幹線は会社員で込んでおり、ビールを口にしている者も多い。通路を隔てた席にいる会社員は、新幹線の揺れで、缶ビールを倒していた。
名古屋で一泊した翌二十一日、名鉄名古屋五時二十三分発急行で、寺本へ行く。 昨夜からの雨が残り、夜は明けていない。太田川は車窓より見る限り、三階にまでホームがあるようだ。 寺本五時四十四分着。無人駅だ。 六時九分の列車で、太田川へ戻り、八分で接続する急行河和行きに乗り換える。 河和線南加木屋に六時二十四分着。 乗っている間に、夜は明けず、暗闇にマンションの灯りが沿線には目立つ。 昨夜、泊まったホテルに戻り、朝食とする。このホテルは以前に一回泊まったことがある。中の造りが分かり難い。 (第三千八十三段)
先に行なわれたセンター試験における杜撰さには呆れる外ない。良い年をした大人が何をしているのかと思う。繰り返し、確認をしたのか。大体、センター試験は必要なものなのか。各大学が独自の試験を行なった方が良いように考える。これに参加する私大もあるけれど、ただ、費用や手間の問題だけではないか。
最近では、費用や手間を無駄とする風潮が強いものの、これは間違いだ。実際、国際競争に勝つためと、経団連がそれを主張し、政府が実行した結果、庶民にとって暮らし難い世の中となり、明日の身さえ分からない。 こうした現状を考えず、首相が財界やそれを主張するアメリカの顔色のみを伺うと、更に誤った道を進むことになる。 誤った道といえば、東大の秋入学や福井の原発での傍聴に対する反対派の締め出しだ。信用のない保安院が安全評価を判断すること自体がおかしい。 このような対応をするから、益々信用をなくす。異論を聞こうする耳がない。 原発事故を起こした東電も同様で、庶民の電気料金を値上げしようとしている。どのような思考回路をしているのか、理解に苦しむ。 世の中が単純化したからか、極端な主張をする政治家やワンフレーズしか言わない政治家が歓迎される。 今の有権者の大部分の愚かさが分かるようだ。教養のない有権者ばかりである。 教養がないで思い出すのが、警官だ。誤認逮捕をいつまでも繰り返す。幹部がお詫び会見をするけれど、人権を無視しておいて、「ごめん。」で済む話しではなく、それで済むなら警察はいらない。問題のあった警察署自体、人員を総入れ替えしなければ、同じことをまた行なうに違いない。 (第三千八十二段)
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